「触らないでよっ!ほっといて!!」
処置台の上の患者は威勢よく群がっているスタッフに大声を上げる。
「あんだとー!?」
悠理が応戦して大騒ぎだ。
「私は死にたいんだから邪魔しないで!」
時折嘔吐を繰り返しながら、患者はなお叫ぶ。
「悠理!押さえていて下さいな!ラインを取りたいんですの!」
「よっしゃ!美童も手伝え!」
「え〜やだよお。蹴られそうだもん。」
膿盆を構えながら可憐が向こうで救急隊と話している清四郎に叫んだ。
「ちょっと清四郎!胃洗浄しなくて良いの!?この吐瀉物見てよ!」
清四郎と魅録が覗き込んだ。
「間違いねえな・・・。」
「ええ。まずいですね・・・。」
農薬を飲んで自殺を図った女性。
救急隊が持ってきた、女性の部屋に転がっていた農薬のボトルには
その成分としてパラコートと書かれている。
「野梨子!パラコートだ!ガンガン輸液を流し込め!」
「まあ!」
野梨子が顔色を変え、慌てて点滴をつなげる。
「血を採れ!尿を採れ!胃洗浄の準備急げ!」
魅録が指示を出し、バタバタと走るスタッフ達。
相変わらず患者は騒いでいるが、事態の深刻さにだれも相手にしていなかった。
何人もの若手医師達が問答無用で押さえつけている。
清四郎は腕を組み、患者を見つめていた。
「また厄介なものを・・・。」
「助かるかしら?」
可憐が振り向く。
「難しいでしょうな。」
清四郎が研修医を集め講義を始めた。
「都市部でのパラコート中毒は珍しいので、一部始終良く見て勉強するように。
まずはどんな毒だか分かりますか?中毒機序が分かる者は?」
「「「「・・・・・・・・・・。」」」」
「・・・・後で各自ちゃんと調べておいて下さい。簡単に言うと脂質過酸化反応促進が
主な機序とされていて、パラコートイオンはNADPHチトクロムPー450還元酵素などの
酸化還元酵素により、1電子還元を受けパラコートラジカルとなり、酵素分子と非酵素的に
反応して、スーパーオキシドアニオンを生成し・・・・・・」
その横では治療が続けられていた。
「胃洗浄終わりました!」
「ようし!続けて下剤と浣腸ガンガンいって!野梨子、ここを頼む。
俺は血液浄化の準備に行って来るわ。美童、来い!」
「は〜い。」
二人は駆け足で処置室を出て行った。
「さてパラコート中毒の経過ですが・・・・」
清四郎の講義はなおも続く。
三日後。
中毒の治療法のオンパレードを一通り終え、患者は大分落ち着いていた。
精神科の医師の診察も受けた。
そんな患者の様子を研修医達は少し楽観し始めていた。
「菊正宗先生はあんな風に言っていたけど、なんか信じられないけどなあ。」
「元気そうだよな。」
「でも徐々にくるんだろ?」
「ん〜そうは言っていたけど・・・。」
そこに処置から戻ってきた魅録がドサンッと椅子に座った。
「おい、おまえら。自分でも調べたんだろ。楽観は禁物だ。よく見ておけ。」
「松竹梅先生、やはり厳しいんですか?」
「なんだか本人は退院するつもりでいますけど・・・。」
魅録は溜息をついた。
「清四郎が患者には何度も説明したんだけどなあ。脅しだと思ってるようだぜ。」
その翌日には患者が息苦しさを訴え始めた。
「ついにきましたな・・・・。」
「やっぱダメだったか・・・。」
「血中酸素濃度が徐々に下がってきていますわね。」
「こうなっては手の施しようがありませんな・・・。」
「本当にもうダメなのか?あいつ少し前向きになってるのに・・・。」
悠理が眉を下げて、お菓子を食べる手を止めた。
「残念ですが、ダメです。」
「そんな〜清四郎〜。」
「薬もありませんし、人工呼吸器を付けても肺自体がダメージが酷いので
結局は役に立たなくなりますし・・・・。ようは窒息死ですから。」
「残酷よね。パラコートって・・・。無症状の数日間で気持ちが変わっても
結局は最初の望み通りになってしまうんだもの。」
「本当ですわね・・・。」
「まだ若くて、綺麗なのにね〜。」
「美童。」
「まあ命を軽んじてはだめだってことだよな。自分の命も他人の命も。」
結局、パラコートを飲んだ患者は帰らぬ人となった。
パラコートは肺に特異的に集積して、数日後〜一週間後くらいから
肺に顕著な障害をもたらす。
息を吸うことは出来るが肺のダメージがひどく体内に酸素を取り込めなくなりるのだ。
この呼吸障害に対して有効な治療法は無い。
「なあ魅録、死にたい人を助けるって良い事なのかな?悪い事なのかな?」
「ん〜どうなんだろうなあ〜。一回助けてもまた自殺を図って結局死んじまうやつもいるし、
そうかと思うと改心して頑張って生きていく奴もいるし・・・。かまって欲しくて自殺を図るやつもいるし。
助けてみてからじゃねーと分かんないからなあ。だから俺達は助けるしかねえだろなあ。」
「そうよね。運び込まれてきたら四の五の考えずに助ける努力をするのが私達だし。」
「難しいテーマですな。きっと答えが出ないままこの先もずっと治療していくんでしょうな。」
「僕は助けたいけどね。家族がいたり、一時の気の迷いだったりする人がいるわけだから。」
「そうですわね。支えてくれる人がいるなら、生きて欲しいですわ。」
悠理は椅子から立ち上がり拳を掲げた。
「おーし!迷わず助けるぞ!それがあたいの仕事だ!」
「うん、なにはともあれ悠理は元気が一番だろ。おまえも俺もうじうじ悩むのは性に合わねーからな。」
「よっしゃあ。早く次の患者来ないかな。」
清四郎が苦笑する。
「悠理、仕事熱心なのは良いですが、ある意味不謹慎ですよ。」
「あっ、そっか。」
「ではわたくしとICUの回診へまいりましょう。」
「イエッサー!」
「頑張ってね〜。」
悠理を伴って野梨子が医局を出て行く。
「悠理の元気は僕らの元気だね。」
「だな。」
「ですな。」
男性陣三人は可憐が入れなおしたコーヒーを楽しみながら微笑み合った。