『魔法の扉〜後編〜』


その声の主は、屋根裏部屋の天窓から入り込む太陽の光で、最初はよく見えなかった。
しかし、目が慣れてくるにしたがい、だんだんとその容貌を現してきた。

『ち・・父上?!』

オスカルは驚いて叫んだ。
どうしてこんな所に・・・。
自分たちがここへ来ると知って、怒って先回りをしたのか?

・・・でも、よく見ると、違った。

口元には、ピンと尖った髭をたくわえていた。
父上よりずうっと歳をとっていて、そして何よりも、父上よりも近寄りがたい「威厳」があった。

その「威厳」のある人物は、軍人の格好をしていた。
背筋がピンとしていて、服装も折り目正しく、かなり偉い軍人のようであった。

そんな人が何故こんな所に・・・

『あ、あなたは誰ですか・・・?』

『子どもよ、人に名前を聞く時は、先に自分の名前を言うのが礼儀ではないのかね?』

老軍人は、眼光を鋭くさせ、厳しい口調で言った。

オスカルとアンドレは怖くて縮こまった。
何という風格なのだ。
何か下手なことを言ったら、猛烈に怒鳴られそうな雰囲気だった。

『オスカル・フランソワと申します。』

オスカルは勇気を出して答えた。

『ほう・・・オスカル・・かね。そっちは?』

『アンドレ・グランディエ・・・で・・す。』

アンドレは、老軍人と目が合ってドキドキしたが、やはり勇気を出して答えた。

すると老軍人は、今までの鋭い眼光が嘘のように、優しい目になった。

『オスカルにアンドレか。ふたりとも良い名前じゃ。それに元気だ。私は元気な子どもは大好きじゃ。』

二人はちょっと拍子抜けして、目を見合わせた。

そして、この部屋をよく見ると、たくさんの絵が置いてあった。
テーブルの上には、リンゴやら葡萄が置いてあり、それらを描いているようであった。
老軍人の前にはカンバスがあり、その手には絵筆が握られていた。

軍人と絵・・・。

オスカルはこの組合せが不思議でしかたがなかった。
軍人ならば、絵を描く暇があったら、剣や銃の腕を磨かなくてはいけないのに・・・。

『私は本当は画家になりたかったのじゃ。』

そんなオスカルの様子を察知してか、老軍人は言った。
彼は絵筆をテーブルに置き、窓の外を眩しそうに見つめがなら続けた。
その目は少し寂しげであった。

『しかし、私の家は、代々、王家を守る軍隊を統率していたのじゃ。長男である私は後を継がなくては
ならなかった。本当は剣よりも絵筆を持つ方が好きだったのだけれどな・・・。もちろん、そんな事を
言ったら父上に成敗されてしまう。昔はよくここで、こっそり絵を描いていたものじゃ。本当に貴族とは
不自由なものよの・・・。』

(王家を守る軍隊の統率・・・?それなら僕の家も・・・。)

オスカルは、少し混乱していた。
父上の付き合いで、ジャルジェ家に来る軍人たち・・・。
その中にこの老軍人はいただろうか?

『オスカル、お前は将来何になりたいんじゃ?』

『もちろん、父上の後を継いで、王家を守る軍隊の将軍になることです。』

オスカルは、自信を持って、まっすぐな目で答えた。

『ほう・・・、そうかね・・・。それは頼もしい。まあ、私もお前ぐらいの歳にはそう思っていたがね。
・・・そうかね。・・・仕方のないことだ。私もレニエをそのように育てたからの。』

(え・・・・・?!)

オスカルとアンドレは老軍人の言葉に驚いた。

だって、「レニエ」とはオスカルの父上の名前だ。
父上を育てたということは・・・。

『オスカル、将軍になるのも良いが、自分の本当の幸せを見失うのではないぞ。それに、アンドレ、
いつまでもこの子の側についていてやっておくれ。お前は剣を持ってオスカルを守るのに値する男に
なるじゃろう・・・。』

老軍人は、今にも、光の中に溶けていきそうだった。

『あ、あなたは・・・。』

『あ、すまない。まだ言ってなかったな。私の名はロラン・ド・ジャルジェじゃ。』

その時オスカルは、ジャルジェ家の紋章である「つるぎを持った青獅子」の彫刻がしてある剣を、
老軍人が腰に提げているのを見た。

そして、その老軍人は光の中に溶けていった・・・。

何処からともなく香ってくる菜の花のにおいを後に残して・・・。


          *

          *


「オスカル、剣の相手をしてくれないか?」

ル・ルーの乗った馬車が完全に見えなくなった時、アンドレは言った。

「おいおい、どうしたんだ、アンドレ。突然に・・・。構わないが・・・?」

「何だか、剣を持ちたい気分なんだ。」

あの後、気が付いたら、オスカルとアンドレは、屋根裏部屋の外にいた。
その扉は、頑丈に鍵がかかっていて開かなかった。
でも、確かに二人はあの扉を開けたのだ。
そして、あの老軍人と話をしたのだ。

夢なんかじゃない―――。

あの老軍人は、ロラン・ド・ジャルジェと言った。
それは、オスカルが産まれる前に亡くなった、祖父の名前だった。

二人はそれ以来、ロランの名前を口にした事はなかった。

(オスカルはあの時の事を覚えているだろうか?)


「やぁー!」

「とぉー!」

剣の相手をし合いながら、アンドレは考えていた。

(俺は、あの老軍人の言ったように、オスカルを守るに値する男になれただろうか?
少なくとも、20年以上経った今でも、オスカルの側についてはいるが・・・。)

「アンドレ、剣の腕をどんどん上げているな。やっぱり、昔、勇気を出して、あの屋根裏部屋の扉を
開けたからだな。私はまだ将軍になれないが・・・。ははは・・・。」

「・・・・・!・・・オスカル。」

オスカルもやはり、菜の花の香りにむせび、あの時のことを思い出していたのだ。

大人になったオスカルは、あの時の祖父の言葉をどう受け止めているのだろうか?

でも、二人は思っていた。
あの時、二人並んで屋根裏部屋の扉を開けた時に、お互いの存在がこのまま永遠に側にあることを、
なんとなく予感していた。

ロラン・・・オスカルの祖父は、剣の腕を上げるという事よりも、本当の幸せに気付く事を願っていた
のではないだろうか・・・。

早春の空は、菜の花の黄色と、空の青色の絵の具をふんわりと溶かしたカンバスのようであった。
今でもロランは、あの屋根裏部屋で絵を描いているのだろう・・・。

今度は、はばかること無く堂々と・・・・・。

 
〜Fin〜