最愛のたまさぶろう

今は亡き愛猫の“玉三郎”。アメショーとチンチラのMix。男性。

出会い

私が中学生のころ、両親は離婚して私は父親と木造の古い家で二人暮らししていたのですが、ネズミが多くて食べ物やら何やらを食い散らかされて困っていました。 そんなある日、父が“ネズミ対策で猫でも飼うか”と提案しました。

ちょうどその時クラスメートの飼っている猫が子ネコを産んだと聞いたのでさっそく1匹貰うことになりました。 子ネコは2匹いて、1匹はグレー、もう1匹は青い目の白いオス猫。父はオスがいいと言っていたので白い子ネコを貰うことにしました。 それが私のネコ観を変えた最愛のネコ“玉三郎”です。

タマとの絆

タマ01

両親が離婚し、姉も妹もいなくなって家に一人でいることが多くなった私にとってたまさぶろうの存在はとても心地いいものでした。 そんなある日、学校から帰ると座布団の上でうずくまる玉三郎がいました。いつもと様子が違うのであわてて病院へつれていきました。

獣医さんに診てもらったところ、なんと“ネコウイルス性鼻気管炎”と“ネコカリシウイルス感染症”を混合感染していることがわかりました。 獣医さんには“治るかはわからない”と言われてしまいかなりショックでしたが、必死になって看病しその甲斐あってか数日後には元気に回復しました。(ホントはもっといろいろありますが省略)

あの時苦しくて私に助けを求めた玉三郎と助けたい一心だった私との間で深い絆が出来たんだと思います。

玉三郎を大事に思えば思うほど、彼はそれに答えてくれました。 私が出掛けてしまうと、さみしそうな声で鳴き、帰ってくると玄関に座って待っていてくれます。 私が部屋を移動すれば必ずついてきますし、もちろん寝るときは私と一緒に寝ます。 その頃私にとって玉三郎は人生になくてはならない存在でした。彼がいたから嫌な事があっても乗り越えられたと思うし、 どんなに傷ついても彼を見ていると癒されました。

しかし、別れは来るものです。

タマとの別れ

彼が9歳の時、餌をあまり食べなくなりました。みるみる痩せてきてしまい病院で診てもらうことに。 すると、歯茎がすごい炎症しているのがわかって、そのせいでゴハンが食べられないのだろうと言われました。 しかし、歯茎の炎症はある恐ろしい病気が引き起こしていたのです。 それは“猫エイズ”でした。どうやら父の家で暮らしていたわずか1年の間に感染したらしく、それが今になって発症してしまったのです。

とてもショックでした。とにかくショックで何とかしてやりたいと思うのですが、残念ながらエイズを治療する術はなく、出た症状を 軽くしてあげる事しかできません。

そして4年後、玉三郎は食事ができず、毎日点滴の生活になりました。もういつ亡くなってもおかしくない状態のある日、 私は仕事の途中、携帯電話を家に忘れてきたのに気付き取りに帰りました。 家に着いて部屋に入るとテーブルの下でうずくまる玉三郎がいました。 ゆっくりと近づいて“タマ”と声をかけると、こちらに目を向けてジッと私を見つめ、しばらくするとそのまま倒れてしまいました。 慌てて駆け寄り抱き上げて声をかけましたが彼は動きませんでした。

彼を抱きかかえたままその場で泣き崩れました。それから何度も“ありがとう。ありがとう”とお礼を言いました。 大げさではなく、今の自分がいるのは玉三郎のおかげだと思っています。 私は仕事で携帯電話を使う事が多いので滅多に携帯電話を忘れません。しかし、あの日携帯を家に忘れなければ彼の死に目に会えなかったでしょう。 猫には不思議な力があるといわれますが、きっと玉三郎は最後を私に見せてくれたのだと思います。

タマ02

玉三郎がこの世を去ってもう5年が経ちました。

今でも思い出すと淋しくなりますが、彼に出会えて本当によかったと思います。

“犬は人につき、猫は家につく”と言われますが、愛情をたっぷり注げば人につきます。

玉三郎のプロフィール

名前 玉三郎
愛称 タマ
性格 呼んだら来る。基本そばにいる。マイペースで朝5時にゴハンを要求する
好物 カニ、エビ
趣味 ヒモのおもちゃを天井からぶら下げておくと一人でひたすら遊ぶ
特技 でんぐり返しをしながら獲物を捕獲(おもちゃ)
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