
鬼ノ城第1展望台に集合してガイダンスを受けます。 |

ガイダンス終了後、2班に分かれて発掘現場へ |

約10分弱歩いて最初の発掘現場に到着です。通常は一般人立ち入り禁止区域です。
岡山県古代吉備文化財センター、鬼ノ城埋蔵文化財発掘調査中 |

発掘現場に入る前にオレンジ色のヘルメットを被ります。 |

発掘現場に降りる前にレクチャー |

2007年鬼ノ城発掘調査予定の5箇所の内、現在3箇所で調査中です。この場所は「3」とされている場所です。現場では3名の方が発掘中でした。とても繊細な作業のようです。礎石に加えて出土した陶器等もありました。 |

下方部分は経年の風雨の影響により礎石が一部流されていました。 |

外部に並ぶ礎石の位置が良くわかるアングルです。周辺の土で一部分火を焚いた様な黒っぽくなった一角があったのですが、これは鬼ノ城時代のものではなく、後の平安時代に、この場所を利用していた人物が、火を焚いたものだろうということでした。木製の柱の真横で火を焚くことは、まずありえないだろうということです。
柱の立て方には、直接柱を土に埋めて立てる掘立柱建物(ホッタテバシラタテモノ)と今回発掘調査中の、礎石の上に柱を載せる礎石建物(ソセキタテモノ)の2種類があります。
建物もその用途(倉庫と居住)によって、総柱建物と側柱建物の2種類があります。 |
礎石の周辺部と中心部の微妙な色の違いからこの上に柱が立てられていたのは間違いないとの事です。またこの柱の礎石が発掘現場周辺にしかないことから倉庫ではなく、人の居住に供された建物ではないかということです。 |

画像では分かりにくいですが、礎石の周辺部の色と中心部の色が違っています。柱があった証拠になるそうです。 |

礎石は丸い形をしたものだけではないようです。
少しづつ区画を切って発掘していきます。 |

地層の色の違いや礎石の位置などについて参加者から質問が出され、丁寧に分かりやすく回答されていました。
|
  |

「3」区域を後に「1」区域に移動します。 |

現場で「1」区域についてのレクチャーがありました。 |

頭上に黒い網みたいなものを張っていたので現場は若干光をさえぎられて暗くなっています。左の方に見える白い袋に入っているものは掘り起こされた土で、発掘調査終了後現場を埋めるために使用されるそうです。埋め直しをしないと風雨により現場が崩壊する恐れがあるためだと説明を受けました。 |

この場所は、鬼ノ城第2展望台(屏風折れの石垣)紹介ページにある礎石建物群跡と同じ場所です。 |

入り口の向かい側からのショットです。 |
 |
 |

出土した土器等は出てきた場所に置かれていました。 |

発掘現場の見学したあとは、出土された土器関係の説明を受けました。 |

硯(スズリ)です。手前の黒っぽい部分が出土した現物で、全体は復元されたものです。この硯の発見により、墨で記された記録文章等の存在が期待されているそうです。もし出てくれば鬼ノ城の正式名称や鬼ノ城の歴史が明らかになり謎の解明に一歩近づきます。 |

出土した土器(須恵器・土師器)の破片から復元されたものです。皿や酒を入れるような徳利、大きな壷などが展示してありました。これらの製作技術は必ずしも巧みではないということです。当時これをつくった人々の技術はイマイチだったということでしょうか。 |

瓦塔(ガトウ)と呼ばれる奈良・平安時代にかけて作られた小型の焼き物の一部も出土しました。
出土したのは瓦の部分のようです。瓦塔が出土するのは、仏教に関する遺跡寺院跡などからのものが多く、
このあたりが仏教に関係した山々だったことが推測されます。 |

瓦塔の瓦部分拡大その1 |
瓦塔瓦部分拡大その2 |
| 今回の「謎の鬼ノ城、城内発掘調査大公開」のイベントですが、2007年の12月にもさらに進んだ状態で公開されるようです。今回9月の公開については、テレビニュースでも紹介されていました。12月にもぜひ参加したいと思っています。 |