
復元中の鬼ノ城西門、正面右からのショットです。近くでで見ると迫力があります。
復元作業は断続的に行われており、ここまで構築するにはかなりの月日を要しています。
西門は南門と並びもっとも大きな作りとなっています。
鬼ノ城に登るたびに、その外観は完成度を増しています。
西門を取り囲むように敷きつめられた花崗岩の敷石も西門に劣らずその存在感は圧倒的です。 |

鬼ノ城西門正面入り口
右側の壁が一部崩れていますが、現在、土の配合を実験を繰り返しながら煮詰めているようです。
この場所は最も風雨にさらされるため試行錯誤を経ながら完成へと近づきます。 |

前後しますが、学習展望台を過ぎ、蛇行する遊歩道を登っていくと、左に角楼が見えてきます。この道をまっすぐ行くと鬼城山山頂にでます。 |

鬼ノ城・角楼横の道です。
右上に展望台の屋根が少し見えています。
この先30mほど行くと山頂です。 |

角楼の上面です。かなり広いスペースです。
北側の山なみが一望できます。 |

鬼ノ城山頂です。小さな屋根つきのスペース
ここからは東から西にかけての景色が最高です。 |

(鬼ノ城・角楼の下からのショット)
角楼は周囲の城壁線から飛び出して構築されています。外敵を阻止するために築かれた城壁ですが、
城壁だけでは死角が出来るため、突出した外部監視場所の必要性から作られたものと考えられます。 |

角楼の上部展望台、広いです。
山間部方面の展望台を兼ねて設計されているため、上面は当時の作りとは異なっています。
右前に見えるのが犬墓山です。 |

角楼に設置されている説明版です。
復元前の貴重な画像を見ることが出来ます。 |
◆角楼跡・説明版内容◆
日本の古代山城では、初めて具体的に確認された特殊な施設です。中国の城郭でいう「馬面」、挑戦半島での「雉」に当たります。ここは、尾根つづきで攻められやすいため、城壁の死角を補い防御力を高めることを目的として、城壁の一部を長方形(13×4m)に張り出しています。角楼の下半分は、両側の石垣と同じように石垣積みで、ほぼ4m間隔で一辺50cmの6本の角柱が石垣の間に建っていたことがわかりました。また、城内側には、この施設への昇降のための石段も設けられています。しかし、この上に建物などがあったかどうかは不明です。最高所の鬼城山・西門と一体となって、強固な防御ゾーンを形成しています。
平成19年3月 総社市教育委員会
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西門のさらに上にある
鬼ノ城(鬼城山)頂上です。眺めは抜群で、天気が良ければ、四国、瀬戸大橋まで見ることが出来ます。
画像に写っている小さな建物の中には、この位置から望むことの出来る180度のパノラマ写真が設置されています。

地球が球体であることを実感する素晴らしい眺めです。
画像は東方面、この画像に写っている風景より右側が瀬戸内海、四国です。
瀬戸内海方面の画像は以下をクリックして御覧下さい。
瀬戸内海・四国方面の眺望画像 |

鬼ノ城西門城外左からの雄姿、下部は木の骨組みに土を盛って作っています。 |

鬼ノ城西門前には、遊歩道も整備されています。鬼ノ城ビジターセンターからの遊歩道は途中で、
この西門前の遊歩道と角楼を経て西門に至る遊歩道とに分岐しています。 |

鬼ノ城西門裏側、中央の階段を下りると絶景が開ける西門正面に出ます。
この位置から東方面を見ると敷石と平野部のコントラストが強く感じられ、特別な場所に来たという実感がわきます。 |

鬼ノ城西門場内側の全景です。
城内にある手書きの看板絵(戦士と意味不明の鬼の絵)は不必要だと思います。
ひなびた田舎遊園地の演出の様に私は感じます。 |

鬼ノ城・角楼展望台から西門の眺めです。
西門から続く復元された城壁部分がよく分かります。 |

鬼ノ城・西門の裏にに設置されている説明版です。
西門復元前の貴重な画像を見ることが出来ます。 |
◆鬼ノ城西門・説明版内容◆
鬼ノ城は、四ヵ所に城門を設けています。いずれも掘立柱の城門で、通路床面に大きな石を敷き、床面と城門前面に2m近い段差を持つ(懸門)ことを特徴としています。西門は、南門と同規模の大型の城門で間口3間(12.3m)、中央1間を通路とし、2間の奥行きをもち、12本の柱で上屋を支えます。柱は一辺最大60cmの角柱を2mほど埋め込んでいます。本柱に合わせたつくり込み、方立柱穴、軸摺穴、蹴放しが一体的に加工された門礎をもつのは、鬼ノ城のもののみです。西門は日本最大の古代山城大野城の大宰府城門(間口8.85m)をしのぐ、壮大堅固な城門です。
平成19年3月 総社市教育委員会 |
| 鬼ノ城第2展望台へ |