真空管トランスインピーダンス・アンプの検討

1. 初めに

  いわゆる真空管バッファDAC(CDプレーヤー)と呼ばれるものは数多くありますが、IV変換部(I/V)に真空管を使ったものはあまり見たことがありません。 

  最近のDACは電圧出力のものが多いようですし(OPアンプを使ったI/Vを内蔵しているだけだと思いますが)、電流出力のDACでも、抵抗1本か、OPアンプを使ってIV変換した後に真空管アンプまたはバッファを付けているだけのように思います。

  抵抗I/V+真空管アンプはI/Vに半導体を使わない分、真空管フレーバーが強く出ると思いますが、大き目の抵抗で出力電圧を稼ぐとLo-Fi DAC Profoundの項で述べたように、独特の癖が出るようです。抵抗値を下げればいいのかもしれませんが・・・

  そこで前代未聞(?)のオール真空管トランスインピーダンス・アンプが出来れば面白いのではないかと思い、検討してみることにしました。
  ネットうろうろしていたところ金田式真空管TIAというものがあるらしいことがわかりました。掲載されている雑誌を持っていないので詳細はわかりませんが、真空管を何本も使う大規模なもののようです。ということで、前代未聞といううたい文句は無かったことに・・・

2. トランスインピーダンス・アンプ(TIA)について

  トランスインピーダンス・アンプ(TIA)とは電流-電圧変換(I/V)回路の一つです。

  電流出力のDACのI/Vで使われるOPアンプを使った下記のような回路が有名です。


 Profoundではこのタイプを使用しましたが、あまりに普通で面白くありません。

 ネット上では半導体のディスクリートでの作例を見かけますが、どうしても複雑で、真空管には向きません。(米国で真空管/MOSのハイブリッドTIAの特許は出ていましたが。)

  ところが、光ファイバー通信の世界では、フォト・ダイオード用受光アンプにシンプルな回路が使われています。数百Mbps〜Gbpsの世界では、当然、周波数帯域不足のためOPアンプは使えません。

  下図のようなシンプルな基本回路をベースとした回路が使われます。実際にはIC化されていて、ディスクリートで組むことは無いと思いますが。


  これと同等の回路なら、双三極管一本で組めそうです。


3. シミュレーション

  さっそく、下の回路でシミュレーションしてみました。


  初段はカソード接地の増幅回路、2段目はカソードフォロワーで、出力からDCカットして入力に帰還(I/V)抵抗が入ります。基本回路をそのまま真空管に置き換えただけの回路です。
  出力側にさらに2.2μFのコンデンサが入っているのは、これが無いとDCまである程度の利得を持ってしまうためです。

  想定したDAC ICはPCM56のノン・オーバー・サンプリング(NOS)で、フルスケール出力が±1mA(出力インピーダンス1.2kΩ)で、帰還抵抗(I/V抵抗)は3.6kΩのとき2.1Vの出力になりました。

  ECC88(6DJ8)の動作点は初段、2段目とも4mA/49Vです。

  R9、R10は発振止めです。

  TIAの入力インピーダンスは175Ωでした。信号源(PCM56)の出力インピーダンス1.2kΩに比べてまあまあの値だと思います。

 ところで、B電圧が低すぎるのは何故?と聞かないでください。(Profoundの真空管版の電源をほぼ流用するためです。電流が増えるためCRリップルフィルターの電圧降下が大きくなります。)

  シミュレーション結果(f特)は下図の様になりました。
  

  電流電圧変換利得は69.6dBです。I/V抵抗が3.6kΩなので、理想的には71.1dBになるはずですが、アンプの利得が十分でないため、ロスが生じています。

 -3dB帯域は1.6Hz〜7.8MHzです。 信号源の出力容量によっては変わってくるかも知れません。(PCM56のデータシートには何も書いていません。微小な容量では問題になりませんが。)

 THDは2.1V出力で0.03%と、このシミュレーターのデフォルト設定、波形2周期分での値では限界値が出ているので問題ないでしょう。

  出力の雑音は4.0μV(20Hz〜20kHz、無評価)、フルスケール出力は2.1Vrms、したがってS/N=114.4dB(無評価)となります。

 
  次にトランジェント特性です。左がスルーレート、右がセトリングタイムです。
  セトリングタイムの考え方が間違っていました。
    
  
  スルーレートは出力電圧10Vステップ(OPA627がそういう条件でした)の10%〜90%値で48.0nsですので、208.3V/μs(!)。セトリングタイムはPCM56と同条件の1mAステップで、52.2nsとなります。 0.1%で99.0nsとなりました。

  PCM56のセトリングタイムは350ns(1mAステップ)、参考までに電圧出力のスルーレートは10V/μsであり、十分な性能が得られています。

  ただし、シミューレーション上の問題があり、信号源がパルスだと負の半周期が出力されません。セッティングもいろいろ試してみたのですがだめです。電流源と等価な電圧源に置き換えてもだめです。サインウェーブだとうまくいくのですが。そんな中での無理やりのシミュレーションですから、もしかしたら結果に問題があるかもしれません。

  OPA627のデータシートと同条件のシミュレーションしたのが下図です。

  ゲイン-1、10Vステップでシミュレーションでは64.0V/μs、カタログ値では55V/μs(typ.)ですのでそれらしい値は出ています。それからすると真空管TIAはべらぼうに高速です。(6DJ8/ECC88だからでしょうが。)

  ところで、スルーレートもセトリングタイムも10%〜90%値で良いのでしょうか?OPA627のセトリングタイムは0.01%または0.1%で定義されていました。データブックには書いてあるのでしょうが持っていませんし、ネットで探すのも大変ですし、トランジェント特性は大体この程度かと参考程度にしておいてください。

  ちなみに、OPアンプによるTIAのその他の特性も軽くシミュレートしてみました。

  OPアンプはOPA627にしました。(シミュレーションだけなので超高級OPアンプが気軽に使えます。)

  結果は、I/V抵抗が3.0kΩで出力は2.1V、電流電圧変換利得は69.5dB(理論値69.5dB!)、周波数帯域は5.2MHz、出力の雑音は3.0μV(20Hz〜20kHz、無評価)、入力インピーダンスは約310mΩ(さすが仮想接地!)と周波数帯域とスルーレートを除いて良い特性になってます。

  電流電圧変換利得と入力インピーダンスは特に素晴らしい。さすがOPアンプです。

  逆に言うと、真空管TIAもなかなか良い特性をしているとも言えると思います。



  ところで、最低限、必要とされるスルーレートとセトリングタイムはどの程度なのでしょうか。

  テキサス・インスツルメンツのアプリケーション・ノート「Super HiFi DAC Boardの設計」(JAJA001 WAS SBAA061)に載っていました。

= = = = = 以下 引用 = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

  44.1kHzの8倍オーバー・サンプリングでの変換レートTrは、

      Tr = 1/(44.1kHz x 8) = 2.83μs (6)

となり、少なくともこのTrの半分以下の時間で信号が所定の値へ整定していなければなりません。
  このセトリングタイムが長いと、所定の値へオペアンプ出力が整定する前に次のデータへ入力が変化することになり、高速な変化データ変化への正確な追従性が失なわれてしまいます。
  スルーレートは同様に、8倍オーバー・サンプリングで、2Vrms(約6Vpp)の信号を得ようとした場合、

      SR = 2π x  352.8kHz x 6V = 13.3V/μs (7)

が最低必要な値になりますが、実際には20kHzのフルスケール変化が、1サンプルの間にはないので一応の目安とします

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = 引用 終わり = = = = =

  ノン・オーバー・サンプリングでは、セトリングタイムは8倍の11.32μs、スルーレートは1/8の1.66V/μsで良いことになります。ただし、理論的にはスルーレートは無限大でないと正確なアナログ信号の再現はできないので、スルーレートはできるだけ大きく、セトリングタイムはできる限り短かい方が良いとは言えます。音質との関係がどの程度かは分かりませんが。


 

  真空管TIAは実現可能とわかりましたが、さて、どんな音がするものやら。