ビジネスマインドで教育、特に、学校教育を語れるか否か4月4日の総会で議論する予定であるが、予め、ここに出てきた3つの言葉(ビジネス、教育、学校)の語源は抑えておきたい。(『英語語源辞典』(研究社)『スタンダード英語語源辞典』(大修館)等による)

ビジネス(Business):古英語bisignesはbusy+-ness から生まれた。 nessは「性質」「状態」を示す抽象名詞をつくる接尾辞である。興味深いことに中世では「勤勉」「努力」あるいは「懸念」という意味で使われていた。それがbusy+-ness から現在の「職業」「商売」等に移ってきたのである。

教育(Education):ラテン語educare - Ex-ducere 「(子どもの資質を)外へ引き出す」から生まれた言葉で、主として精神的な意味で使用された。したがって、教育の本来の意味は、子どもの資質を引き出してやることである。

学校(School):ギリシア語skhole' 「余暇,ゆとり,遊び。余暇を討論に用いること,(後に)学校」からラテン語scholaとなり、現在にいたった。

学校の本来の意味を否定した、今回の教育再生会議の有識者委員はたったこれだけの語源的な矛盾を踏まえて「ゆとり教育の見直し」を掲げたのだろうか。 教育再生会議最終報告中、【直ちに実施に取りかかるべき事項】として、「ゆとり教育の見直し、学力向上の具体策(全国学力・学習状況調査の結果検証、授業時間の増、学習指導要領の弾力化、教科書の質量充実、習熟度別・少人数指導、特別支援教育体制の強化など)」を国・教育委員会・学校で行うべきだという内容が盛り込まれている。 (詳しくは、リンクしている 教育再生会議 をクリックしていただきたい)

なぜ言葉にこだわるのか。人間と言葉について述べている中で、最も有名なのはヨハネの福音書「初めに言葉あり、言葉は神とともにあり、言葉は神なりき」(1.1)であろうか。聖書ではなくて、固有名によってものは呪縛されるということを書いた本を読んだ。その本にはこう書いている:「山とか、海とか、樹とか、草とか、そういう名も呪のひとつだ。呪とはようするにものを縛ることだよ。ものの根本的な在様を縛るというのは名だぞ」

これは岡野玲子の『陰陽師(第一巻)』で安倍晴明が源博雅に語る部分である。固有名とは「呪」であると晴明は説く。我々は使う言葉に縛られているというのである。ならば名を、本来の言葉の意味を正しく捉えることこそ第一にするべきことであろう。原作:夢枕獏の『陰陽師』はなかなか奥が深い作品である。

ちなみに、安倍晴明の師・賀茂忠行が出た賀茂一族が奉った賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)が、通称下鴨神社であり、糺の森に鎮座している。

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