『黄昏に思う』



夢を見た。


居間と台所・・そして寝室しかない、小さな・・本当に小さな家に私はいた。
私一人ではなかった。
子供がいた。

髪は・・私と同じ金色をしていたが、顔は霞がかかったようで、はっきり
見えない。
子供は私に懐き、しきりに甘えてくる。
私も嫌ではない様子で、時折その頭を撫でる。
すると・・・不思議と心が癒されていくのだった。

そして・・場面が変わる。

今度は台所にいた。
なんと、この私が包丁を握っていた。
ジャガイモの皮を剥こうとしているようだ。
しかし、包丁の刃は、ボコボコしたジャガイモの表面を滑り、なかなか皮
をとらえる事が出来ない。

私がイライラしだした時である。
横から、誰かの手が伸びてきた。
私が手にしている包丁とジャガイモを渡してくれと言っているようである。

私より少し背が高いこの人物は、男性だった。
さほど筋肉質でなく、程良く引き締まった腕。
形の良い喉元。
そして・・・懐かしい匂い。

私は男を見上げ、その顔を見ようとしたが、やはり霞がかったようで、
なかなか見えなかった。
男は、私から包丁とジャガイモを受け取ると、器用に皮を剥いでいった。
そして、あっと言う間に、温かいシチュ−が出来上がるのだった。

そして再び場面が変わる。

私は、さっきの男と寝室の窓辺に立っていた。
男は私の肩を抱く。
私は男の胸に頬を寄せる。
また・・・懐かしい匂いを感じる。
心の中が、甘やかな・・幸せな感情で満たされていく。


いつまでもこうしていたい・・・

いつまでも・・・いつまでも・・・・・


そして目が覚めた。

        *
        *

「オスカル、今日は馬車で出かけないのか?」

朝食後、出勤の支度を終え階下に降りてきたオスカルに、アンドレが言
った。

「ああ、帰りに寄りたい所がある。今日は仕事が終わったら先に帰って
くれ。」

オスカルは屋敷の外に出ると、アンドレの用意してくれた馬に跨った。
アンドレも馬に乗ると、二人はベルサイユ宮殿へと向かった。

最近は宮中行事が少ないせいか、近衛隊もいつもより和やかな雰囲気
だ。
王家を守るため常に気を引き締めるよう、部下達に手本を示さねばな
らないはずのオスカルだが・・・昨夜見た夢が気になり、気が付くと意識
がそちらに流れていた。

夢とは、時間が経つにつれ記憶が薄らいでいくものなのだが・・・不思議
な事に、より鮮明になっていくのだった。

時折アンドレが、心配そうにそんなオスカルの顔色を伺っていた。


庭園に降り注がれる太陽の光が、黄味を帯びてくる頃、一日の仕事が終
わる。
予定通りアンドレには先に帰った。
何か言いたそうな表情をしていたが、余計な事は何も言わなかった。
オスカルは一人馬に跨り、宮殿を後にした。


野山には、春の花たちが咲き誇っている。
遠くの丘にはレンゲ草。
目の前には菜の花畑。
それらは黄昏に染まり、金色に輝き始める。

宮殿や屋敷の庭などで見る豪奢な花たちより・・何と美しい事か・・・。

それと・・・

美しいのは、花たちばかりではない。

今日、オスカルが一人立ち寄りたかった場所。

それは・・・

ベルサイユの街からパリへの、いつも通る道沿いに一件の小さな農家が
ある。
もちろん農家など沢山あるのだが、その家は本当に小さかった。

・・・そう、夢に出てきた家にそっくりなのだ。

オスカルは確かめたかった。
どうしてあんな夢をみたのか・・・。
そこに行けば、謎が解けるような気がしたのだ。

その家の周りには、菜の花畑が一面に広がっている。
黄昏により金色に燃え、その様は神々しかった。
噎せるような菜の花の匂いも、心地よかった。

「やはり似ている・・・。」

オスカルはぽつりと呟いた。

時間が経つにつれ不思議と明瞭になってくる夢の場面。
屋根の色形を除いては、ほとんど同じであった。
おそらくは間取りも同じであろう。

夢に出てくるほど・・・この小さな家は印象的なのだろうか?
何の変哲もないごく普通の農家が・・・。

しかし、オスカルは気が付いていた。
この家の前で、時々見かける家族に、いつからか心惹かれている事を・・・。


その時である――

菜の花畑の中から、何か白い物が浮かび上がった。
それは燃えるような夕日を受けて金色に輝き、オスカルの乗った馬の脚
もとに、ひらひらと舞い落ちた。

それは、小さな帽子であった。
つばの広い、リボンの付いた子供用の帽子である。

「すみませーん。」

柔らかな声と一緒に、今度は若い女性と小さな子供が、菜の花畑の中か
ら現れた。

オスカルが時々見かける、この家の家族であった。

子供はまだ4歳くらいの男の子で、少し赤みがかった金髪をしている。
母親であろう女性は、明るい栗色の髪をしており、少女のようなあどけなさ
を残していた。
質素なドレスにエプロンをしていたが、お腹のあたりが膨らんで見えた。

オスカルは、この親子は、自分の出で立ちを見て警戒するだろうと思った。
しかし、意外な事に二人は、馬上のオスカルに向けて満面の笑みをたたえ
ていた。

「ねえ、母さん。ぼくの言った通りでしょう?」

「ふふ・・そうだねぇ。やっぱり女神様だったねぇ。」

親子は顔を見合わせて笑った。

オスカルは、豆鉄砲をくらったような面持ちで親子を見ていた。
そんなオスカルに気付いた母親が言った。

「あ・・すみませんねぇ。この子と時々、この道を通るあなたを見ていたんです
よ。それで・・・あ、気を悪くしないで下さいな・・軍人さんの格好をしていたん
で、あたしは男の人だと思っていたんだけど、この子は女の人だって言い張っ
ていてね・・・。」

母親は男の子の顔を見た。
母親と目が合った男の子は得意げな顔をしていた。

「・・近くであなたを見たら・・紛れもなく女の人だったよ。」

母親がそう言うと、男の子は首を横に振って言うのだった。

「ううん・・女神様だよ!」

「ははは・・そうだったねぇ。」

オスカルは、そんな親子のやりとりを見て、思わず顔が綻んでしまった。
そして言うのだった。

「女神様とは光栄です。しかし・・このような格好をしていると、例え女性と言っ
ても信じてもらえない事もあるのだが・・・。」

「だって・・あなた、とても優しい目をしている。あたしも女だよ。すぐ分かるわ。」

母親は微笑みながら言った。
オスカルは、不覚にも戸惑ってしまい、何も言えなかった。

その時、弾けるように男の子が駆けだした。

「父さん!」

母親も振り向いた。

オスカルもその方向を見ると、菜の花畑の向こうから、農具を担いだ男がやっ
て来た。
農夫らしい逞しい体つきをした男である。
母親はその男――父親を眩しそうに見つめると言うのだった。

「帰ってきたよ。あたしが今こんな体だから、あの人ばかり大変なのさ。」

「・・いつ産まれるのですか?」

オスカルは何故か、母親の膨らんだお腹から離せなかった。

「来月だよ。」

母親はそう言うと、父親の方へ走り出した男の子に向かって叫んだ。

「アルベ−ル、転ぶんじゃないよ!」

母親は再びオスカルの方を振り向くと、手を振りながら言うのだった。

「じや、またね。あたしたちのような農民と話をしてくれて有り難う。あなたは・・・
今まであたしが会った貴族の誰とも違うよ・・・。」

母親は重そうなお腹を優しく撫でながら、菜の花畑の中に消えていった。
そしてしばらくすると、金色に燃える菜の花畑の向こう側に、仲良く寄り添う3人
の姿が見えた。

その姿は・・・いつにも増して美しく見えたのだった。

当たり前の姿。
当たり前の幸せな光景であるはずなのだが・・・。

それは・・・・・

どんな大金を払おうとも、決して手に入らないものなのだと、オスカルは思った。
だから、彼らに心惹かれていたのだろう。

オスカルは、親子3人が、あの小さな家に入って行くまで、じっと見つめていた。

黄昏が、オスカルの心に染み込んでいった。


心の中が切ないような、温かいような不思議な感じがした。

        *
        *

屋敷に戻る途中、馬に揺られながらオスカルは考えていた。

何故あのような夢を見たのか。
結局、謎は解けなかった。
確かに、あの家族には心惹かれ、美しいと思ったが・・・。

あの夢の中では、私はまるで、あの母親のようであった。
あのような生き方を私は心の奥底で望んでいて、羨ましいと思っていたのだろう
か。

いや・・そんなはずはない。

私は今の自分の生き方に満足している。
それは、はっきり言える。

それに、夢の中の子供は、あの男の子の髪と同じ金色でも違っていたし、私が夢
の中で寄り添っていた男と、あの父親では体つきが明らかに違う。

オスカルの頭の中では、今日で何度目になるだろうか・・・夢の中の場面が繰り返
されていた。


金色の髪をした子供。
今度はその顔にかかった霞が少し晴れていた。
心なしか自分に似ている気がした。

そして、ジャガイモの皮を剥く男。
しかし、その顔はやはり見えない。
髪の色は・・・やはり見えない。


夢の中を辿るオスカルが少しイライラして、遠くを見やった時である――。

沈みかけた太陽の中に、馬に跨る人物のシルエットが見えた。

近づくにつれ、その影は大きくなっていくが、夕日が眩しくて、姿がはっきり見え
なかった。


その時――


不思議な事に、夢の中でオスカルと寝室の窓辺で寄り添う男の姿が、夕日を背
にした人物とオーバーラップした。

すると、夢の中の男の、顔の霧が晴れてくるのだった。


それと同時に、目の前の人物の顔も見えてきた――



「アンドレ!?」



夢の中で寄り添う男は――紛れもないアンドレであった。


「やっぱり。お前は、こちら側から帰ってくると思っていたよ、オスカル。」

そう言ってアンドレは、いつもと変わらない笑顔をたたえていた。

この時オスカルは、心の中に広がる温かい安堵感を覚えていた。
嬉しいような照れくさいような不思議な思い――。

「は、はは・・ははは、そんなバカな。ははは・・。」

そんな思いを払拭するかのように、オスカルは無理に笑った。

「おい、どうしたんだ、オスカル。気でも違ったか?今日のお前、朝からおかしい
ぞ。何かあったか?」

「な、何でもない。さあ、早く屋敷に戻るぞ。日が暮れてしまう。」

そう言ってアンドレをかわすオスカルの態度も不自然なものであった。


たかが夢の中の出来事――。


夢の謎を解こうと必死になっていた、ついさっきまでの思いとは打って変わり、い
つもの・・・すぐに忘れてしまうような夢として、オスカルは片づけようとしていた。

だが・・・

「オスカル、言ってみるんだ。俺でよかったら相談にのるぞ。」

「うるさい!本当に何でもないんだ・・!」

オスカルは、ほんの少し赤くなっているだろう自分の顔を見られまいと、馬を走ら
せた。
その後を心配顔のアンドレがついてくる。

最も夢の中の出来事に触れて欲しくないアンドレが、しばらくは忘れさせてくれない
ような気がした。

しかし、同時に夢の中の心地よい思いに、いつまでも浸っていたい自分がいるの
も確かであった。


嬉しいような照れくさいような――不思議な温かい安堵感――。


その気持ちは何なのか・・・

まだまだ気が付かないオスカルであった。


黄昏が、オスカルとアンドレを優しく包んでいた。


あの家族と同じ――美しい黄昏であった―――。



〜Fin〜

■あとがき■

お気付きだと思いますが、この物語のオスカルの夢は、『目覚め』のお話を予言し
ています。
アルベールの名前は、この時の出来事が印象に残って付けたのかも知れません・・・。