全力を以て却下させていただきます 後日談
女性用下着専門店に逃げ込んだは何とか赤イヌに見つからぬよう船へ逃げ帰り事情を話し早急に船は島から立ち去った。
幸い記録は少し待っただけで溜まってくれたので町中に散らばっている仲間達をチョッパーが探し出して事無きを得る。
今やこの船に乗っている全員が賞金首の対象だ。海兵と鉢合わせなど命取りになってしまう。
もっと冒険がしたかったというルフィにナミが拳を振り落とし、船は海軍の軍艦から逃げるよう足早に出航した。
出航後一時間が経ち、ようやく落ち着いた所でとロビンとナミは甲板のティーセットでお茶を楽しんでいた。
今日のお茶はアッサムのロイヤルミルクティーにお茶受けとしてドライフルーツが生地に練りこまれたサンジ特製のスコーン。
それを口にした所で心底疲れたとばかりにが深い溜息を吐き出した。
「それにしても災難だったわね、」
「ああ、もううんざりだ」
「があんなに慌てるなんて案外将軍クラスの人間だったりしてね」
「やめてくれ。そういう冗談は心臓に悪い」
スコーンをかじりながらナミが冗談よと笑い、ロビンも何もなくて良かったわねと穏やかな笑みを浮かべる。
「サカズキという海兵だったが雰囲気は本当に将軍クラスだったんだ。あんなのがごろごろいるかと思うと寿命が縮むな」
皿に置かれたスコーンを手に取ってがやれやれと肩を落とす。
あの威圧感は半端なものではなかった。
出来れば二度とお目にかかりたくないタイプの海兵だ。
香りの良い茶葉で入れられたミルクティーを飲んでスコーンを食べ始めたがふと視線を上げればロビンが表情を強張らせているのが見えた。
瞬きを数度、ロビンの様子に気付いたナミもまたと視線を巡らせどちらからともなく二人でロビンに視線を向ける。
非常に嫌な予感がするのは気のせいであって欲しい。
「……本当にその海兵はサカズキって名乗ったの?」
「……ああ」
「サカズキって………海軍大将赤イヌの…名よ」
告げられたロビンの言葉にの手からスコーンが落ち、数秒後とナミの絶叫がサウザンドサニー号の甲板に響き渡った。
が絶叫を上げている頃、丁度大将赤イヌが指揮を執る艦隊の軍艦が海軍本部へ寄港した。
直立不動で立ち並ぶ海兵達が一斉に敬礼をして大将赤イヌを出迎える様は緊迫感が漂っており厳めしい雰囲気が流れている。
その中を歩く赤イヌは何故か不機嫌そうに苛々と足早で立ち去って行く。
常時機嫌の良い所など見せはしないがそれにしたっていつもより空気が重過ぎるそれは明らかに不機嫌からくるものだった。
虫の居所でも悪いのだろうか。
だが一般海兵如きが大将に問う事など許される筈もなく海兵達の疑問は残ったまま赤イヌは本部内へと消えていった。
自分の後ろを追従する副官は絶えず読めない笑みを浮かべ己に何も問おうとはしなかった。
彼はなかなかどうして優秀な副官であり恐らく誰よりも己の心境をわかっているのだろう。
怖れ慄き敬礼する海兵達の姿が消えた所で赤イヌはようやく息を吐き出した。
軍艦の燃料補給の為に立ち寄った島で出会った女は確かに銀翼の幻術師、だった。
己の中に確信もあった。だが決定的な証拠は無かった。故に連行しなかったがそれは己への言い訳に過ぎない事もわかっている。
悪は根底から絶つべし、疑わしきは悪。可能性があるものは全て捕らえてしまった方がいい。
それだというのに何故だか彼女を前にしてその信念に対し抑制が働いたのも事実だ。
理由はわからない。しいて言えばあの男との密約、そして迷いの無い澄んだ瞳に絆された、という所だろうか。
我ながら情けない事だと思う。善人か悪人か等己の判断すべき事では無く上や政府が決める事だというのに。
息を吐き出した赤イヌが俯き気味だった視線を上げると前からニヤニヤと締まりの無い表情を浮かべている同僚が歩いてくるのが見えた。
あの男の興味を惹いた女。何に対してもポーカーフェイスを崩さない男が妙に執着を見せている。
手配書を見た段階で相当に珍しい女だという事はわかっていたが、実際会ってみて何となくだがあの男の執着心がわかる気がした。
あの男の興味を惹いた女、そして己の信念まで揺るがせた女。
「あららら、赤イヌってば何やらご機嫌斜め?」
無駄に長身な体躯でだらだらと歩く青キジが赤イヌの顔を覗き込むようにして片頬を上げ笑みを浮かべる。
それを無視して赤イヌは足を進めた。
ご機嫌斜め、まさに今現在の赤イヌの心境は全く以てその通りである。
何に対してかと聞かれれば己自身に、だろう。
あららら、無視されちゃったと呟きながら大して気にもしていない様子ですれ違って行く青キジを横目で見ながらふと思い立って口を開く。
珍しい事もあるものだ。自分からあの男に声をかけるなんて、己の精神を疑いたくなる。
「―――銀翼の幻術師に会った」
ぼそりと一言。
だが青キジは赤イヌの言葉を聞いた瞬間その体躯を揺らし、くるりと向きを変え再び赤イヌへと駆け寄り隣へと陣取った。
その反応の良さに思わず笑いたくなるが表情は全く変える事無く赤イヌは自分の執務室へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと赤イヌどういう事よ」
「言った意味がわからないのか。そのままだ」
「そうじゃなくて、どこで会ったのよ。何?まさか捕まえちゃったんじゃねェだろうな」
「心配するな。アレはお前が捕まえるのだろう。おれには関係無い」
心底うんざりすると言った表情で話す赤イヌの言葉に青キジが驚いて眉間に大量の皺を寄せ固まった。
青キジを残し足早に歩いて行く赤イヌに気付いた青キジが慌てて赤イヌの後を追う。
その表情は驚愕の色を映しており、信じられないと言いたげな雰囲気だった。
「赤イヌ、銀翼に会って、捕まえなかったの?」
「お前が捕らえるなと言ったのではなかったか」
「確かにそうだけど……何か信じられねェなァ。赤イヌが、ねェ…」
隣を歩く青キジが納得したのかしてないのか微妙な表情で首を傾げたり笑みを浮かべたりしている。
慌てたり安堵したり心配したりする青キジなど気持ちが悪い事この上無い。
この男が信じられないと言った気持ちは赤イヌ自身同じ気持ちだった。
自分とて己の行動が今でも信じられない。
例え密約があったとしたって目の前で一億ベリーの懸賞金がかけられた海賊を逃がしているのだから。
ようやく見えてきた己の執務室に何故だか少しだけ安堵を覚えた。
今日の事はさっさと忘れてしまいたい。
そして次、もしあの銀翼の幻術師が己の前に現れたのであればその際は密約等関係無く捕らえる。
そう心に決めて、己の信念を曲げまいと息を吸い込んだ。
赤イヌが執務室の扉に手をかけても青キジがいなくなる様子は見られない。
だが赤イヌは青キジを自分の執務室へ招くつもりなど毛頭無かった。
扉を半分開けながら立ち止まり青キジへと振り返る。
「言うのを忘れたが、銀翼の幻術師と町を散策した。なかなか興味深い女だな」
それだけ言うとすぐに執務室内へと足を進め、全てを心得ている副官が目を細めた笑顔で青キジが入ってくる前に執務室の扉を閉めた。
勿論、施錠もしっかりと確認をして。
扉の外から随分と慌てた青キジの声が響き、ドンドンと叩く音がうるさく響く。
「ちょっと赤イヌ!どういう事なのよ。銀翼とデートしたの!?」
内扉を閉めても尚届く青キジの声を聞いた副官が肩を竦めて内扉の施錠を確認し、書類をまとめ始めた。
久しく離れていた己のデスクに腰かけた赤イヌの口元にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいる。
やはり今日の自分は少しだけおかしいのかもしれない。
青キジをからかおうだなんてどうかしている。
暫くしても止む事の無かった青キジの声と扉を叩く音に赤イヌの副官が一つ小さな溜息を零し扉へと向かって歩いて行く。
数秒後、ぴたりと青キジの声も扉を叩く音も止み、副官が手を軽く叩きながら戻ってくる。
如才無く微笑む副官から書類を受け取ってペンを手にした赤イヌは緩んだ口元を気にする事無く書類の処理を始めた。
UP DATE : 2008.04.18