南アルプスという場所の重要性
−原生的な自然環境−

 
私は、けっしてあらゆる開発行為を否定しようというわけではありません。持続可能な範囲で人間活動が続けられてきたことの反映をも否定しようというわけでもありません。何が何でも木を切るなとか、動物を殺すなとか、そういった頭の固いことを申し上げようとしているわけでもありません。そんなことを言い出したら、自分を含めた人間の存在そのものを否定することになってしまいます。
しかし無秩序な開発行為は抑制されるべきです。

高度成長期は遠い昔のこととなり、人口は減少に向かおうとしている時代です。

各種インフラ整備も一通り済み、国の隅々にまで開発が行き届いた感のある現在、そうした影響を受けていない広い空間が残されているとすれば、それは、ただ存在しているだけで貴重なものであると思います。



リニア中央新幹線の長大トンネルが掘られようとしている赤石山脈(南アルプス)という場所は、森林伐採や水力発電の影響を受けてはいるものの、全体として人工的な改変が少ないという場所です。特に中南部には、そうした空間が連続して分布しています。
 
それが南アルプスという場所のもつ重要な要素です。

リニア建設によってそれを広範囲にわたって失わせる大工事を予定している以上、そうした空間はこの国にどのように残されているのか、広い視野をもって調べることは重要(というか当たり前)だと思います。具体的に、希少な動植物の有無や景観配慮を議論する以前の、自然環境保全上の基本中の基本であるはずです。
 
というわけで、日本列島には、そうした空間がどのように残されているか、地形図を用いて私なりに調べてみました。今までのところ、磐越自動車道以南の本州、四国、九州および隠岐、対馬、淡路島、五島列島、天草諸島についておこなっています。


<調べ方>
国土地理院のサイト「電子国土ポータル」で配信されている二万五千分の一地形図データに、フリーソフト「カシミール3D」を用いておおよそ1分おきに経緯度線を引き、人工的な地形改変を表す記号が描かれていないメッシュを選び出す。
 
経緯度線は、基本的に1分おきとしている。南北の長さはどこでも1850mだが、東西の幅は、地球が球体である影響で北のほうほど小さくなる。本州中部の北緯36°では東西1500mだが、九州南部では1600m近くとなり、無視することのできない誤差となってしまう。そこで、四国・九州においては、経線を59秒毎に引いている。また、沿岸、湖岸においては、目測でメッシュの半分以上が水面となっているものについては除外した。
 
人工的な改変を表す記号としては、集落、農地、建造物全般(小規模な社寺、山小屋等を除く)、幅員1.5m以上の道路(トンネルを含む)、鉄道(トンネルを含む)、リフト等、堰堤、擁壁(護岸のたぐい)、送電線、電波塔、地下水路等が該当。また、ため池、不自然な崖地、盛土も、人工的な地形改変と判断した。


このようにして、「人工物の描かれていないメッシュ」を黄緑色で塗りつぶしました。それがこちら。
 
 
人工的な改変がないと思われるメッシュは、全メッシュ78278メッシュのうち3854、割合にして約4.9%でした。ほとんどは山地であり、沿岸部においては、リアス式海岸の岬や、離島に点在するだけでした。
 
一見して、西に少なく東に偏っていることがわかります。中国地方(調査上の都合で区切ったJR播但線以西)、四国、九州と対馬や五島列島など主な離島を合わせておおよそ31843メッシュとなりましたが、人工物のないメッシュはそのうち423。割合にすると1.33%に過ぎません。西日本は、沿岸から山地に至るまで、人の手が色濃く及んでいるということになります。
 
また、全般に日本海側に偏っているという印象を受けます。太平洋側では那須〜日光、関東山地、赤石山脈、紀伊山地、四国山地に比較的多く分布していますが、すき間が多くなっています。
 
メッシュには、ギリギリ外側を林道が通っていたりして、人工的な改変の影響を少なからず受けているであろうという場所も含まれています。逆に、面積的には該当するものの、たまたま経緯度線がそのエリアを二分して通ってしまったため、漏れてしまったような場所もあります。
 
こういうことを考えると、全てのメッシュが等しく人工的な改変から縁遠いというわけではないかもしれません。そこで、これら人工物のない地域から、特に人工的改変の影響を少ない地域を探り出してみようと思います。

周囲をすべて「人工物のないメッシュ」に囲まれたメッシュだけを抽出してみました。すなわち、タテヨコ3つ以上並んでいるうちの、中央のメッシュにあたります。これらの地域は、日本列島で人工的な地形改変から最も隔てられている場所であり、自然保護上での核心部と言ってよいと思います(仮に核心地域と呼びたいと思います)。
 
それがこちら。

 
全部合わせて648。全メッシュの0.8%となりました。中国・四国・九州には皆無で、近畿地方も紀伊山地に1メッシュがあるのみであり、ほぼ全てが本州中部に集中していることが明らかです。また、日本海側に多く、太平洋側に少ない傾向にもあります。日本海側の豪雪地域と見なせる地域は540.冬場に雪の少ない内陸部や太平洋岸の地域は108にとどまりました。
 
太平洋岸や内陸部での核心地域の分布状況を、ブロックごとに挙げると次の通り。

日光(中禅寺湖南岸)

6 

日光(女峰山)

秩父山地

南アルプス(赤石山脈中南部)

65

南アルプス(静岡・山梨県境)

10

南アルプス(駒ケ岳付近)

木曽山脈

16

御嶽山

紀伊山地

合計

108



豪雪地帯の主だった場所を挙げると、
北アルプス(飛騨山脈南部)

132

北アルプス(後立山連峰)

49

北アルプス(立山連峰)

17

新潟・福島・群馬県境(利根川源流・尾瀬・越後三山)

106

新潟・福島・群馬県境(只見川左岸)

80

新潟・福島・群馬県境(会津地方南部)

 42

妙高山付近

 22

そのほか7地域

92 

合計

540


このようになりました。豪雪地帯では数が多いだけでなく、核心地域がまとまり、一ヶ所ごとに広い空間をもっていることがわかります。それに比べると、雪の少ない地方では分布地が少ないだけでなく、一ヶ所あたりの数も少ない傾向にあります。
 
積雪の比較的少ない地方では、奥地にまで虫食い状に開発が進み、原生的な空間は、細切れ状態になってしまっていることがうかがえます。高いところにまで人が住んでいるわけですから、当たり前と言えば当たり前ですが。
 
そうした状況の中、雪の少ない地方の核心地域のうち、半数以上の65メッシュが赤石山脈中南部に集中しています。 

すなわち、赤石山脈中南部は、(少なくとも本州中部における)雪の少ない地方としては、最も広大に「人工的改変の加えられていない空間」が分布しているといえます。


 
「北アルプスとかにいっぱいあるから南アルプスなんてどうでもいいじゃん」と思われる方もおられるかもしれませんが、そうでもありません。
 
単純に面積だけを考えれば飛騨山脈(北アルプス)や会津地方のほうが、広く原生的な空間を残しています。調べていないけれども東北の飯豊山地や朝日山地、北海道の山岳地域にも広く残されていると思われます。

しかしいずこも赤石山脈(あるいは関東以西の太平洋岸)とは気候や植生が大きく異なっており、赤石山脈という場の代わりとはなりえません。極端な話、豪雪地帯において原生的な空間を広く残した地域は何ヶ所かあり、相互に代替性があるものの、太平洋側の赤石山脈という場には、代わりがないのです


 
ところで、地形図で分かるのは地表の改変状況だけであり、実際の植生など自然環境の状況はわかりません。そこで、環境省が2010年の国立・国定公園地域の見直し作業に先立って作成した、日本列島における自然林の分布図を掲載します。

出典http://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/map/index.html
 


 自然林が残された地域というのは、その土地に本来分布する植物が残されていることであり、やはり人工的な改変が加えられていないことの現われです。 日本列島は6割以上が森林に覆われていますが、そのほとんどはスギ、ヒノキ、カラマツ等の植林地、あるいは伐採の影響を強く受けているコナラ、クヌギ、アカマツ、若いカシやシイからなる二次林とよばれる森林であり、本来の姿とはいえなくなっています。日本列島の森林からそうした部分を除外したのが、この図になります。

先に掲載した「人工的な改変の加えられていないメッシュ分布」とそっくりにみえます。

本州中部を拡大してみます。

 
ここでもやはり赤石山脈一帯は自然林に覆われ、林業が行われていたとはいえ、太平洋側では最大級の面積を保っていることが分かります。しかも日本海側には少ない「亜高山針葉樹林」が、国内最大級で残されています。夏緑樹林(太平洋型)も、国内で最も広大な面積を保っています。なお、高山帯のお花畑やハイマツ分布地はとっても貴重なものだけれども、面積としては非常に狭いのでこの図では表現できていません。
 
植生のうえでも、原生的な、日本列島本来の空間を残していることがわかります。

こうした空間は、広ければ広いほど内部に多様な環境−谷もあれば山もあるし、森林もあれば草原もある−を持ち合わせ、様々な環境に対応した多種多様な動植物を抱えることが可能となります。要するに、一ヶ所で多くの動植物を養えるわけです。
 
日本の生物多様性、あるいは原生的な空間を維持してゆくことを考えると、ここは最も重要な場であることに間違いはないはずです。
 
環境省は、このような視点をもって、2010年10月に、南アルプス国立公園の範囲拡張する方針を決めました。しかし同じ時期に国土交通省中央新幹線小委員会は、意図的に議論を避けて南アルプスの自然環境はルート選定のうえで考慮する必要はないという見解を示し、環境配慮を行えばよいとしてトンネルを掘ることを決めました。http://park.geocities.jp/jigiua8eurao4/chuuoushinkansen-environmental-shingi.html

 
 
リニアの計画では、2007年のJR東海による自費建設表明から現在にいたるまで、一貫して南アルプス(赤石山脈)で大工事をおこなうことを前提としていますが、ここで述べたように「人工的な改変が行われていない空間が広く残されている」ことは、全く審議対象にも環境アセスメントでの評価対象にも挙がっていません。
これは開発対象地域の特性に対する根本的な認識の欠如です。いくら工法や構造に気を使おうとも、根源的なところで配慮をしていないことになっているので、必ず限界や軋轢、無用な混乱が生じます。

 
トップページに戻ります 


kabochadaisukiのブログへ