第4日目(平成21年7月19日)
JR常磐線荒川沖駅西口を真直ぐ進むと水戸街道になります。ここにある風格のある旧家は鶴町醤油店です。
街道を右へ行き土浦荒川沖郵便局の隣の茅葺屋根の家は元旅籠の佐野屋です。荒川沖宿は規模は小さく本陣は置かれず宿場としての役務は牛久宿と分担していました。関東鉄道警察前バス停留所の先にある茅葺屋根の家は鶴町たばこ店です。
さらに進むと四脚門のある家があります。荒川沖宿は往時の街道の風情を醸し出しています。
学園東大通り入口交差点で国道6号線に合流します。
国道を歩きホームセンターを過ぎ左手に土浦自動車学校を見ながら土浦第三中学校の前を行きます。中村南4丁目交差点で右の旧道に入ります。
国道の喧騒から離れ静かな旧道を進みます。土浦中村郵便局の前を行くと街道の松があります。当時は、この辺りに一里塚がありましたが現在は残っていません。原の前交差点で国道を渡ると旧道が続いています。少しすると街道は右に緩く曲って中村宿へ入ります。
宿場の南はずれの観音堂跡に双体道祖神、安政二年九月十九日と彫られた如意輪観音等石仏群があります。中村宿は規模は小さいものでしたが川村家が務めた本陣が置かれていました。
宿場の当時の建物は残っていませんが宿場はずれの枡形や道幅に街道の面影が残っています。やがて街道は緩い下り坂になり土浦市立東小学校にでます。花室川に架かる大川橋を渡ります。車が行き交い歩き難い場所です。右手に国道6号線が見えます。左に見える森は大聖寺です。
大聖寺は醍醐寺成尊僧都により長徳元年(995)今泉寺として永国に開山されました。
茅葺の山門は薬医門形式で貞享2年(1685)土浦城主松平信興の寄進によるもので土浦市指定文化財です。広い境内には薬師如来の石仏が見られます。※薬医門 矢の攻撃を食い止める「矢食い」からきたと言われる
国道6号線土浦バイパスの上を行くと永国で国道354号線に合流し国道を進みます。
詳しい地図
土浦市役所への標識を見て進むとセブンイレブンの駐車場フェンスの横に馬頭観音と刻まれた布施街道道標があります。布施街道は柏市根戸で水戸街道と別れ布施弁天・利根川七里ヶ渡し・守谷を経て中高津で水戸街道に合流する脇街道です。布施弁天や板橋不動尊の参詣等に広く利用されました。
土浦中高津西側歩道橋の先、医療センター入口信号で国道から離れて右へ進みます。信号の所に旧家が残っています。静かな旧道を行くと愛宕神社があります。下高津は街道情緒がある町屋が残っています。
桜川に架かる銭亀橋を渡ると土浦城下です。桜川は岩瀬町(桜川市)を源として霞ヶ浦へ流れます。
慶長年間に架けられた銭亀橋は景観と眺望がよく土浦八景とされました。現在は眺望がその面影を残しています。橋の袂に土浦市指定銭亀橋の跡の碑があります。
大町交差点を渡ると土浦城の南門があった場所で市指定史跡南門跡の碑があります。
石材店を右に行き、すぐ左折する枡形になり土浦宿へ入ります。城下町であるほか霞ヶ浦水運の拠点として栄えました。
街道は土浦城の東側を幾つもの枡形によりできています。宿場の規模は大きく山口家と大塚家が務めた本陣が二軒と旅籠により構成されていました。東光寺、等覚寺を見て大手町通りを進みます。土浦大手町郵便局の先で枡形になります。
街道は中城通りになり歴史的景観を残し土蔵造りや出桁造りの商家を見ることが出来ます。
山口薬局、1800年代建築の土蔵造りの矢口酒店、蕎麦吾妻庵(再建)、観光案内所になっている土蔵造りのまちかど蔵「大徳」元呉服店、「野村」元砂糖問屋等があります。大徳の裏手に山口家の本陣がありました。
不動院には地理学者沼尻墨僊(1775−1856)の寺子屋跡、市指定史跡退筆塚の碑があります。街道は国道125号線にでます。出桁造りのてんぷら「ほたて」の脇に櫻橋跡と土浦町道路元標があります。桜川は暗渠になっています。
国道を渡り三菱東京UFJは高札場があったところです。直進すると枡形で土浦商工会議所で左折します。商工会議所は大塚家が務めた本陣の跡です。常陽医院を左折します。
月読神社の先に旧町名横町の由来がありS状の馬出しで北門跡へと続きます。地名は城北町です。
新川橋を渡り真鍋宿通りを進みます。関東鉄道本社の前を行くと真鍋宿へ入ります。旧家も点在しています。
国道354号線が交差する坂下から坂上を中心に栄えました。坂下の右に善応寺があります。土浦城の北東に位置し鬼門除けの寺院として庇護されました。善応寺の左石段の下に土浦市指定文化財の照井の井戸があります。古くから絶えることがなく湧き出ている名水です。東真鍋の久月総本舗では、この名水を使った水ようかんを毎年6月から8月まで扱っています。
街道の面影を残す家並みを見ながら歩き坂上で国道125号に合流します。国道をゆくと県立土浦第一高等学校があります。旧本館は駒杵勤治が設計し明治37年に竣工したもので国重要文化財に指定されています。
真鍋信号の先で国道から右の旧道に入ります。日立電線土浦工場の先で市指定史跡水戸街道松並木が続きます。土浦厚生病院の先に史跡板谷の一里塚があります。市指定文化財で両塚が現存しています。県道にでると国道6号線を跨いで越えます。
跨道橋を過ぎると街道は中貫宿へ入ります。
規模は小さく片継ぎの宿場です。街道沿いに宿場の面影を残す門構えの家があります。
本陣は、大名が休息するための小休本陣です。屋根は茅葺を銅板で覆っていますが、主屋の正面に張り出した唐破風造りの式台付玄関など本陣建築を残しています。土浦市指定有形文化財に指定されています。土浦中貫郵便局の前を行き国道6号線にでます。国道を歩き、かすみがうら市に入ります。関鉄グリーンバス清水南停留所の先に厳島神社があり、隣は清水公民館です。
国道沿いの須田うどんで休憩して、さらに進むと陶陶酒サービスセンターにでます。併設した工場でつくられた製品の展示販売しています。日によって試飲もできます。
旧水戸街道稲吉宿入口の案内板で左に入ります。静かな旧道を下ると稲吉宿へ入ります。稲吉宿は本陣、脇本陣、問屋場、旅籠で構成されていました。宿場の面影を残す本陣、旅籠皆川屋の木村家住宅が現存しています。当時、本陣の向い側は脇本陣がありました。
千代田七会郵便局を過ぎると鬱蒼とした森の中に香取神社があります。御祭神は経津主命です。かすみがうら市千代田庁舎、西消防署の前のを行きます。
旧道には蓮田が広がります。上土田集落を行くと観音寺があります。鎌倉時代末期のものと推定される不動明王像は市指定文化財です。
下土田を抜けると下土田北信号で国道6号線に合流します。常磐自動車道千代田石岡インターチェンジ入口は地下道で、くぐり抜けます。
詳しい地図
地下道をでると千代田の一里塚の案内板があります。案内板に従い左の丘を上ると茨城県指定文化財千代田の一里塚跡の碑があります。
国道を行き新治小入口信号で左の旧道に入ります。ここに生馬神供養塔と馬歴神と刻まれたものがあります。馬歴神(ばれきじん)は馬の守護神と言われます。旧道を行くと市川地区になり市川交差点で再び国道に合流します。石岡市に入り恋瀬川に架かる恋瀬橋を渡ります。恋瀬川は筑波山系の吾国山を源として霞ヶ浦に注いでいます。国府7丁目交差点で左の国道355号線を進みます。
街道は枡形で関鉄グリーバス国府7丁目停留所の先を左に進み突き当りを右折して国道355号線に戻り府中宿へ入ります。府中宿はたびたび大火に遭い江戸時代の建物は殆ど残っていません。
石岡守木郵便局の前を行き国府公園、金刀比羅神社へと進みます。染物丁子屋は唯一江戸時代の建物です。商店街は福島屋砂糖店、久松商店、十七屋履物店、すがや化粧品店など昭和の大火後の建物が独特な景観があります。今日はここで終わり、国府3丁目でJR石岡駅に向かい駅前の食堂で渇いた喉を潤しました。