旅日記(travel bus)



バスの旅

三春の滝桜鶴が城公園 近畿日本ツーリストバス旅行

近畿日本ツーリストの旅、(2004411日〜12日)町田発と横浜発(そごう駐車場)1号車2号車そろって9時30分出発、天気が良く道路も比較的空いていて順調な滑り出しだった。桜見物が主目的なのでやたら桜を探すようになった横浜のソメイヨシノは葉桜になっているが八重桜はぼつぼつ咲き出していた。隅田川の河川敷の青いテント(以前は段ボール箱で出来ていた)はホームレスの住家で5000人余を数える人数だそうだ。ここも今は葉桜になっていた。日曜日だったせいもあると思うが荒川の河川敷は野球場がたくさんあって河川敷草野球が盛んに行われていた。東北道に入っても沿道添えは葉桜で桜前線は相当北上したものと思われた。2時間ほど走り上まぶたと下まぶたが仲良くなってきたころ羽生のパーキングに到着ここは桜が程よく咲いていた。東北道を北上するにつれて桜は満開になりその他の草花も少しずつ新芽をだしはじめていた。さらに東北道をひた走り次ぎは安積(あさか)パーキングで休憩する予定だったのだがすでに12時を回っており運転手さんの食事の関係もあって急きょ那須高原サービスエリアで休憩をとる事にした。郡山JCTで磐越自動車道に入り三春の滝桜を目指して走る。ここまで来るとソメイヨシノは咲いているところともう少しで咲くという寸前のものと入り組んでおり三春の桜が心配になってきた。インターネットで三春の滝桜の開花情報(4月10日現在)はプリントしてあるが、つぼみはパンパンになって今にも咲きそうになっておりここ2日ほど20度を超える気温に恵まれて、この11日は咲き出すのではないかとも考えられた。   
                               
 

 満開の三春の滝桜インターネットからの写真          3部咲き→私の写真

 三春とは梅桃桜が同時に咲くところから付けられたとのことだった。名付けのとおり梅も桃も桜も揃い踏みだった。もっと驚いたのは三春の駐車場バス20数台乗用車は数十台で整理していても入りきれない状態で次から次へ出たり入ったりその上人人で三春の滝桜を背景ごった返しのありさま、ちょうど花の咲く時期とNHKの新選組み放送の人気が重なって大変な人出であった。目的の三春の滝桜は2〜3分咲きになっており、満開の桜とはいかなかったがまあ満足することは出来た。 
 正面からの桜、花見台からの桜樹齢1000年紅枝垂れ桜は見事なものであった。限られた見物時間との兼ね合いでパチパチ写真を取り巻くってさらに何十年何百年と元気に生き続けなさいと声をかけて別れを惜しんだ。
 
 磐梯自動車道を西に向かって猪苗代湖をとおり磐梯山の裏側五色沼の裏磐梯ロイヤルホテルに到着する。
途中山に入るに従ってところどころに雪が残っていたが到着してみると周りは一面の雪景色、道路と庭のメイーンは除雪してあるが真冬なみの雪景色だった。少し早めに到着したので夕食までには時間があり辺りの散策と出かけたのだがメーン道路から少し入ったところからは残雪があり予定の五色沼の赤沼へは雪にどぶどぶ足が入ってしまって結果的には行くことが出来なかった。一番手前に毘沙門池があり、そこからあと560Mと書いてあったが限られた時間内にはたったの560Mが到底無理と分かり途中から引き返すことにした。
 毘沙門沼のあの瑠璃色(エメラルドグリーン)が忘れられない思い出になった。旅の楽しみの一つには食事があるが一杯の地酒はまたとないものがある。香り口当たりのど越しが結構いけたのでついつい二本目を注文する羽目になってしまった。食事全体はもうひとつだったが設備は新しかったのか整っていて広さ、清潔感申し分なしとしておこう。朝食はバイキングで好きなものを好きなだけ食べられるので夕食より朝食のほうが充実していた。
 今回の旅行でゆとりがあったのは出発の時間7時より朝食で9時出発このくらいの余裕が常にほしい、雪景色のホテルを出発し猪苗代湖の見えるところまで来ると雄大な磐梯山が雪景色をみせ冬の厳しさから開放される湖周辺の景色がちょっぴり若芽を吹き出してきて桜の花とあいまってもう春だよと微笑んでいた。
 今日の行く先は鶴が城・武家屋敷三春に比べて多少標高が高いとのことだったが町の中は点在する桜を見ると咲いているものまたつぼみが膨らんだばかりのところなどさまざまだった。
その前に鈴善漆器問屋に立ち寄り見事な漆器を見るのと同時に綺麗なお椀を買い求めることになった。さて本丸の鶴が城公園の桜だが木々の8割がた満開というところだった。桜見物にふさわしい季節だったのだ。観光用の天守閣はリニューアルしてぴかぴかの一年生だった。殿様や白虎隊など歴史物語は「数多くの悲劇を生んだ会津若松鶴が城。市内最大の桜の見所です。堀や白壁、そそり立つ天守閣に映える桜も、どこか誇り高く清冽な気高さを持っているようです。戊辰戦争の戦火を徹底的に浴び、松平
(かた)(もり)に率いられた会津武士団が、城を最後の拠点に官軍に徹底抗戦して敗れ落城。会津士魂の象徴―城内の桜を眺めながらそんな歴史を偲ぶにふさわしい」ワンポイントガイドより)随所に悲劇のはらんだ物語が含まれている。


武家屋敷も江戸時代の和洋建築の粋を集めた豪華かつ壮大な家老屋敷。当時そのままのもの、また復元したものなど世の移り変わりも含めて比較してみると立派なものばかり、これも当時を偲ぶにふさわしいものばかりだった。



                   鶴が城天守閣
帰路も天候に恵まれて、また道路も空いていて、東北道路を走って順調に横浜に到着予定の6時に
10分しかオーバーしなかった。今回の桜見無事終了した。


                             

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