好きな女の期待に応えられないなんて男じゃねぇよ
何故こんな事になってしまったのか。
向かい合う二人の間には肌が痛む程張り詰めた緊迫感が漂い、一触即発の空気が流れている。
喉を鳴らしルフィの背に守られるようにして立つの背中に冷たいものが流れていくのを感じ息を大きく吸い込んだ。
前に見える相手はヒエヒエの実の能力者にして世界政府最高戦力との呼び名を持つ海軍大将青キジ。
体の大きさも然る事ながら醸し出す狂気にも似たものが更に青キジの威厳を大きくさせていた。
一方向かい合うルフィもまた普段の天真爛漫な様子はどこへやら、鋭く射抜くような視線を青キジへと真っ直ぐに向けている。
「どいてくれねェか、麦わら」
「ダメだ。はおれの仲間だ!」
頭をぼりぼりとかきむしりながら片足に重心を置き、だるそうに立つ青キジから放たれる空気はその様子とは全く違い底冷えするような鋭さを持っていた。
その青キジと真正面から向き合い両手を広げるルフィの背中はいつもより大きく見える。
真っ赤なルフィの背が、断固たる意志を語っていた。
「おれァ銀翼を連れていけりゃァ麦わら達に手ェ出す気はねェんだが」
青キジの口から吐き出された深い溜息が白く光り、足元に生えていた雑草がぴしりと音を立てて凍った。
静かな苛立ち、そんな言葉がぴったりと当て嵌まるほど今の青キジの機嫌は悪そうに見える。
ルフィの後ろに立ったはどうしたら良いのかわからずただ途方に暮れていた。
以前一度ルフィと青キジはロングリングロングランドで対決し、ルフィは青キジに敗れている。
力量は圧倒的な差があり、真正面からぶつかって勝てる相手では無い事くらいもルフィもわかっていた。
事の起こりは数十分前に遡る。
達が今現在いる場所は無人島であり、仲間達と散り散りになって食料の確保に追われていた。
無人島故商店があるはずも無く、記録もなかなか溜まらず、船に残っている食料も残りわずか。
深い森に囲まれたこの無人島で手分けして何とか次の島までの食料を確保しようと奔走していた所に突然青キジが姿を現したのであった。
と共に行動していたのはルフィ一人であり、現在他の仲間達がどこにいるのか見当もつかない状態で。
現われた時から青キジは形容しがたい雰囲気を纏っており、突然の登場に驚くとルフィに向かって「銀翼を渡せ」と言ってきたのだ。
真正面から向けられるルフィの鋭い視線を受けながら青キジが片眉を上げて顔を歪める。
今までは仲間達に打ち明けなかったものの何度も青キジと接触してきた。
だが青キジは一度としてを捕らえようとしなかったし、歩み寄るような態度まで見せて来ていたというのにこの展開はあまりに急だ。
「ニコ・ロビンの件は見逃してやったが、銀翼の件についてァどうしてやる事も出来ねェ。さっさと渡せ」
「ふざけんな!を連れてくって言うんならおれが相手になる!」
「ルフィ!!」
「あららら、だからおれァ麦わら達とやり合う気ァねェって言ってんでしょ」
拳を握り振り上げようとするルフィの腕に後ろからがしがみ付いて動きを止めさせる。
青キジとぶつかり合うのだけはどうしても避けなければならない。
勝ち目が無い上にいい勝負をしたとしてもまず負傷は避けられないだろう。
興奮するルフィを見てまた一つ溜息を吐いた青キジが両手を前に出してルフィへ制止をかけた。
「言っとくけどおれの判断じゃねェよ。上からの指示だ」
「どういう意味だ」
青キジの言葉に応えたのはルフィでは無く、背に立つだった。
が口を開いた事に反応した青キジがルフィから視線を外しへと向ける。
風で揺れる木々のざわめきすらどこか遠い世界の様に感じた。
「懸賞金で言やァ麦わら達の方が高ェが……銀翼、お前は初頭手配で一億ベリー。危険度が違ェ」
告げられた言葉にルフィももぐっと押し黙る。
二人共、青キジの言っている意味をわかっていた。
「羽が出て飛び、不可思議な術を使う。認知されてから初頭手配までの速度。司法の島で認知される前の記録はゼロときた」
「……だから何だ」
「初頭で一億かけられる女が今まで何の痕跡も残さず生きてこれると思うか?少なくともアラバスタ事後までは確認されてねェ」
「それは……」
「麦わらの一味が辿った航路はアラバスタ事後ジャヤからおれが会った島、そしてウォーターセブン。たった三つだ。そしておれがお前らに初めて会った時にゃァ既にその女はいた」
青キジの言葉を反芻しながら乱れそうになる呼吸を抑えようとが胸の辺りを押さえて深く息を吸い込む。
実際は青キジと出会う何日か前にこの世界に来たばかりなのだ。
それまでの記録も何も存在していないのは当然であり、それは世界を仕切る海軍が調べればすぐにわかってしまう事。
この海で名を上げる海賊達だって何も最初から恐ろしいほど強かった訳ではない。
下っ端から始め、名を上げる。それが当然であり自然な事だ。
だがは違う。突然姿を現し、すぐに一億ベリーという破格の懸賞金をつけられた。
世界政府が全力を以てしてもそれまでが辿ってきた道は影すら見当たらず、より一層危険度が増していく。
何せ生まれや育ちの海すらわからない。現れるまでどう生きてきたのか見当すらつかない。
人は生きている以上必ず何かしらの痕跡を残している。だがにはそれが無い。
それの意味するものはルフィ達が考えているよりずっとずっと異端な事なのだ。
政府や海軍が考えるの及ぼす危険性の高さは歴然であり誤魔化し様が無かった。
「そこでだ。おれが上に話をつけた。麦わら、お前は銀翼が大事なんでしょ」
「当たり前だ!」
「だから麦わらの大事な銀翼を守る為に銀翼をおれに渡しなさい。そうすればおれが匿ってやる」
「ダメだ!はおれの仲間だからお前になんか渡さねェ!!」
「……仮に大将が私を匿うとして海軍本部に何の得がある。政府を敵に回すだけでは無く内部にまで敵をつくるのではないか」
の言葉にルフィが驚いて「ダメだからな!」と言えばも「当たり前だ」と答えて青キジを見遣る。
勿論だって嫌だ。囚われの身になり一生自由にならないのであれば生きている意味など見出せそうにない。
解せないのは青キジの申し出だ。
捕らえて殺せというのであればわかる。だが匿うという言葉を使った以上少なくとも青キジはどうこうしようという気はないという事になる。
青キジに固執されるような理由が見当たらない。
戦闘能力にせよ何にせよより上の人物など探せばいくらでもいるはずだ。
「得かどうかは知らねェが予測される事態を防ぐ効果は大いにあるんじゃねェのか。体良く言やァ、保護ってやつでしょ」
「私が嫌だと言えば?」
「そりゃまァ力尽くで連れて行くしかねェなァ。おれにゃァ銀翼をしょっ引く理由も権限もあるからねェ」
面倒くさそうに話す青キジだったが、隙は一瞬たりとも見当たらない。
前に立つルフィは相変わらず体を強張らせたままじっと青キジを見据えておりこのままでは戦闘を避けて通る事が出来なくなりそうだ。
ルフィの背に守られながらが忙しく考えを巡らせる。
どうするか、ここで飛んで逃げたとして仲間達は全員あちこちへ散ってしまっている現状。
人質を取られれば終わりだ。わざわざここまで追いかけてくるくらいだ、手段を選ばないかもしれない。
仮に全員を集めて青キジから逃げ切り出航したとして、結局は何の解決にも繋がらないだろう。
今ならあの時のロビンの気持ちがよくわかる。
対峙するものに目をつけられるという事は自分では無く大切な人達に対して多大な影響を与えてしまう事に繋がっていく。
が拒否を示せば仲間達に危険が及ぶのだ。
「どうすんの、銀翼」
試す様な視線を寄越す青キジの言葉にの肩がぴくりと揺れ跳ねる。
その瞬間、前に立っていたルフィが手を伸ばし強い力でぎゅっとの腕を掴んだ。
「、ちょっと下がってろ」
「ルフィ……」
の腕を放したルフィが真剣な表情を浮かべて一歩前へと進んでいく。
燃える様に真っ赤なシャツを着たルフィの背中がいつもより大きく見えて力強さに彼が男であるという事を思い出す。
年下で太陽の様に明るい彼は、の乗る船の船長を務める男。
しかしいくらルフィが強いからと言っても相手は海軍大将であり力と力でぶつかってどうにかなる相手ではない。
「ルフィ!駄目だ!」
「……はおれ達と一緒にいるよりあいつの所に行きてェのか?」
真っ直ぐな視線を向けるルフィの言葉を聞いたがとっさに思いきり首を横に振ってそんな事がある筈が無いと体で示す。
だが、自分のせいでルフィや仲間にもしもの事があったらと思うとそうも言っていられない。
自分がルフィ達と一緒に居たい気持ちよりもずっとルフィ達の身の方が大事だ。
ルフィの視線と共に向けられるのは青キジの冷たく鋭い視線。
口を開こうとが動いた瞬間、麦わら帽子がの腕へと落とされる。
「それ、預かっててくれ。がいなくなるなんておれは絶対嫌だからな!」
ふわり、と風に揺れた麦わら帽子がの手の中で踊る。
届いたのは闘志を剥き出しにしたルフィの熱とそれを奪い取ろうとする寒々しい冷気の風。
ゆっくりと、どっしりとした足取りで青キジへと向かって歩いて行くルフィが拳を握って構えを取る。
対する青キジも格好はだらけているが先程より纏っている空気は凍てつきそうな程鋭く変わっていた。
どうする事も出来ないはただ、ルフィから預かった麦わら帽子をしっかりと腕に抱き固唾を飲んで二人の動向を見守るしかない。
ルフィが、船長が戦うと決めた。
それはがどんなに反対したって揺るぐ事の無い決定である事はわかっている。
ルフィを信じていない訳ではない。ただ力量の差がはっきりしているだけに不安が募ってしまうのだ。
麦わら帽子を抱えたままがいつでも飛び立てるように意識を半分背中へ向けた。
万が一の場合、ルフィを抱えて逃げる。
きっとルフィは怒るだろうけれど命あっての全てだ。自分の為にルフィが命を落とすなんて事があってはいけない。
青キジの前に立ったルフィが拳を握ったままぐっと両足に重心を込める。
「あららら、麦わらってばおれと戦るってわけ?そんなに銀翼が大事なの?」
「当たり前だ!はおれの大事な仲間だし……好きな女の期待に応えらねェなんて男じゃねェ!!」
腹の底から叫ぶようにしてルフィの声が辺りに響き、同時に青キジへと向かって拳が振り上げられる。
その言葉に驚いたのはだけでは無いらしく青キジも少しばかり驚いた表情を浮かべながらルフィの拳を身軽な動作で避けて見せた。
戦いの行方を見守るのとは違う動揺がの中で巻き起こり、心臓の音がうるさく鳴り響く。
好きな女……。
ルフィの口から出た言葉の意味を飲み込んで、攻防を繰り広げるルフィと青キジを見つめながらはもう一度麦わら帽子を胸に抱き直した。
UP DATE : 2008.04.05