魔法の扉〜前編〜 『魔法の扉〜前編〜』


ガラ・ガラ・ガラ・ガラ・ガラ・ガラ・・・。

菜の花が黄色く咲きほころび、青い空との境界線をふんわりと溶かしていく。
その中を、一台の小さな馬車が、軽やかに音をたてて去っていった。

「はぁ・・・、やっと行ったな。」

オスカルは菜の花畑の中、小さくなっていく馬車を見送りながら言った。

「くすっ・・・」

「何がおかしい?アンドレ。」

「オスカル、お前の顔に寂しいと書いてあるぞ。」

「なっ・・・!・・・でも、そうか・・な。ばあやとロザリーは辛くて見送りに来れなかった。
実は私も少しだけ寂しいような気がする。」

オスカルは、少しだけと言ったが、本当はとても寂しかった。
大人げなく涙ぐむのを、アンドレに見られるのも気恥ずかしかった。

その馬車に乗って去っていったのは、オスカルの一番上の姉、オルタンスの娘、ル・ルーだった。
まだ6歳のくせに、こまっしゃくれた女の子だ。
いずれベルサイユにデビューするために、行儀見習いとしてジャルジェ家にしばらく住んでいたのだ。
その毎日たるや、賑やかでとても楽しかった。

小さいけれど、眩しくともるランプの火が、ひとつ消えてしまったようだ・・・。

そんな寂しげなオスカルをからかったアンドレだが、彼もまた寂しかった。
でも、ル・ルーを見ていると、アンドレは幼い頃のオスカルを思い出すのだった。
容姿は似ていないが、あの破天荒で悪戯なところは、今でこそ冷静なオスカルだが、そっくりだ。
さすが血は争えない。

・・・そう言えば、あの日も菜の花が満開だった。

菜の花の香りでむせ返るようだった。
頭の中がぼんやりとしてくる。
こんな日は何が起こっても不思議ではないのだ。

アンドレは、菜の花が黄色くけぶる空を見上げながら、遠い昔の不思議な出来事を思い出していた。


          *

          *


『ねえ、オスカル、本当にこの扉を開けると剣が上手くなるの?』

『もちろんだよ、アンドレ。ぼくの父上もまたその父上も、子どもの頃、この扉を開けて、
それで将軍になったんだ。』

アンドレがジャルジェ家に来て、何ヶ月か経ったころ、オスカルと一緒に屋敷の中を探検した。
大人たちからは行ってはいけないと言われていた、屋敷の北の方角にある屋根裏部屋が目的だった。
薄暗い場所にあり、屋敷の人たちも、滅多に行くことはなかった。

行ってはいけないと言われると、余計行きたくなる―――。

オスカルは前から、ずうっと行ってみたいと思っていた。
でも、このオスカルでさえ、この薄暗い一角はちょっぴり怖かったのだ。
アンドレとなら一緒に行ける。
でも、大人たちの言う事をよく聞く、素直なアンドレのことだ。
行ってみたいから・・・という理由だけでは、絶対一緒に来てくれないと思った。

だから・・・屋根裏部屋の扉を開ければ剣が上手くなる。
あの父上も子どもの頃ここへ来て開けたのだ、と言えば、一緒に来てくれると思ったのだ。

そのホコリにまみれた扉は、古いながらにも、よく見ると凝った彫刻が施してある。
勇敢な騎士が挑戦するに値する、そんな堂々とした「威厳」があった。

『さあ、開けてみようよ、アンドレ。』

『・・・う・・ん・・・。』

ワクワクしながら言うオスカルをよそに、アンドレは気が乗らない様子だった。

『どうしたの、アンドレ。怖いのかい?』

『こ、怖くなんかないよ。・・・ただ・・・。』

『ただ?』

『オスカルの父上も、またその父上も、ひとりでこの扉開けたんだろ?俺たちはふたりだ。
だから、効き目も半分になっちゃうんじゃないのかな?俺は将軍になんかならなくてもいいけど、
オスカルは・・・。』

『アンドレ・・・。』

オスカルはこの時、アンドレに嘘をついたことを後悔した。

(アンドレはいつもこうなんだ。いつも自分のことよりも、他の人のことを考える。)

オスカルはなんだか、自分がひどい人間のような気がしてきた。

そんなオスカルの気持ちをよそに、アンドレは続けた。

『・・・でもね、オスカル、俺も剣が上手くなりたいんだ。だって、剣が上手くなければ
オスカルを守ることが出来ない。』

『・・・・・!』

アンドレのこの言葉を聞いた時、オスカルは、まるで魔法が掛かったみたいに、心の奥に、
ほんのりとした暖かい火が灯るのを感じた。

(このオスカル様を守る・・・なんて、他のヤツが言ったら、とても腹が立つのに・・・。)

オスカルはそんなアンドレが、自分の遊び相手で本当に良かったと思った。
いや、遊び相手以上だ。
このアンドレと一緒だったら、何も怖くないと思った。

だから・・・

『アンドレ、大丈夫だよ。二人で力を合わせれば、力も二倍になるよ!』

オスカルは何だか、自分の作った嘘の伝説が、本当のことのように思えてきた。
そしてアンドレもまた・・・

『うん、そうだね。一緒に開けよう!』

二人は、錆で茶色くなった取っ手に手をかけ、その扉を開けた。

ギギギィ・・・

その扉は、何百年も開かなかったかのように、重い音をたてて開いた。

屋根裏部屋の天窓からは、眩しい太陽の光が差し込んでいた。
絵画に描かれているような、天から降りてくる神々しい光のようであった。

ホコリかどうかは分からないが、キラキラとしたものがその光に反射してとても綺麗だった。

二人は、本当に、不思議な力が沸いてくるような気がした。

『オスカル、勇気を出して開けて良かったよ!』

『うん、そうだね、アンドレ!』

その時だ・・・

『そこにいるのは、誰じゃね?』

誰もいないはずの屋根裏部屋の奥から、聞き覚えのあるような声がしたのだ。


〜後編へ続く〜