『jalousie』


       夕暮れ近く、一台の馬車が屋敷に戻ってきた。
       あの馬車は、オスカル様だわ。
       アンドレが、馬を引いている。

       さあ、お茶をお運びしなくては。
       きっと、オスカル様はお疲れだわ・・・。

       私はいつものように、オスカル様のお茶を用意してもらう為に、厨房へ行った。
       いつものように、ばあやさんが、私にオスカル様のお茶を持たせてくれるはずだった。
       でも・・・

       「あ、モニーク、お嬢様へのお茶は、いいわよ。」

       「え・・・?だって、アンドレがいない時には私が・・・。」

       「ロザリーに頼むわ。モニーク、ロザリーを呼んでちょうだいな。モニークはこの花を
       ポーチの花瓶に活けてきてちょうだい。」

       まただわ・・・。また、ロザリー・・・。

       最近、このジャルジェ家に突然住むようになったロザリーという子。
       私とそんなに歳は変わらないと思うわ。
       でも・・・

       何故、あの子ばかりなの?
       ジャルジェ家の親戚でもない。知り合いのお嬢様でもない。ただのパリの下町の平民の子。
       なのに、私達メイドよりも、いい服を着て、いつもオスカル様やアンドレの側にいて・・・。

       私は、この屋敷に来て何年にもなる。
       オスカル様へお茶をお運びするのも、洗濯物をオスカル様のお部屋へ届けるのも、
       オスカル様の御髪をといでさし上げるのも、ずうっと私の仕事だったわ。

       なのに・・・
       突然やって来た、得体の知れない子なんかに・・・。

       面白くないわ・・・。
       だから、ちょっと意地悪をしてあげる。ちょっとだけよ。いいわよね?

       私は、厨房へ向かって来るロザリーを見つけた。

       「あ、モニーク、オスカル様お帰りよね?お茶をお運びしなければいけないわ。」

       「ロザリー、今日はお茶はいいそうよ。そのかわり、この花をポーチの花瓶に活けて
       ちょうだいって、ばあやさんが・・・。」

       「・・・?そう・・・。」

       私は、花をロザリーに渡した。
       ロザリーは何も知らずに、ポーチへ向かった。
       そして、私は厨房へ戻った。

       「・・・ばあやさん。」

       「おや、モニーク、ロザリーはどうしたの?」

       「・・・それが・・・、オスカル様へお茶をお運びするのは嫌だって・・・。」

       「ええっ?あの子がかい?!」

       「ええ、ばあやさん。私も驚いたわ・・・。」

       「本当にそうなのかい?信じられないよ。あの子がそんなわがままを言うとはね・・・。
       さあさ・・!いつまでもこうしてはいられないよ。仕方が無いから、モニーク、
       このお茶をオスカル様のお部屋へお持ちして!」

       私は、この作戦が成功したと思った。
       また、オスカル様へお茶をお運びできる・・・!
       また、お部屋へ行って、少しでもお話ができる・・・!

       私は喜び勇んで、オスカル様のお部屋へ行った。
       そして、ドアをノックした。

       「オスカル様、お茶をお持ちいたしました。」

       「ああ、モニークか。今度からお茶はロザリーにと言っておいたが?」

       「あ、それが・・・。」

       私は、さっき、ばあやさんについた嘘を、オスカル様にも話した。
       そして、オスカル様の反応を、息を呑んで待った・・・。

       オスカル様は、表情も変えず、何もおっしゃらなかった。
       そのかわり、じいっと私の顔を見つめた。
       私は、その真っ直ぐな視線に耐え切れず、目をそらしてしまった。

       「ありがとうモニーク。もう行っていい。」

       「は・・い。」

       私は、オスカル様の真っ直ぐな視線が、私の嘘を見透かしたのだと思った。
       とても気まずかった。いたたまれなかった。
       私はこの時、自分のした事に、とても後悔した。

       「モニーク。」

       「え・・・?」

       オスカル様の部屋を出る時、呼び止められた。
       ドキッとした。

       「モニーク、今日のこの部屋の薔薇は、一段と綺麗だね。いつも綺麗に活けてくれて
       ありがとう。花を活けるのも、これからはロザリーに頼もうと思っていたが・・・。
       モニーク、忙しいだろうが、これからも頼んでいいかな?」

       「オ・・スカ・ル・・・さ・・ま・・・。」

       思いもかけないオスカル様の優しい言葉に、私は思わず泣き出してしまった。

       「おやおや、どうしたんだいモニーク?」

       「だって、だって、オスカル様・・・!申し訳ありません・・・私は・・・!」

       「・・・・・。モニーク、私には何も言わなくてもいい。が、心当たりがあるのなら
       心当たりのある者に、素直に言うのだな。」

       「は・・・い・・。」

       私はオスカル様の部屋を出た。
       一階への階段を降りて行くと、ばあやさんがいた。
       ばあやさんは、私の涙がいっぱいの目を見て察したのだろうか・・・。

       「モニーク、ロザリーは今、厨房にいるよ。」

       ばあやさんは、こう言って悪戯っぽくウインクをした。

       「ばあやさん・・・。」

       私は、厨房へ向かった。
       心臓がドキドキした。

       すると中から、ロザリーの明るい声がした。

       「あ、モニーク、私ね、ポーチに活けたお花、ばあやさんに直していただいたの。
       ふふっ、駄目ね、私って。モニークみたいに綺麗に活けられないのよ。今度、綺麗に
       活ける方法を教えてね。」

       「い、いいわよ。それより、ロザリー・・・ごめんなさいね。」

       「・・・え?何のこと??」

       「ううん、いいのよ。何でもない。ロザリー、これからもよろしくね。」

       「え、ええ、もちろんよ??」

       ロザリーはキョトンとしていた。

       このロザリー、下町の娘だったというけれど、時々、ドキッとするくらい高貴な表情をする。
       それに、一点の曇りのない瞳・・・。

       私も頑張ればいいのよね。ロザリーに負けないくらい。
       オスカル様は私の活ける花を誉めて下さったわ。
       嫉妬して嘘をつくなんて、私馬鹿だったわ。

       嫉妬・・・。これが嫉妬なのね。生まれて初めての気持ちだわ。

       それだけ、オスカル様は素敵なんですもの・・・。
       私、素敵な女の子になるために、これからも頑張るわ。

       少しでも、オスカル様に見ていただけるように・・・。


〜Fin〜