自然自然環境保護政策と矛盾するリニア計画
2013.8.25最終更新 

南アルプスは、山梨・静岡・長野3県にまたがる山岳地域です。


JR東海公表の計画段階環境配慮書に加筆


環境省のHPより転載

 左は南アルプス国立公園の範囲を示した地図です。中央を東西に横切るのがリニア中央新幹線建設が予定されている範囲。

 朱色の線で囲まれたのが国立公園特別保護地域、赤紫色の線で囲まれたのは国立公園特別地域です。特別保護地域は原則として草木一本、石ころ1つを動かすだけでも環境大臣の許可を必要とする地域で、特別地域はそれに準じて強い保護制度が設けられています。以上の2地域が南アルプス国立公園の範囲です。

 なお、左下の黄色い線で囲まれた部分は原生自然環境保全地域という、わが国の自然保護制度上最も厳しい管理がなされる場所で、立ち入りも禁止されています。
 終戦後の昭和20年代後半。全国で風光明媚な地を国立公園に指定し、観光客を呼び込もうという動きが巻き起こりました。その流れの中で南アルプスも国立公園に指定しようという運動がおき、紆余曲折を経て1964(昭和39)年、稜線部分を中心とした地域が国立公園に指定されました。ただ、国立公園に指定された範囲は、ほぼ稜線部分の高山帯に限られています。それは国立公園が設置された昭和30年代、国内の森林伐採が最も盛んであった時代に、山麓で行われていた林業との調整ができなかったためです。

 国立公園すなわち保護地域が狭かったため、山麓では比較的規模の小さい水力発電所が多数設けられ、伐採のための林道も奥へと延ばされてゆきました。特に1970年代後半に山梨・長野県境の北沢峠を越えて造られた南アルプススーパー林道は、大規模な自然破壊を引き起こして大きな社会問題にまで発展しました。また南アルプスから流出する大井川や天竜川の中流部には巨大なダムがいくつも設けられ、河川環境は大きく悪化することを余儀なくされました。

左は現在の南アルプスにおける自然保護地域です。

 国立公園の指定からもれた地域を補完するように、周辺には県立公園として県立南アルプス巨摩自然公園(山梨)、奥大井県立自然公園(静岡:地図)が設けられています。さらに山梨県側には、県独自の条例により、自然環境や景観が保全されるべき地域として早川渓谷景観保存地区保川渓谷景観保存地区、笊ケ岳自然保存地区などの自然環境保全地区が設置されています。

 当初、地元としては観光・登山客誘致を目的として国立公園の指定を求め、県立公園が設けられたようですが、その自然環境は想像以上に貴重であることが次第に知られるようになり、中でも静岡県の大井川支流寸又(すまた)川源流部は、日本の自然保護制度上で最も厳重な環境保全の図られる原生自然環境保全地域に指定されました(大井川源流部原生自然環境保全地域)。指定地域は本州でただ一ヶ所、全国でも5ヶ所だけですが、古来より伐採や開発が行われていないという極めて貴重な場所です。

 また、この原生自然環境保全地域周辺の国有林は、林野庁によって南アルプス南部光岳森林生態系保護地域という厳重な保護地域に指定され、また長野県側の森林地帯は広い範囲が同じく林野庁によって特定植物群落として指定され、伐採を免れ保護されています。

 このように全国各地の山岳地域と同様、南アルプスも開発と保護とが拮抗してきましたが、それでもなお、人工的な改変の少ない地域が広く残されているといえます。

 本州の他の主要山岳地域を見回してみましても、たとえば北アルプスでは黒部川、高瀬川、梓川等には奥深いところにまで巨大なダムがいくつも建設され、縦横にトンネルが掘られ、上高地や立山では過剰な観光客による、いわゆるオーバーユースの問題が顕著化しています。

 今のところ、南アルプスの大部分ではこれほどの人為的圧力はかかっていません。それどころか、前述のようにいまなお全く人手の入っていないような場所さえあります。

 これは奇跡的なこととはいえないでしょうか?


 そして21世紀になり、自然保護に対する姿勢も変わりつつあります。

 日本の国立公園制度は、元来は美しい風景を残すことを主目的として設立され、観光要素の強いものでした。しかし近年、自然環境に対する認識の変遷にともない、国立公園にも生態系の保全が重要な目的として求められるようになってきました。2002年には国立公園制度の基となる自然公園法が改正され、その旨が明記されるようになりました。

 そして良好な生態系を保全するためには、里山から高山帯、山から海まで、多種多様な環境を含む広範な地域の保全が重要であることが認識されるようになってきました。また、2004年以降、国際的な公約として国内の自然保護地域を拡大する方針が打ち出され、環境省により、既存の国立公園区域が生態系保全のために適当であるかどうかを点検する作業が行われました(国立・国定公園総点検事業)。


その結果として、2010年10月4日に出された、南アルプス国立公園周辺地域に対する見解が次の通りです。

日本列島の形成過程を反映して形成された雄大な山脈に加えて、氷河期に形成された地形が存在し、傑出した地形地質を有している。これらの地形地質や歴史を反映して、植物や高山蝶等に多くの固有種・遺存種がみられるほか、南方系と北方系の植物が混在することから植物相が多様である。また、自然性が高くまとまりがある国内最大規模の夏緑樹林と、照葉樹林帯から高山帯までの顕著な垂直分布がみられる。これらのことから、現在の国立公園区域と同等の資質を有する一体性のある地域である。 

このような視点をもって、周辺地域の生物多様性が良好であるという判断がなされました。

そして生物多様性の保全上重要な地域が国立公園でカバーされていないことから、2010年10月4日に、南アルプス国立の範囲を大規模に拡張すべきであるとの方針が出されました。  

南アルプス国立公園が発足したのは1964(昭和39)年ですが、それから半世紀を経て、ようやく厚い保護の手が差し伸べられるようになりました。周辺市町村によるエコパーク/世界自然遺産登録構想なども、環境省の方針が後押しになっているようです。



 ところが。


 リニア中央新幹線建設の是非を問う(はずの)国土交通省中央新幹線小委員会は、この国立・国定公園総点検事業とほぼ並行する時期に行われ、「南アルプスルートでの建設が望ましい」とする答申は、環境省によって南アルプス国立公園区域の拡張が決まった後に出されました。

 リニア中央新幹線は南アルプス約52kmの区間をトンネルで抜け、一見、地上への影響は少ないように思われがちです。ところが実際には影響は甚大なものとなります。

国立公園に隣接し、拡張候補地となっているような場所にいくつも斜坑とよばれる作業用トンネルを掘り、
膨大な残土が掘り出されれることになります。現地に埋め立ててれば甚大な自然破壊ですし、域外に搬出する場合には大規模な道路工事を行ったうえで、大量の大型車両が通行せねばなりません。地下水・河川への影響も心配されます。

あきらかに自然環境を大きく損ねる大工事になります。自然環境への影響は、計画段階で取り扱われるべき重要な項目であるはずです。

 しかし、その答申および答申に至るまでの審議において、この環境省の方針は一切取り扱われていません。それどころか、この地域の自然環境について一切触れることなく(あえて言及を避けたともみられる)、沿線環境について審議したとされる2010年10月20日には「意見のすり替え」というような姑息なことを行い、トンネル建設の方針を認めました。

 これは少々不自然なのではないのでしょうか?

 しかも、審議をおこなった委員会の委員長を務める家田仁氏は、環境省において新しい環境アセスメント制度の審議(戦略的環境アセスメント総合研究会)の委員にも選ばれており、環境保全のプロフェッショナルであるはずです。




政府(環境省)が保護措置の充実が必要と認めた地域で、別の政府機関(国土交通省)が大規模な工事を認める…。矛盾といわずしてなんと言いましょうか。

保護措置を厚くする一方で乱開発を許可する…高度成長期やバブル期から一向に進歩していません。



 南アルプス国立公園は、高度成長期やバブル期の乱開発から免れ、21世紀にまで原生的な自然環境を広く残した希有な場所です。この自然環境を後世に伝えることができずして、何のための自然保護制度なのでしょう?


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