宇土櫓概要
熊本城現存の櫓で最大の外観3層5階+地下一階さらには多門櫓と2階櫓と連結しています。ちなみに約19mの高さは往時でも天守閣を除けば最大の建物でした。
俗に宇土城の天守が移転されたといわれてきました。確かに熊本城では天守閣と宇土櫓にしか鯱を冠していません。それに天守閣にも他の櫓にもない高欄がめぐらされています。
しかしながら、鯱については近代城内にあった鯱を陸軍が取り付けたようです。はたまた平成元年(1989年)の解体修理に伴う調査でも移築を示す痕跡がなく、熊本城での"新築"ということのようです。ちなみに明治、昭和と幾度かの解体修理が施されています。
「宇土」の呼称ついては、この郭に屋敷を構えた加藤平左衛門が小西家滅亡後、宇土侍衆の対応をしたことからではないかといわれています。
かつては、平左衛門丸五階櫓や御天守西ノ御丸五階矢倉とも呼ばれていたそうです。
ちなみに多聞櫓を古外様櫓(古外様とは小西家侍衆)と呼ぶそうです。
宇土櫓は、熊本城内一の高さ(約32.5m)がある石垣の上に君臨しています。
本丸への西口といえる頬当御門を通るときに宇土櫓が従える二階櫓が迫ってきます。
2階櫓の方からですが、宇土櫓と連結された櫓の中にはいれます。
ちなみに2階櫓の2階部分と宇土櫓の地下は立ち入り禁止です。
石落とし・・・下方に向けての鉄砲狭間としての効果が強かったようです。
最上階で南を眺めると連結された櫓がみえます。右に見えているのは西出丸・奉行丸の南大手門や未申櫓です。
ちなみに高覧に足を踏み入れてはいけません。五階への階段は狭く、くだり優先です。滑りやすいので気つけてください。
入室上の違反行為や迷惑行為でない範囲で小さな発見するのもいいですね。

宇土櫓の意匠について
望楼型とは入母屋型屋根の建物の上にまた入母屋型屋根の建物が乗っているという形式
です。下層の入母屋型屋根は入母屋破風ということになります。
かつて熊本城に多くあった多重櫓はこの望楼型です。
宇土櫓の2・3層の入母屋破風でない三角の
破風は千鳥破風といわれるものです。
見分けがつかないぐらい千鳥破風が大きいです。
外観復元された大天守も千鳥破風が入母屋破風と比べて同じぐらい大きいという意匠が見られます。
平左衛門丸概要
平左衛門丸は、この郭に屋敷
を構えた加藤清正の重臣・加藤
平左衛門に由来します。
天守閣の西、数寄屋丸の北に
位置していました。加藤平左衛
門は小西家滅亡後、宇土侍衆
の対応したといわれます。
そこで建物に宇土櫓や古外様櫓などと付けられたようです。
郭の北西には、城内で最も高い高石垣が積まれ、その上には熊本城内で既存の建物としては最大の宇土櫓がそびえ、これに南に古外様櫓と2階櫓が連結されています。
なお北側の塀が復元される
予定です。
宇土櫓の高さ
宇土櫓は熊本城現存の櫓で最大の外観3層5階+地下一階で約19mの高さは往時でも天守閣を除けば最大の建物でした。
これは平成16年(2004年)に復元された、大洲城天守と同規模であり、現存天守でくらべると
姫路城、松本城、松江城の次ぐ高さで、高知城天守(約18m)をしのぎます。
参考] 熊本城・攻 宇土櫓 by 発つ犬、足跡がわかる・・・
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