7.2 相対時制とは多重時制のことである


「20xx年8月10日、私は次の街に行った」は、
GALにおいて、以下の2文どちらででも表現できます。
    ・(20xx/8/10).I.go(→Next.Town)
    ・<20xx/8/10>.I.go(→Next.Town)
しかし、この2文は意味が異なります。
その理由について、考える時に、
そもそもなぜ自然言語には、絶対時制のような表現がないのでしょうか。
英語や日本語とGALその相違は、一言では言えば、うなぎ文があるかないかです。
英語ですらcoffee文がありましたが、GALにはうなぎ文に相当するものがありません、
というより、GALの文は全てがうなぎ文でしたね。
つまり、「私はうなぎだ」は、「この状況において、発言者はうなぎに何か関係した人間である」である、
と解析されるのでした。
ですから、GALにおいて、「この状況」を示す記述を該当文章から検索する事は当然です。
逆に、一文をして意味が理解できる事は、単にラッキーに過ぎません。
であるから、「私は次の街に行った」において、それが何時起こったかをGALが記述するのに、
絶対時制を用いるのは、当然と言えば当然です。
とすれば、話し言葉である自然言語は音声を扱う必要性から、
そもそも一文をして意味が理解できなければなりません。
だから、「この状況」を直ぐに理解できる状況下での発言をうなぎ文として、
特別に認識していると考えるべきです。
とすれば、強度列を前提にした絶対時制という戦略は取りようがありません。
よって、自然言語は現在という発話時点を中心に据えた相対時制を用いる戦略をとるしかないわけです。
そこで、GALでは相対時制を日付に関する主題として捉えます。
日本語訳すれば、先程の例は、「20xx/8/10について、私が次の街へ行く日である」とでもなるのでしょうか。
ここで、主題を示す「〜について」は「就く」の連用形です。
この意味は、まさに思考対象を限定している事です。
それをしているのが、発話行為の事だとなる訳ですが、
ここで、時制における発話行為とは何なのかがさらなる問題となります。
絶対時制にあって思考対象を限定しているのは、強度でした。
ですから、この問題は、相対時制において「時制について」語る時、
そもそもどうやって「限定的に」示されているかという問題の答えが、
「発話行為によって」となります。
つまり、発話行為によって時制を限定的に示すもの、
それは発話行為が行われている「現在」しかありません。
(「過去」や「未来」では幅があって、この用途には使用できません)。
より正確には、「現在感覚」とでも呼称すべきでしょうか。
そこで、それぞれの時制についての発話行為について、
以下のように考えてみます。
    ・未来時制ならば、発話行為は論理を使用するものである。
    ・現在時制ならば、発話行為は知覚を使用するものである。
    ・過去時制ならば、発話行為は記憶を使用するものである。
この3つの側面の全ての統合が、即ち「現在感覚」であり、
現在時制における知覚という、ある意味「受身」の感覚です。
従って「現在感覚」とは、
    ・未来時制の場合、論理を知覚のように使用する。
    ・現在時制の場合、知覚を知覚のように使用する。
    ・過去時制の場合、記憶を知覚のように使用する。
つまり、記憶,知覚,論理を再知覚することです。
(そして、主題もそもそも、ある該当状況下における「再知覚」の事ですよね)
これこそ、マクタガートが主張する生き生きとした時間、となるのでしょうが、
この時間が絶対時制の時間と異なる事は当たり前で、
マクタガートの時間が存在しないという主張は、この事であるとGALでは理解します。
つまり、相対時制においては、現在の発話行為にて認識対象の過去、現在、未来における知覚が
再度行われるという、2つの時制が繋がった多重の時制になるわけです。
そこで、相対時制の表記方法となりますが、以下の記号を使用します。
    ・†・・・・・〜より過去におけるある時点を示す
    ・‡・・・・・〜より未来におけるある時点を示す
    ・<>・・・時制における主題、つまり現在感覚(あるものを知覚している事)を示す
とします。
そこで、まず†,‡記号ですが、
これらの記号でいわゆる過去時制、未来時制を示すわけではありません。
むしろ、絶対時制と併用しても、示される強度は曖昧になるにしても、それほど問題にはなりません。
例えば、「†.I.go(→Next.Town)」は
「過去のある時点に、私は次の街へ行く」という現象を示すだけです。
この「過去のある時点」は、ある特定の暦を現在から見て、曖昧に表記しただけですので、
単なる省略です。。
つまり、以下の表記
    (20xx/8/10.†).I.go(→Next.Town)
        「20xx/8/10以前に、私は次の街へ行く」
は、
    (20xx/8/8).I.go(→Next.Town)
        「20xx/8/8に、私は次の街へ行く」
を曖昧に記述しただけです。
また、現在が20xx/8/10だった時に、
    †.I.go(→Next.Town)
        「過去に、私は次の街へ行く」
も、
    (20xx/8/8).I.go(→Next.Town)
        「20xx/8/8に、私は次の街へ行く」
を、省略した記述になっているだけです。
一方、以下のように記述すれば、それは相対時制である過去時制になります。
    <†>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行った」
これは発話行為として、過去の記憶「I.go(→Next.Town)」を再知覚していることになります。
つまり、過去の記憶の主題化という訳です。
ですから、この現象は、必ず発話行為をする現在から見て、
「私は次の街へ行った」という過去の事象となる記憶を示すわけです。
つまり、逆に、
    <20xx/8/10.†>.I.go(→Next.Town)
        「20xx/8/10より前に、私は次の街へ行く」
        または
        「20xx/8/10より前に、私は次の街へ行った」
        または
        「20xx/8/10より前に、私は次の街へ行くつもりだ」
は、発話行為を現在としてどれかに決定される訳です。
<>と†の記号から、過去形表現になるわけではありません。
逆に、単に「20xx/8/10より前に、私は次の街へ行った」と表現するならば、
    (20xx/8/10.†)<†>.I.go(→Next.Town)
となり、「20xx/8/10、私は次の街へ行った」ならば、
    20xx/8/10<†>.I.go(→Next.Town)
となります。
さて、この表記は、{}表記や<>表記に関する名前の付け方を示しているように見えます。
従って、上記の表記は、主題を示す<>表記に関する名前です。
そもそも、{}表記や<>表記に関する名前は、「好きな犬<ポチ,シロ,・・・>」というように、
カッコ内の順序や集合の各要素が成立する事態のことです。
主題を示す<>表記に関する名前もまた、その主題が成立する事態を示します。
但し、普通は主題が成立する事態など、誰も気にしません。
それは、「・・・について」語るのは、普通は現在だからです。
よって、特に時制の場合、該当の現在感覚が成立する絶対時制を名前として示せるわけです。
むしろ、絶対時制を持たない自然言語において、どのような仕組みを持って、
多重時制を示すかは、よく分かりません。
勿論、自然言語において多重時制を示す方法は、GALで表記すれば、
    <20xx/8/10<†>>.I.go(→Next.Town)
となって、時制のレベルの違いとして相対時制で語る事ができはしますが。
この表記を、集合記号を使用して、
    (20xx/8/10∩<†>).I.go(→Next.Town)
と記述できます。
一方、(20xx/8/10∩†).I.go(→Next.Town)は、
絶対時制「20xx/8/10かつ過去(現在以前)において、私は次の街へ行く」です。
さて、双方の表記に置いて、
後者は、20xx/8/10が未来(現在以後)の場合、ナンセンスになりますが、
前者は普通に意味が通ります。
何故ならば、絶対時制20xx/8/10において、相対時制<†>.I.go(→Next.Town)が
成立しているだけだからです。
上記文を日本語で表現するために、敢えて全てを相対時制で示す場合、
    <20xx/8/10∩<†>>.I.go(→Next.Town)
        「20xx/8/10には、私は次の街へ行った事になっているだろう」
となります。
無論、
    <20xx/8/10∩†>.I.go(→Next.Town)
        「20xx/8/10、私は次の街へ行った」
の場合もまた、20xx/8/10が未来(現在以後)の場合、ナンセンスになります。
何故なら、未来と過去を同時に捉える現在感覚は存在しないためです。
つまり、同一レベル間で、別々の時制は両立しません。
以下のように記述すれば、それは相対時制である未来時制になります。
    <‡>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行くつもりだ」
ちなみに、
    I.go†(→Next.Town)
    I.go‡(→Next.Town)
は、それぞれ過去時制、未来時制の省略形です。
つまり、相対時制の省略形になっている事に注意してください。
さて、ここで多重時制をさらに発展させて考えます。
    ・未来時制「〜するつもりだ」
    ・過去未来時制「〜するつもりだった」
    ・未来過去時制「〜したつもりだ」
    ・過去未来過去時制「〜したつもりだった」
ただし、上記時制のうちで、 時制というよりも仮定のニュアンスが強くなり、
「知覚する」が「考える」という変化をすることがあります
この変化が、時制をさらに混乱させることになります。
例えば、未来過去時制「〜したつもりだ」は、
「〜したと考える」と表現する言語もあるわけです。
    ‡.I.go(→Next.Town)
        「(ある特定しうる)未来において、私は次の街へ行く」
この表現は通常の日本語にはなりません。
絶対時制を主題化すれば相対時制として表記されます。
つまり、絶対時制で示される内容を再知覚するわけです。
    <‡>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行くつもりだ」
同様にすれば、自然言語にもある過去未来時制は記述できます。
    †<‡>.I.go(→Next.Town)
        「(ある特定しうる)過去において、私は次の街へ行くつもりだ」
    <†<‡>>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行くつもりだった」
GALでは、「〜つもりだった」(でもそうでなかった)という仮定法的表現を、
条件のニュアンスを含まず、あくまで時制として表現できます。
つまり、未来過去時制は、
    ‡<†>.I.go(→Next.Town)
        「(ある特定しうる)未来において、私は次の街へ行った」
    <‡<†>>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行ったつもりだ」
過去未来過去時制は、
    †<‡<†>>.I.go(→Next.Town)
        「(ある特定しうる)過去において、私は次の街へ行ったつもりだ」
    <†<‡<†>>>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行ったつもりだった」
となります。
さらに次の、日本語の時制表現の拡張も考えられます。
    ・過去過去時制「〜だと記憶していた」
    ・未来未来時制「〜だと予想するつもりだ」
のように、もはや日本語で表記するにも、元の動詞を使うことになります。
これも、GALの場合には、
過去過去時制:
    †<†>.I.go(→Next.Town)
         「(ある特定しうる)過去において、私は次の街へ行った」
    <†<†>>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行ったと記憶していた」
未来未来時制:
    ‡<‡>.I.go(→Next.Town)
        「(ある特定しうる)未来において、私は次の街へ行くつもりだ」
    <‡<‡>>.I.go(→Next.Town)
        「私は次の街へ行くと予想するつもりだ」
となります。
    相対時制についてまとめますと、以下のようになります。
    現在時制〜する/〜だ⇒例:I.go(→Next.Town)
    過去時制〜した/〜だった⇒例:<†>.I.go(→Next.Town)
    未来時制〜だろう/〜するつもりだ⇒例:<‡>.I.go(→Next.Town)
    過去未来時制〜するつもりだった⇒例:<†<‡>>.I.go(→Next.Town)
    未来過去時制〜しただろう/〜したつもりだ⇒例:<‡<†>>.I.go(→Next.Town)
    過去未来過去時制〜したつもりだった⇒例:<†<‡<†>>>.I.go(→Next.Town)
    過去過去時制〜だと記憶していた⇒例:<†<†>>.I.go(→Next.Town)
    未来未来時制〜だと予想するつもりだ⇒例:<‡<‡>>.I.go(→Next.Town)