第2日目(平成21年5月16日)
JR常磐線北小金駅の南口をでて一つ目の交差点にある水戸街道道標から歩きはじまます。小金宿からきた旧道はこの交差点で右に直角に折れます。かつてこの場所に八坂神社がありました。
北小金駅の北は戦国時代、東葛飾地方一帯を支配していた高城氏の居城があり水運により市がたつようになり軍事・経済が発展し水戸街道が整備されるにつれて宿場町に形成されました。
詳しい地図
銀杏並木の旧道を進むと国道6号線の根木内交差点にでます。左正面の小高い森は根木内城址です。寛正三年(1462)高城胤忠の築城といわれ天文6年(1537年)小金城が築城され移るまで、同氏の本拠地でした。
国道を横切って街道は直進します。少しすると根木内歴史公園>(根木内城址)があります。松戸には10ヶ所以上の城郭がありました急激なが市街化により消滅し当時の面影を残すのは根木内城址と小金城址の2ヶ所だけです。空堀・土塁・土橋など根木内城の遺構があります。
柏市酒井根「大清水湧水」を水源とする上富士川に架かる根木内城址橋を渡り街道を行くと柏市に入ります。
旧街道が曲る右に青面金剛尊が彫られた庚申塔があります。
青面金剛尊は四または六臂で、手に輪宝・鉾・羂索・蛇・日月などを持ち邪鬼を踏むものも見られ、その恐ろしい姿から邪気や悪病を払うとされました。
この先の東武バスイーストのバス停は庚申塚でした。
柏中新宿郵便局の前を行くと行念寺にでます。
創建は明応2年(1493)小金東漸寺開山の経譽愚底運公上人の開基で東漸寺末寺です。境内には青面金剛尊があります。
街道を進み流山市に入ると香取神社があります。江戸時代初期の創建で向小金新田の産土神で地域の人に親しまれてきました。御祭神は経津主命です。境内には一里塚碑・青面金剛尊・庚申塔があります。一里塚は香取神社入口附近にあり江戸から7番目です。昭和16年の道路工事で消失しました。
再び柏市に入り今谷上町を進むとJR常磐線南柏駅入口になります。八坂神社の辺りは道しるべとしての松並木がありましたが環境の変化により現在は残っていません。
少しすると日光東往還の追分になります。日光東往還は日光街道の脇街道の一つで20里34町を関宿・結城など10宿を経て日光街道雀宮宿で合流します。日光参詣、参勤交代、物資輸送に使われました。柏市豊四季に入ると別雷(わけいかづち)神社、稲荷神社があります。別雷神社は京都上賀茂別雷神社の御分霊を主祭神とし雷を支配統御します。
街道をさらに進むと豊受稲荷本宮にでます。神仏習合の稲荷神社で狛犬と狛狐がいます。本来、犬と狐は喧嘩をするので一緒に置かないとされますが、豊受稲荷本宮の犬と狐は仲が良いそうです。
天照皇大神を主祭神とする神明神社を過ぎ東武鉄道野田線のガードをくぐると柏市街に入ります。NTT東日本柏支店を左に見て進むとJR常磐線柏駅入口交差点にでます。
柏駅入口交差点の右側は柏神社です。出羽三山の羽黒神社と京都八坂神社を祀る合祀神社です。柏神社には「水戸街道の木戸」について柏市教育委員会の説明版があります。水戸街道は幕府直轄の放牧地「小金牧」を通過していた為、牧と村の出入り口に木戸を置き人々の往来を確保しました。柏神社脇に柏木戸がありました。
少し行くと明治天皇柏御小休所の碑があります。国道16号線を旧水戸街道入口交差点を横切って行きます。詳しい地図
国道16号線を渡った旧道はJR常磐線を跨ぐ陸橋の手前を右へ入ります。線路づたいに進むと旧道は行き止まりになりますが、跨線橋でJR常磐線を越えます。跨線橋を渡ると旧道は続いています。
旧道は大きく左に曲がり北柏入口信号で国道6号線にでます。国道を歩き大堀川に架かる呼塚橋を渡ると下り坂になります。坂下の県道を左に進み国道をガードでくぐります。一つ目の交差点を右に進みうねうねと旧道を行くとJR常磐線北柏駅にでます。常磐線のホームは駅の階段を上り国道の上を行った先にあります。
街道は我孫子市に入り東陽寺の前を行きます。ここでは馬頭観音、如意輪観音などの石仏が見られます。妙蓮寺を過ぎると街道は大きく右に曲がり国道6号線へ向かいます。この辺り根戸集落は旧家が多く街道の雰囲気が残っています。
国道6号線の我孫子市街入口交差点にでると歩道橋を渡り直進します。国道356号線を進み左に曲る押しボタン信号のところでJR常磐線を跨線橋で渡ります。跨線橋の先に旧道は続いています。
街道は我孫子宿に入ります。我孫子宿は近年の道路拡張により古い建造物は僅かに残るだけです。我孫子駅前交差点を進むと割烹旅館角松本店があります。明治17年12月角松旅館(松島楼)に明治天皇が宿泊しています。我孫子郵便局の先、大光寺で左にカーブします。大光寺の創建は室町時代と言われ主本尊を不動明王とします。
少しすると従是子神道と彫られた道標にでます。大黒天を祀る子の神神社(我孫子市緑)への道標で、当時この辺りに問屋がありました。
道標の先に我孫子宿本陣跡への案内板があります。本陣跡は我孫子市教育委員会の標柱があるだけです。
本陣跡を少し行くと左に脇本陣があります。天保2年(1831)の建築で茅葺屋根の母屋が残っています。小熊家が問屋、名主を務めました。
脇本陣の先の交差点に明治12年創業の割烹料亭鈴木屋本店があります。
街道は交差点を右折して国道356号線をしばらく進み関東バス第一小学校停留所の先の信号が成田街道分岐になります。分岐点には青面金剛や道標が集められています。直進が成田で水戸街道は左折します。
JR成田線の浜街道踏切を渡りしばらく行くとJR東日本松戸車両センター我孫子派出所にでます。この車両基地が旧街道を分りづらくしています。車両群の先に見える我孫子水道局の妻子原浄水場の茶色の配水池を目印にします。泉交差点を左折してJR常磐線のガードをくぐると右上に配水池が見えます。
ガードをでたら右に進み浄水場の前を行きしばらく行くと交差点に出ます。交差点を左に進むと柴崎神社にでます。柴崎神社の創建は天慶元年(938)で御祭神は天御中主神です。平将門の祈願所と伝えられる神社で本殿は神明造です。
青面金剛尊、庚申塔を見て進みます。柴崎の集落は旧家が残っています。街道は柴崎交差点で国道に合流します。
国道を歩き青山台交差点から国道の脇道をしばらく歩き右に入ると旧道が残っています。静かな青山集落の中を旧道は続いています。
坂東バス青山西屋敷バス停の前を行き街道の面影を残す旧家を見て進むと利根川にでます。利根川は群馬県北端のみなかみ町を源流とする全長322kmの長さで信濃川に次いで日本第2位の川です。大利根橋で利根川を渡ると正面には取手市街が見えてきます。
大利根橋を渡った所で階段を下り右へ進みます。JR常磐線のガードをくぐり直進します。左に入った丘の上に長禅寺があります。平将門が祈願寺として承平元年(931)に創建したと伝えられています。茨城百選に選ばれています。
街道に戻りさらに進むと奈良漬製造元新六本店があります。隣は田中酒造店で創業は明暦元年(1655)の老舗です。さらに進むと本陣染野家住宅があります。寛政7年(1795)に建築されました。茨城県指定有形文化財に指定されています。毎週金、土、日曜日に公開されています。実際に上段の間等を見ることができます。中の間から玄関の光景は趣深く先人達と同じ目線で見ることができます。
街道は湿地帯と小貝川の増水等で本通りの他、中通り、椚門廻り、大廻りの3本の道がありました。
本陣を後にして先へ進むと八坂神社にでます。寛永3年(1626)の創建で御祭神は素盞嗚命(すさのおのみこと)です。例大祭は8月1日から3日で担がれる神輿は荒みこしとよばれます。
街道には歴史を感じさせる建物が残っています。取手小学校入口の案内板で左折します。新しい道標で旧道を確認して進みます。阿夫利神社で右に進みます。
詳しい地図
街道はホンダカーズの前を直進し大利根交通吉田バス停留所の先(利根川土手の手前)で左へ入ります。
街道は藤代宿まで真直ぐに延びています。田園風景の中を歩くと樹齢200年のサイカチと新しい水戸街道道標があります。吉田分署の前を行き相野谷川に架かるどばしには来應寺への道標があります。旧陸前浜街道の標柱を見て清水、中田へと進みます。JR常磐線の踏切を渡った先は国道の本田谷中交差点になります。今日はここがゴールでJR常磐線の藤代駅へ向かいました。