我が家の交流記録

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  我が家では、最近私がアメリカで、ホームステイさせていただいたり、オーストラリアから学生を受け入れたり、また、中学の娘がオーストラリアでお世話になったりと、交流活動に参加する機会が多くなりました。そこで、このコーナーでは、そんな我が家の交流に関する記録を、紹介していきたいと思います。

 

☆ほっとステイ あおき   2009年6月30日(火)〜7月1日(水)

 ホームページには紹介しませんでしたが、昨年7月以来、約1年ぶりに“ほっとステイ”の受け入れをしました。

 今回は、神戸の中学校3年生の女の子4名。我が家で迎える初めての日本人の学生さんでした。今回も私は仕事で対応がほとんどできず、家内とおばあちゃん(母)が、がんばってくれました。

 農村民泊事業でのホームステイらしく(?)1日目は竹の子取りとジャガイモ掘り。そして家では「おはぎ」作りをしました。どの作業も初めてとらしく、面白かったようで一生懸命作業をし、リアクションも様々で見ていても楽しいくらいでした。収穫したばかりの新じゃがに触れるのも初めてで、洗いながら簡単に皮がむけることがとてもめずらしかったようです。

 夕食には、みんなで作った「おはぎ」をいただき、その後我が家恒例、義民太鼓の練習に参加してもらいました。

 この日はとてもたくさんの子供たちが参加してくれましたが、みんな熱心で、簡単な曲でしたがすぐに覚えてくれて、みんなで演奏することができました。

 義民太鼓の高校生が、文化祭前で参加できなかったため、「義民」は聴いてもらうことができませんでした。また、何かの機会に聞いてもらえるとうれしいのですが・・・

 

国宝  大法寺 三重塔 ⇒

 2日目は、家内の実家に泊まった子どもたちと合流して、おやき作り。その後は村内にある 国宝 大法寺三重塔を見に行きました。

 この時期は紫陽花の花がきれいで、木々の緑もとても良い時期です。みんなで記念写真を撮ったりしました。

 家に帰ってから、近くの休耕田へ四葉のクローバーを探しに行きましたが、イモリを見つけてふれあい体験(?)子どもたちは元気で楽しそうでした。

 とにかく今回来てくれた子供たちは、明るくて元気。礼儀も正しく仲良しで、感心してしまいました。それに何をするにも積極的で楽しんでやってくれたので、とても安心でした。

1泊2日の短い時間で、皆さんに満足してもらえたかは心配ですが、無事日程を終えることができて一安心です。

 皆さん、機会があったら、また青木村へ遊びに来てくださいね!!!

 

 

 

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☆ほっと ステイ あおき  2008年1月30日(木)〜31日(金)

 半年振り、3回目のほっとステイの受け入れは中国の中学生の女の子3人でした。

 私と妻は、ホームステイの受け入れも段々に慣れて(?)きてしまい、あまり悩んだり準備にあたふたせずに、というか“のん気”に構えてしまい、今回は私の両親が 寝るときに寒いだろうからと、電気シーツを用意したり、予備のストーブを出してきたりと準備に励んでくれました。私はというと、毎回受け入れた後には「もう少し中国語か、英語の勉強をしなくては・・・」と反省するのですが半年経っても進歩はなく、「何とかなるさ」のままになってしまいました(苦笑)。

 当日は、午後230分平日でしたので妻が道の駅まで迎えに行き、その足で例によって100円ショップなどを案内してから帰宅しました。3人ともかなり英語が話せたので、ほとんど不自由ありませんでしたし、とても明るく気さくな感じで助かりました。

 夕食はカレーライスとエビ・カツのフライ、サラダなどをみんなで食べました。

 夕食後、いつもは「義民太鼓」の練習に連れて行って見学や体験もしてもらっていたのですが、この日は練習がなかったので、娘たちが参加した太鼓のコンクールの写真や昨年ほっとステイで受け入れたときの写真などを見てもらったり、テレビを見たり、ゲームをしたりしてゆっくりと過ごしました。

 ゲームでは、「ジェンガ」(木のスティックを積み上げていき、倒した人が負け、というゲーム)をしました。みんな良く知っていたようで、とても盛り上がって楽しく出来ました。やはりみんなで出来て単純というかわかりやすい物が良いようです。時間はあっという間に過ぎてしまい、順番に風呂に入ってもらい寝てもらいました。

 朝は830分に道の駅に集合だったので、早めの起床。鮭のムニエルやサラダ、などで簡単に朝食を取り忙しく準備をしました。私と子どもたちは仕事や学校があったので、一足先に出掛けるようになってしまい、見送りにはいけませんでした。

 前日の夜、部屋に入ってから3人で何かしていたようだったのですが、帰り際、3人が手作りの壁掛けをプレゼントしてくれました。これは妻や子どもたちが、「ハローキティー」が好きなことを知った3人がお店をまわった時に、生地と糸などを買って、夜簡単な「ハローキティー」の刺繍をして作ったものでした。心のこもった、嬉しい贈り物でした。

 今回は、少しおまけがあり、どの子のものか分かりませんでしたが、レッグウォーマーとカバンに付けるらしいダイヤル式の鍵の忘れ物があり、事務局の宮下さんにお願いし、送ってもらうことにしました。布団の下になってしまっていてわかりにくかったようなのですが、もう少し早く確認してあげれば良かったと反省です。

 

 

 

 

 

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☆ほっと ステイ あおき  2007年7月17日(火)〜18日(水)

  7月17日(火)

 今回は、中国のシンセンの中学生3人(女の子)が、ホームステイに来ました。

 昼12:30頃到着の予定が、途中行程の変更があったとかで、かなり遅れて到着。持参したお弁当ですこし遅い昼食をとり、ショッピングに行きました。本当は、美術館や観光名所を案内しようかとも思ったのですが、祝日の翌日で休館日、残念ですがジャスコになりました。

 私は仕事の都合で、そこで合流しました。 最初、次はどこへ案内したらよいか悩んでいたのですが、女の子は日本も中国も同じみたいで、ウインドウショッピングで時間をもてあますどころか充分楽しんでいただけたようです。

 夕食の後、少し時間があったので、子どもたちは「黒ひげ危機一髪」というゲーム(樽に順番に短剣を刺していって、人形が飛び出したら負けっていうおもちゃのゲーム)をしました。時間がわずかしかなかったので単純なものを、と選んだのですが、大好評でした。

  夜は、いつものことですが、子どもたちの太鼓の練習に案内。ほかにも大勢見学に来ていて、簡単な曲を教えてもらっての体験はとても楽しかったようでした。家に帰ってからも手でテーブルをたたいて、みんなで談笑していました。

 家に帰ったのは9時を過ぎていたので、順番に風呂を済ませて休んでもらいました。

 

 7月18日(水)

 集合時間が8時45分と、遅かった(?)ため、見送りはあきらめて、私と子どもたちは先に出掛けてしまい、妻が集合場所の道の駅まで送ってくれました。

 前回の台湾の小学生のときは、話も通じず、我が家でも勝手がわからずにずいぶん戸惑いましたが、今回の中学生は、英語がだいぶ解ってくれたのと、積極的に話しかけたり意思表示してくれたので、対応がとても楽でした。

 何回か海外の皆さんのホームステイを受け入れてみて、一番印象に残ったことは、言葉がよく分からなくても、「気持ちがあれば何とか通じ合える」ということです。我が家でホストとして一番活躍したのは、ゲストの子どもたちといる時間の長かった妻で、食事や色々なところで会話もあったのですが、英語や中国語が得意なわけではなく、ほとんど日本語とジェスチャー(手話?)でコミュニケーションがとれていたようです。言葉がわかれば、それに越したことはありませんが、大切なのは「気持ち」だと改めて感じました。

 

 

 

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☆ほっと ステイ あおき  2007年6月1日(金)〜2日(日)

 村内で農村体験の民泊事業で誘客を図り、村の活性化をしようと活動している「信州ええっこ村」という団体があります。その皆さんが中心になり、今回特に長野県の観光協会とタイアップした形の中で、台湾の小中学生約100名が青木村でホームステイし、交流する事業がありました。

 本来この事業は「ほっとステイ」という、国内の小中学生を対象に、農家に日帰りで訪れ、農業などの体験を通じて交流をする事業なので、少しお米と野菜を作っているだけの私の家では対応しきれないため、今まで参加していませんでした。が、今回小中学生との交流が主の事業で、台湾から一時期に大勢受け入れるため、声をかけていただき、参加することにしました。

正式に受け入れが決まったのが、約2週間前、小学生の女の子3名の受け入れと分かったのは2日前の夕方のことで、慌しく家の中の片付けや準備をしました。今回、1泊のみということで、気楽な反面、時間が短すぎて何をして良いか分からず、迷っているうちに当日となってしまいました。

61日(金)

私が仕事を終えて家に帰ると、もうみんな帰ってきていて、すぐに夕食になりました。

夜は、子供の義民太鼓の練習にみんなを連れて行くように予定していたので、本当に簡単なあいさつだけで、夕食の席につきました。何しろ、中国語についてはほとんど予備知識もなく、筆談(漢字+イラスト)とボディーランゲージで、日程などを伝えるのがやっとでした。最終的には妻の知り合いで中国から村内に嫁いできている人に、電話で通訳を頼んだり、四苦八苦。いつもの事ながら、もう少し何か準備しておけばよかった・・・と反省でした。

 

 

 私は、自分のソフト・バレーボールの練習があり同行しなかったのですが、太鼓の練習には、他の家庭にホームステイした学生も大勢参加があり、楽しく交流できたようでした。見学だけでなく、簡単な曲(青木囃子)を教えてもらい、演奏することもできました。

 家に帰ってからは、お風呂に入り、すぐに就寝となりました。

62日(土)

 この日は午前11時には、集合場所へ行き次の目的地(長野方面)へ向けて出発するとのことで時間がなかったので、お決まりのコースですが村内を案内することにしました。

 例によってあわただしく朝食を済ませて、国宝大宝寺三重塔をまず見学。自分が説明することはもう無理と諦め、村のホームページに掲載されていた塔の説明を、ヤフーの翻訳ソフトで中国語に訳したものをプリントして渡し、読んでもらいました。(苦笑)小学生の彼女たちにはどんな風に見えたか分かりませんが、一応国宝ですから…。

 その後はすぐ隣の美術館へ。村内の画家をはじめ、この地域を代表する画家の絵や、彫刻などを見ました。こちらは結構気に入ってくれたのか、盛んに写真を撮ったり熱心に見ていました。

 ここでは、同じ事業で同行していた台湾の学校の先生たちとも一緒になりました。美術鑑賞の後は、美術館の喫茶店で休憩。日本の文化として、抹茶にチャレンジしてもらおうと思ったのですが、残念ながら拒否。喜んだのは我が家の娘たちだけでした。

 

 

 

 

そうこうするうちに、すぐ時間が過ぎてしまい、家に荷物を取りに行って、集合場所の「道の駅」へ。出発前に、また、バスの前でみんなで記念写真を撮ったりして、お別れとなりました。 

今回の受け入れは、1泊だけで本当に時間が限られていて、ゆっくり話しをしたり交流する場面はほとんどありませんでした。「せめてもう1日あれば、もう少し何かできたのに」という思いが残りました。それともう一つ、「言葉の壁」を実感した2日間でした。これも良い経験と、次のときに生かせればと思います。次は7月、今度は中学校の交流事業で、オーストラリアの女の子がホームステイに来ることになっています。

  ※ この事業については 6月2日(土)の信濃毎日新聞にも掲載されました。

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