『花かんむり』


        初夏の日差しが森を照らし、その木々の隙間から、光が優しくこぼれ落ちる。
        森の妖精たちが、楽しげに歌を歌っているかのようである――。

        そんな中、2頭の馬が、軽やかにひづめを鳴らしてやって来た。

        ほんの束の間であるが、オスカルとアンドレに休暇が出た。
        初夏の爽やかな日差しに誘われ、二人は久しぶりに遠乗りに出かけたのである。

         この森では、パリの不穏な空気が、まるで嘘のようであった。

        「アンドレ、この辺で休もう。」

        「ああ、そうだな、オスカル。腹も減ってきた。」

        「ははは・・・お前はいつも腹を空かせているようだな。」

        二人は馬たちを木に繋ぐと、草の上に並んで寝転んだ。
        どちらからともなく、手を繋いで・・・・・。

        長い間求め続けた、お互いの温もり・・・。
        指先から全身に、その温もりが広がり、二人は至福の喜びをかみ締めるのであった。

        「幼い頃・・・こうして手を繋いで、草原を駆け回ったな・・・・・。」

        「ああ、そうだった。オスカル、お前は俺よりチビのくせに、走るのが早かった。
        俺はいつも、引きずられそうになっていたんだぞ。」

        「ははは・・・それはすまなかったな。・・・アンドレ・・・お前の手の温かさは変わっていない。
        あの頃とちっとも・・・。」

        オスカルはそう言うと、ギュッとアンドレの手を強く握るのだった。

        すると、アンドレは半分体を起こし、オスカルの体を覆うと、優しく口づけをした。
        オスカルの胸は高鳴り、全身が幸せに溶けていきそうだった。
        そして、アンドレは、オスカルの柔らかな胸に顔を埋めた。
        ドキンドキンと心臓の音が聞こえる。
        オスカルが、そんなアンドレの髪を優しく撫でる。
        そしてまた・・・アンドレはオスカルに、口づけをするのだった。

        (私は女だ・・・・・。)

        オスカルは、生まれてから今まで、こんなにも開放された気持ちで、自分を女だと
        感じたことはない。
        女だと思い知らされたことはあっても、いつも堅い軍服で、そんな悔しい思いを隠してきた。

        今は・・・アンドレと一緒にいる今は・・・ひとりの幸せな女でいられる・・・。

        「不思議だ・・・・・。」

        オスカルがぽつりと言った。

        「何がだい?オスカル。」

        「昔、私は自分が、本当に男だと思っていたことだよ。」

        「ははは・・・そうだった。俺が屋敷に来てからしばらく、そうだったな。
        おばあちゃんが、お嬢様と呼んでいるのに、不思議だと思っていたよ。」

        「たぶん、自分に、自分は男なんだと言い聞かせていたんだな。でも、それがある日、
        決定的に否定された・・・・・。」

        「トロワ伯爵のお嬢様に・・・かい?」

        「・・・・・!アンドレ、よく憶えているな!」

        「ああ、昨日のように、よく憶えているよ。あの時のお前の顔は、今でも忘れられない。」

        「あれは春だった。れんげ草が野原一面に咲いていた。」

        「ああ、見事なピンク色の絨毯のようだった・・・。」

        アンドレは、再びオスカルの側に横になった。


        二人は、眩しい木漏れ日を見ながら、遠い記憶を辿るのだった・・・・・。


                 *

                 *


        トロワ伯爵の一家が、ジャルジェ家へやってきたのは、オスカルが8歳の春であった。
        伯爵は、ジャルジェ将軍の昔からの親友である。
        ベルサイユから遠い田舎に住んでいる伯爵は、久しぶりに、夫人と娘のアンジェに
        ベルサイユでの生活を楽しませてあげようと、一家揃ってやって来たのだ。

        娘のアンジェは、ちょうど、オスカルと同じ8歳であった。

        ジャルジェ家のサロンで、初めて会ったアンジェは、田舎の貴族とは思えない程の
        優雅な身のこなしで、挨拶をした。

        大人たちは狩りに出かけるというので、オスカル、アンドレ、アンジェの三人は、
        留守番ということになった。

        大人たちのいなくなった広いサロンで、シーンとしている三人にばあやが声をかけた。

        「さあさ、今日はお天気がとても良いですよ。オスカルお嬢様、アンジェお嬢様を
        外にお連れしてはいかがですか?」

        「そうだね、ばあや。そうするよ。」

        「アンドレ!何をボヤッとしているの!外へ案内するのよ。お二人のお嬢様にお怪我が
        ないようにね!」

        「はぁ〜い。」

        お嬢様はオスカルだけでたくさんだ、とアンドレは思っていた。
        オスカルも、女のお守りなんて・・・と、実は面倒くさがっていたのである。

        でも、まだ幼い子供たちである。
        お互いが馴染むのに、そう時間はかからなかった。
        最初はツンとしていたアンジェだが、ジャルジェ家の広い庭で遊んでいるうちに、
        大きな声で笑うようになっていたのである。

        「ねえねえ、オスカル、アンドレ!あのピンク色の丘は何?」

        アンジェが、屋敷の向こう側に見える、小高い丘を指差して言った。

        「ああ、あそこには花畑があるんだ。」

        オスカルが、ピンク色にけぶる丘を見て言った。

        「まあ!素敵!だからピンク色をしているのね。ねえ、行ってみたいわ!」

        三人は、その丘へと向かった。

        近づくにつれ、ピンク色の丘から、甘い香りが漂って来る。
        そこは・・・見事なれんげ畑だったのである。

        「素敵!素敵!こんにたくさんのれんげ草、見た事がないわ!」

        目の前に広がる、ピンク色の絨毯のようなれんげ畑に、アンジェはとても感激していた。

        「ねえ、オスカル。れんげ草で花かんむりを作りましょうよ。」

        アンジェがオスカルに言った。

        「え・・・?花・・かんむり?」

        「まあ・・・!オスカル、女の子なのに花かんむりも知らないの?!」

        オスカルの表情が、みるみる変わっていった。

        「ぼ・・・僕は、男の子だ!そんな女みたいなものは知らない!」

        「嘘よ!だって、さっきばあやさんが、お嬢様って言ってたじゃないの?それに、
        オスカルは、どう見ても可愛い女の子よ?」

        大人たちが、暗黙の了解で避けていた、オスカルへの女の子としての扱い――。
        それを、まだ子どものアンジェは、平気で破ったのである。

        「オスカル、アンジェ、男でも女でも、どっちでもいいじゃないか。俺、男だけど
        作れるよ。花かんむり。ほら!」

        そう言うと、アンドレは、れんげ草を摘み、器用に編んでいった。

        「あきれた!大人たちも、アンドレも。みんなしてオスカルをかばってる!ずっと変だなって
        思ってたのよ。オスカルったら、そんな男の子みたいな格好をして、言葉づかいだって・・・。
        ぜ〜ったい、絶対、絶対、オスカルは女の子よ!!」

        オスカルの顔は、真っ赤だった。肩が小刻みに震えている。

        「僕は、もう帰る!」

        オスカルは、そう言うと、屋敷に向かって走っていった。

        「オスカル!」
 
        アンドレは追いかけようとしたが、オスカルの姿は、もう丘の下へ小さくなってしまっていた。

        ぽつんと、アンドレとアンジェの二人だけになった丘の上で、アンドレが言った。

        「・・・アンジェ、オスカルはね、旦那様の言いつけで、男の子として育っているんだよ。
        旦那様の後を継いで、王様をお守りする軍人になるんだ。」

        「でも、そんなの何か変だわ。男の子のふりをしたって、本当の男の子にはなれないのよ。」

        アンジェはしゃがむと、れんげ草を摘みはじめた。

        「アンドレも手伝って。」

        「え・・・?」

        「作るのよ。花かんむり・・・。」

        そう言うと、アンジェは、黙々とれんげ草を編むのだった。

        アンドレとアンジェが屋敷に戻ると、ばあやが心配そうな顔をしていた。

        「ああ、アンドレ、オスカルお嬢様の様子が変なんだけど、何かあったのかい?」

        「あ・・・。」

        アンドレはアンジェをチラッと見て、口篭った。

        オスカルは、ぽつんと一人で、サロンの窓辺にもたれかかり、ぼんやりと外を見ていた。
        そして、アンドレとアンジェに気が付くと、少し気まずそうな顔をした。

        「オスカル・・・あなたにあげたい物があるの。」

        アンジェはそう言うと、オスカルの頭に、アンドレと作った花かんむりを被せ、鏡の前へと
        連れて行くのだった。

        「ほら!思ったとおり素敵だわ!とても似合っているわよ、オスカル。」

        鏡に映るのは・・・今までオスカルが見た事もない自分であった。

        見事な金髪に映える、ピンク色の花かんむり。
        気恥ずかしくて、頬を染めると、その染まったピンク色の頬が、ますますオスカルを
        女の子にするのだった。

        「ねえ、オスカル。オスカルは女の子よ。それでいいじゃない。男の子のように、勇ましい
        軍人になっても、心まで男の子にならなくてもいいのよ。」

        (そう・・・僕は女の子・・・。)

        頭の上から漂う、れんげ草の甘い甘い香り・・・。
        その甘い香りで、不思議とオスカルは素直な気持ちになれたのである。

        「ふふっ、アンドレったら、すっかりオスカルに見とれているわ!」

        アンジェが、ケラケラとアンドレをからかった。

        「ば・・・!ア、アンジェ・・・!!」

        アンドレは図星をさされ、ますます顔を真っ赤にした。

        ばあやも、そんな子供たちを微笑ましく見つめていた―――。


                 *

                 *


        「あれから俺たちは、すっかり仲良しになったんだ。」

        「ああ、そうだった。別れる時は、悲しくて泣いたっけ・・・。」

        オスカルとアンドレは、木漏れ日に目を細めながら、遠い昔を懐かしんだ。

        「見かけによらず、勝ち気なお嬢様だったな。それにおませだった。」

        「ははは・・・アンドレはいつも、からかわれていたな。13歳で嫁いだと聞いた。
        もうすっかり立派な貴婦人になっているだろう・・・。」

        「今考えると、彼女は進歩的な考えを持っていたな。俺のことも、けっして召し使い
        扱いしなかったし・・・。なんか、また会ってみたいな。」

        「・・・・・。」

        「ん?どうした、オスカル?」

        「・・・めずらしいな、お前が女性を誉めるなんて・・・。」

        「オ、オスカル、お前、もしかしたら妬いているのか?!」

        「ち、違う!!」

        オスカルは顔を真っ赤にした。

        そんな顔を隠そうとしたオスカルの腕を、アンドレが捕らえる。
        そして、また優しく口づけをするのだった。

        「今もそうだが、昔から俺にとっての女性は、オスカル、お前だけだよ・・・。」

        森の妖精の悪戯か、アンドレにそんな台詞を、素直に言わせる。


        そして・・・二人はまた、お互いの温もりを確かめ合うのだった―――。



〜Fin〜