菊正宗病院の敷地の一角に職員用の寮が建っている。
そこの最上階は有閑倶楽部専用フロアとなっていた。
もちろん皆実家があるので、そこに住んでいるわけではないが、
色々と忙しく、勤務時間も日によって違うし、呼び出しも多いので
ここに帰る事が多い。
それぞれに広くはないがバストイレ付きの個室があり、共同のキッチンとダイニング、
広い広いリビングは寮の住民の宴会にも開放されることがある。
今朝は魅録と清四郎、悠理、美童がダイニングで朝食を取っていた。
これは非常に珍しい光景だ。
悠理と美童はともかく、清四郎と魅録は基本的に必ずどちらかがERに詰める
ことになっているからだ。
ERのみならず、院内でかなりの腕を持つ二人はどちらかがいないと
仕事が上手く回らないことも多い。
実は昨夜から循環器科の後輩の若手+研修医のER研修で、
和子がERを仕切っているのだ。
清四郎が当直だったが、お互いやりづらいとのことで清四郎が休んだ。
野梨子は予定そのまま残った。
「おまえとここで朝食ってのも珍しいな。」
「そうですね。僕らはすれ違いばかりですからね。」
今日のメニューは悠理のリクエスト魅録特製フレンチトーストに、清四郎が作った
カリカリベーコンのサラダ、美童の淹れたこだわりコーヒー、フルーツ数種。
当然、悠理は食べるの専門だ。
「恋人同士だったら今頃別れてるよね。」
美童はコーヒーの香りに満足した笑みを浮かべ、言った。
「なんだよその例えは。気色悪いな。」
「一緒にいる時間自体は非常に多いんですけどね。病院外での逢瀬は珍しいですな。」
「清四郎!おまえまで気持ち悪いこと言うなって。爽やかな朝が台無しだろうが。」
「フガフガ。あれ?おまえらって何時出るの?モゴモゴ。」
「悠理食べるかしゃべるかどちらかでお願いします・・・・昼に行く予定です。
あなたはそろそろ行かなくてはいけないのでは?」
「うん。可憐と交代。」
「僕も行くよ。今日は和子さんとオペになるだろうなあ。」
「それはそれは。幸運を祈りますよ。」
悠理と美童を送り出した清四郎と魅録は後片付けをして、
再びダイニングのテーブルでコーヒータイム。
清四郎はわざわざここにノートパソコンを持ち込み、
なにやら執筆中のようだ。
魅録は久しぶりにバイク雑誌をパラパラとめくっている。
「なに清四郎、また論文かよ。」
「ええ、親父に依頼がありましてね。押し付けられたんですよ。
まあ僕も親父に付いて何例かオペもしましたし。」
「ふ〜ん。いつもご苦労だな。」
魅録は雑誌から目を離すことなく話している。
「魅録もたまには書いたらどうです?魅録は英文も書けるんですから。」
「たり〜。俺は現場主義だからいーよ。」
そこへ可憐が帰ってきた。
「ただいま〜。」
「よお、お疲れ。」
「お疲れ様でした。どうでしたか?」
「特に大きなことは何も。和子さんだからテキパキ進めてくれるし。
でも慣れないせいか、疲れたわ〜。」
「野梨子はどうしました?」
「捉まってる。緊急オペが入ったし。」
「災難だな。」
「でも昨夜のオペは和子さんが後輩麻酔医を連れてきたから、
野梨子出番が無くてけっこう休んでたのよ。さてと、シャワー浴びてくるわ。
食べるもの何かある?」
「朝食の残りなら。」
「もらうわ。」
可憐は自室へ消えて行った。
「では、コーヒーを淹れ直しますかな。」
清四郎がキッチンへ立つと、魅録は移動して清四郎のパソコンを覗いた。
「ふ〜ん・・・・・。」
やかんの水を火にかけ清四郎が戻ってきた。
「なにか?」
「ん〜、ここなんだけどさ。不偏分散がさ・・・」
「ふむ・・・・となると母標準偏差が・・・・・」
「あんた達何やってんの?そんなにピッタリ寄り添っちゃって。」
可憐がシャワーを浴び、遅めの朝食にやってきた。
「おや早かった・・・・・そ、その格好は・・・。」
清四郎が言いよどんでいるので、魅録も顔を上げると、そこには
キャミソールにショートパンツ姿の可憐。
湯上りで髪をルーズにアップしている。
魅録は勢い良く下を向いた。
「可憐・・・さすがにもう少し考えて下さいよ。」
「おまえ、俺達を男と思ってねーだろ。」
下を向いたまま魅録が言う。
「あら、女の裸なんて日常茶飯事、見慣れてるでしょ?暑いんだからいいじゃない。」
清四郎が淹れようとして途中になっていたコーヒーを淹れながら
可憐はしれっと答えた。
「何言ってんだよ・・・全裸じゃないとこがやばいんだろーが・・・・。」
小さく小さく言う魅録に清四郎が頷いた。
「チラリズムですな・・・・。」
「おまえ良く知ってんな。」
「ええ、一応。」
そんな二人を無視して可憐はテーブルに朝食を並べた。
カチャ
そこへドアが開く。
「ただいま帰りました。・・・まあ可憐、はしたないですわ!
殿方もいるんですから上からワンピースを着て来て下さいな。」
「あら早かったわね野梨子。いいじゃない、暑いんだもの。」
「簡単なオペでしたから・・・ダメですわ。目のやり場に困りますもの。」
プルルルル
ER医局とのホットラインが鳴った。
「はい。」
「清四郎?!高速の交通事故で三人運ばれてくるわ!
魅録くんと大腿部の複雑骨折をお願い!」
「分かりました。すぐに行きます。」
受話器を置く。
「お呼び出しか?」
魅録はすでに行く態勢だ。
「ええ。交通事故です。」
「わたくしも戻りますわ。」
「いえ、野梨子は休んで下さい。大丈夫です。骨折ですから
手が足りなければ僕が麻酔、魅録が執刀でもいけますから。美童もいますしね。」
「私は?」
「おまえも飯食って寝てろ。必要な時は嫌でも呼ばれるんだから。」
「じゃ、そうするわ。よかった。これでこのままの格好でいられるわね。」
ERに向かって走る二人。
「ったくなー。悠理のああいう格好は平気なんだけどな〜。」
「あれは猿ですから。」
「ああーっ!?誰が猿だってー?!」
「げっ悠理!おまえ事故患運ばれてんのになにやってんだ?」
「和子姉ちゃんのお使いでちょっと循環器病棟に行ってたんだい!」
「急ぎますよ!」
悠理の闘争心に訴えかけて、話をはぐらかす清四郎。
「負けるもんか!!」
全力疾走の悠理に男二人も必死でついて行く。
遅れることは無いが、引き離すことも出来ない。
処置室からふと窓の外を見た美童が三人の速さを驚き見送った。
その横で和子が目を丸くして
「あいつら変態ね。・・・・・ほらすぐに応援が到着するわ!」
その言葉が終わるや否や駆け込んできた三人によって、処置室は一層活気に満ち、
騒々しくなった。
美童は三人と入れ替えに準備のためオペ室へと走っていく。
「悠理!もっと丁寧に!」
「清四郎!そっちから頼む!」
宙を舞う処置器具。
「魅録、先にそこ塞いじゃいましょうか!」
最高の連携プレーを見せる菊正宗病院ERの名コンビ、清四郎と魅録は今日も健在だ。