リニア計画における南アルプスの自然環境無視


 原生的な自然環境が保全されている南アルプスに、リニア用の長大なトンネルを何本も掘るという計画について、国として最初にして最後の「環境面からの審議」をおこなう権限を握っていたのは、「国土交通省 交通政策審議会 陸上交通分科会 鉄道部会 中央新幹線小委員会」という長ったらしい審議会です。

 あまりにもひどいやり取りに基づいて南アルプスに大トンネルを掘ることが決定されてしまい、たいへん不愉快とも感じましたので、ここにそのやり取りを紹介します。 私がリニア計画に決定的な不信感を抱いた直接のきっかけは、このやり取りを読んだことによります

 環境保全上の懸念・心配について、JR東海による計画の進め方に疑問・不満を抱く方が大勢おられるかと思いますが、全ての問題を増幅させたのはこの審議会に他なりません。 

 審議会とは名ばかりの、JR東海の主張をにお追従を打つ機関」でしかありませんが、いちおう、れっきとした、国が設置した委員会です。

なお、議事録にたびたび登場する家田委員長というのは国鉄出身の東大教授で、交通政策の専門家にして環境省の戦略的環境アセスメント導入にも携わり、共著の中で「環境アセスメントには早期からの住民意見導入が必要だ」と述べておられる、いわば環境アセスメントのプロフェッショナルの方です。
環境影響評価制度研究会 編集(2009)「戦略的環境アセスメントのすべて」(発行:ぎょうせい)

このことを念頭においてお読みください。


 以下、2010年10月20日第9回委員会の議事録より
−諏訪湖経由の伊那谷ルートと南アルプスルートとの、自然環境への配慮という視点からの比較についての審議−
の部分は、私のツッコミになります。
 ここまで、国土交通省の職員が環境評価事項についての大雑把な地図を説明。それに対しての家田委員長の発言。
【家田委員長】 どうもありがとうございました。
いわゆる戦略的環境アセス、つまりプランニングの段階で複数の代替案に対しても、大ざっぱなものでやむを得ないんだけれども、環境の点からチェックするという趣旨の作業をすることになっておりましたので、それをやっていただいた資料でございます。
 ご専門的な立場から、まず中村さんからご解説やコメントをいただけるとありがたいと思いますが。

【N臨時委員】 印象は、やっぱり粗過ぎるというのが正直なところです。25キロの帯をつくらなくてはいけなかった理由というのはいろいろあるんだと思うんですけれども、この25キロの帯の中のどこを通すか1つにしても、いろいろな自然環境が当然、含まれてくるし、それに対する影響も変わってくると思われます。また今回の議論というのはあくまでも東京から大阪までのごく一部のルートが抽出された中でのご説明だったので、全体の議論ではないし、その辺も含めて考えると、いわゆる戦略アセスというレベルでもないと思います。
 こうした条件のなかで、しかも幅25キロという非常に広い議論の中でこのデータを見せていただいたとして考えると、原生的な自然は確かに南アルプスルートが多いという印象を持っています。ただ、伊那谷においても天竜川の流域であったり、もしくは八ヶ岳が入っていたり、当然、延長としては長くなってきたりということで、伊那谷のほうにも重要な自然環境というのは残っているなという感じがしています。ということで、正直言うと、この幅25キロのこの中でどうするかという議論ですら、戦略アセスのレベルなのかなという感じがしますので、自然環境的に見て、どちらがいいといったような議論は少々無理だと思われます。どちらにしても、自然豊かな環境が残っているというのが正直なところで、原生的な自然ということで限って言えば、南アルプスルートが多いというのが今のこのデータが示すところなんだと思います。
 それから、この委員会で、これは個人的意見ですけれども、戦略アセスという形でまとめるのはやっぱり時間的にも無理だと思います。この委員のメンバーもどちらかというとリニアに詳しい工学的な知見をもっている方や経済的な知見に詳しい方はたくさんおられるんですけれども、私自身も北海道ですし、いわゆるこの地域の自然環境なりをよく知った方々が委員としておられないということを考えると、時間的な制約も含めて、アセスを実施することは、ちょっと無理なんじゃないかというのが私の意見です。実際にこの委員会からルートも含めて提言された場合には、事業主体のほうでもう少し詳しい、25キロをもっと縮めた形での戦略的なアセスも含めて、法にのっとった手順でやっていただくのが一番いいのかなというのが私の率直な意見です。
 以上です。

【家田委員長】 どうもありがとうございます。この粗さでは戦略アセスという段階になかなか入りにくいねというようなお話だったかと思います。戦略アセスとは言えないかもしれないんだけれども、ざっと見たところでいうと、この2つのルートで見ると、どっちもそれぞれ特徴があって、この面から見て、つまり環境という面から見てどっちが決定的にだめとか、そういうことにはならないねと、そういうご判断ということでいいですか。

 「提示された資料が粗すぎて議論のしようがない」という発言を、「環境面から見てどちらか比較することはできない」とすり替えています。環境アセスメントの専門家にあるまじき、非常に姑息な行為だと思います。
 なお、戦略アセスという言葉については後で説明します。


【N臨時委員】 はい。

 なんで「はい」となってしまったのだろう?


【家田委員長】 どうもありがとうございます。
それじゃ、ほかの委員から、どうぞご質問やコメントをお願いしたいと思います。どうぞ。

【O臨時委員】 すいません。全然よくわかっていないんですけれども、これは平面的な話だけしていますけれども、当然、縦断的な話がありますよね。だから、縦断的に考えたら消えてしまう話も随分あるわけですよね。その辺は濃淡つけないで淡々とこういうふうにやるんでしょうか


【S技術開発室長】 今のこの場でできることはその範囲だと、今のところ我々はそう考えております。縦断を示すということになりますと、もうルートはある意味、特定されてしまう……。

【家田委員長】 縦断というのは深さですか。

【O臨時委員】 深さですね。

【S技術開発室長】 そこは手続的にも整備計画の決定以降の議論になってくるのではないかと考えております。

 紫色以下の部分は、「トンネル構造なら地上は何ら関係ないのでは」というきわめて無責任な発言です。トンネルとはいえ非常に大規模な工事になり、周辺に大きな影響が出ることは避けられないはずです。トンネルの真上やそこに至る道路が建設されるのは南アルプス国立公園とその拡張候補地です。簡単にいじってよい場所ではありません。そもそも、かような場所にトンネルを掘ること自体が自然に対する冒涜という考え方もできます。

【家田委員長】 ほかにはいかがでしょうか。どうぞ。

【W委員】 49ページ以降のまとめというか、全体を見てわかるような内容の部分で、1つは、それぞれの環境の要素で8項目ですか、いろいろ出していただいたんですが、勉強不足で恐縮なんですけれども、それぞれのいろいろな要素のファクターがいろいろ入っていますが、つまりそのときに、リニアでも何でもいいんですけれども、通すときに、沿線の自治体の何かしらの承認を得なければいけない項目というのはあるのかないのか、もしあれば、どんな環境要素の中のどんな項目がそれに該当するのか、一般的な新幹線法とは別に、その辺をちょっとわかれば教えていただきたいというのが1つです。2つ目は、前にもご提起は受けているんですけれども、一応、環境の部分で、オーソドックスに言って環境破壊に影響するのかしないのかというようなこととか、あるいは生態系のサイクルで大きな影響があるのかないのか、この辺のオーソドックスなところも教えていただければと思いますので、よろしくお願いします。

【S技術開発室長】 まず1点目でございますけれども、例えば必ず出てくるのは、例えば保安林の解除とか、農地の転用です。土地の改変をする場合に許可が必要になる項目として代表的なものです。それから、当然、自然公園のエリアでもって同じようなことをやるには、環境省が所管になりますが許可手続が必要になります。網羅的にご説明できませんが、代表的なものとしてはそういったようなものがあるということでございます。後段のご指摘は、まさにそういうことをより具体詳細に、生態系への影響等を含め評価していくのが環境影響評価のプロセスでございます。2年から3年ぐらいの期間をかけてフィールド調査に基づいて、事業を行った場合の影響がどういうことであるかということを評価するもので、これは法に基づいて行うことが定められております。

【家田委員長】 ほかにはいかがでしょうか。

【A臨時委員】 水の項目で問題になりそうなのがトンネルによって地下水系が切られて、それで生活用水で使っていたものが使えなくなるということで、実際に実験線の場合でもそういった事例があるようですが、それについてのデータというのは調べられるものなんでしょうか。環境アセスメントのときには地下水系は項目外なのでしょうか。もう1つは、南アルプスを世界遺産に登録する件に関して景観の面などから見て、世界遺産登録の際にトンネルなどの構造物が何か影響があるのかというのが、もしおわかりでしたらお教え願いたいと思います。

【S技術開発室長】 前段のほうは、もちろん環境アセスは当然地下水の状況を詳細に調べて、水環境への影響を調査します。今までの事例でもやっておりますが、それでも水がれ等がトンネル工事があると発生している場合があるという事実はそのとおりでございますし、実験線の工事現場でもあったことも事実です。それについては、地下にたまっていたところに当たってしまって、たまたまそこを水源に使っていた河川だとか、沢だとかがかれてしまうということは、どうしても今のアセスでも100%予想できないということは事実で、その場合には一定の補償基準に基づいて、補償させていただくということでこれまでもすべて対応しております。当然、極力事前のアセスで調べるわけですが、それでもやはり生じてしまった場合には、必要な補償をルールに従ってやるということになろうかと思います。

 南アルプスの無人地帯でどのような補償を行うつもりなのでしょうか。
 それに悪いけれども、環境アセスメントの項目も存じていない方々による審議で、国内最大級の原生的な自然環境の破壊を許可してゆくという進め方には、非常に強い疑問があります。

 それから、世界遺産登録の動きがあるということは私どもも承知をいたしております。基本的に非常に長大なトンネルで、ほとんど地下で通り抜けるということになりますが、4項目調査の報告書の中では、このエリアの自然環境への影響は極力トンネルで通過することにより極小化できるという報告になっていると受け取っております。あと、当然、トンネルや斜坑の出入口の部分、工事用道路などが必ずどこかで必要になることは確かですので、それは極力そういうエリアだということを前提に、最大限、慎重な配慮を行うということかと思います。

 JR東海(事業者)の一方的な報告を、どうしてそのまま受け入れることができるのでしょうか。後述の通り、JR東海や関連機関による調査は正式におこなわれていないはずです。「影響は極小化できる」とは、誰の判断なのでしょうか。


【家田委員長】 ほかにどうですか。まだご発言いただいていない委員の方々、よろしいでしょうか。ありがとうございます。そうすると、ここまでのお話でいうと、とにかく環境面でどっちかのルートが決定的に問題を持っているという状況にはないということが確認できたという意味で、建設的な結果が得られたんじゃないかと思います。とはいえ、その環境面の特徴も、南アルプスルートは自然環境的な面が強いし、伊那谷ルートは、もちろん自然もすばらしいんですが、遺跡とか、神社とか、人文環境や、それから生活環境の保全が非常に重要になってくるので、おそらくどっちにしても環境に対する配慮は十分にしなきゃいけない、これは当たり前なんですが、ちょっと方向の違う環境配慮というところがおわかりになったんじゃないかと思います。したがいまして、この資料2をもってどのルートがだめとか、いいとかという話にはならないねと。それで、おそらく先ほどの資料やその他もろもろの判断から、いずれルートの結論が出た際に、そうすると、この二十何キロの幅がもう少し狭まった範囲の中で、本当にトンネルはどこなのかとか、駅はああだとかこうだとか、トンネルの掘り口はどこなのかとか、その際に戦略アセスみたいなことをもうちょっと厳密にやっていくというような、その前段階を今、やっていると理解すればいいんじゃないかと思っております。そういうようなことでよろしいですか。ありがとうございます。それじゃ、この資料はそのくらいにさせていただきまして、3つ目の議題、中央新幹線小委員会の今後の進め方についてお話をお願いいたします。

この議事録の文面を見た限り、この審議において確認できていることは、「提示された資料が大雑把だし専門家もいないので審議しようがない」ことだけのはずです。そのほかには、何も中身のある議論は行われていません。どこから「決定的に問題を持っているという状況にはないことが確認できた」のでしょうか?

そして、なにゆえ、「勉強不足」とか「この地域の専門外」とか「全然よくわかっていない」人物を委員に招いたのでしょうか。

繰り返しますが、家田委員長という方は、交通政策の専門家にして環境省の戦略的環境アセスメント導入にも携わり、共著の中で「環境アセスメントには早期からの住民意見導入が必要だ」と述べておられる、いわば環境アセスメントのプロフェッショナルのはずです。

N臨時委員というのは砂防学の専門家、O委員というのはトンネル工事の専門家であり、自然環境や環境アセスメントの専門家ではありません。S技術開発室長というのは国土交通省の職員です。


なお、全文をお読みになりたい方は、こちらののリンク先をご覧ください。
国土交通省 交通政策審議会 陸上交通分科会 鉄道部会 中央新幹線小委員会
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/s304_sinkansen01_past.html

における沿線環境調査に対する審議の議事録(2010/10/20 第9回中央新幹線小委員会 317.5KBおよび配布資料)のうち、委員から意見のやり取りがおこなわれた部分(33〜42ページ)を抜粋して記載しています。議事録の分量から推定すると、やり取りの時間はわずか10分程度とみられます。



そして、このいい加減な審議が、計画の早期段階での環境配慮という位置づけになりました。

この審議から7ヵ月後の2011年5月に、建設を認めるべきと国土交通大臣に出された答申には、「環境の保全」という項目で次のように書かれています。

この部分に書いてあることは嘘っぱちです。

実際にはこれまで注釈をつけたとおり

どちらがよいか、提示された資料からは判断できない

というのが、

どちらも貴重な自然環境が存在しているので環境保全には十分な配慮が必要 

となっています。

これは意見のすり替えです。

また、「現段階においては…できるものではなく…対処すべきである」というのは、「審議するための委員会が何の審議もできなかったけれども、とりあえずトンネルを掘るのを事実上認めておくから後は丸投げする」と言っているのにも等しい内容です。単なる責任放棄です。

それよりなにより、この文章は意味不明です。同じ答申内では南アルプスルートで建設すべきと断言しているのに、この部分だけを読むと、伊那谷ルートが否定されていはいないとも受け取れます。
 
この審議より前には、リニア計画において公的にルート上の環境面についての調査・議論はおこなわわれていません。計画を進めるJR東海、リニア開発を行ってきた独立行政法人鉄道・運輸施設建設支援機構も南アルプスや伊那・諏訪地域の地形・地質調査は行っていますが、環境面についての調査は皆無であるはずです。この審議が最初の環境配慮となり、こんな内容でトンネル建設が決まってしまいました。

すなわち、とりあえずトンネル建設を認めてから環境面に配慮すればよいという判断であるわけです。本来、南アルプスのように特殊な地域では、通常の着工直前の事業アセスメントだけではなく、計画の早期段階から環境調査をある行い、それを計画の是非に反映すべきです。それが戦略的環境アセスメント〔SEA〕という概念です。

環境省では、リニア中央新幹線計画を日本におけるSEA導入の第一号と位置づけているようです。そして、計画のごく初期から環境配慮をおこなうという、SEAの概念に基づき、この中央新幹線小委員会での審議においても、環境配慮が求められているとしています。

その環境配慮の内容が、「コレ」であるとは、将来に大きな禍根を残してしまいます。 



この審議については、さらにおかしなことがあります。

この審議会が開かれる16日前、環境省は、全国の国立公園地域について同様の作業をおこない、南アルプス国立公園地域の拡張を決定しました。それなのに、中央新幹線小委員会のほうでは、このことについて全く議題に上がっていないということです。

この決定の背景について簡単に触れます。

まず2004年2月、第7回生物多様性条約締約国会議において保護地域作業計画というものが決議されました。これは代表的な生態系を網羅した保護地域ネットワークの確立を目標としており、このために環境省は、「2009年までに、国あるいは地域レベルのギャップ分析により抽出された保護地域を選定する」という目標を掲げることになりました。

そしてこの決議に基づき、2007年11月、第3次生物多様性国家戦略において国立・国定公園の総点検を行うとし、作業が開始されました。この作業は生物多様性の保全上重要な地域が十分に保護地域に指定されているかといるかというギャップの分析が中心となりました。

その結果、中央環境審議会自然環境部会自然公園小委員会は南アルプスとその周辺部について次のような評価を下し、生物多様性の保全上重要な地域が国立公園でカバーされていないことから、公園区域を拡張するという方針が定まりました。


詳しい資料や図については上記のリンク先あるいはこちらの「
生物多様性の評価」という環境省内のサイトをご覧ください。

この南アルプス国立公園拡張計画は2010年10月4日に決定されたことです。上記の中央新幹線小委員会の審議はその16日後に開かれており、この方針を知らなかったはずがありません。

どちらも似たような資料を用いた審議をおこなっていますが、同じ時期に、南アルプスの自然環境保全について、政府が正反対の評価を下していたわけです。

【環境省】調査をしてみたら、南アルプスとその周辺部はわが国の生物多様性保全上重要な地域であることが判明したので、国立公園区域に指定して保護地域とする。

というのと、

【国土交通省】南アルプスとその周辺について、環境面から工事を行ってよい場所か判断するために調査をしてみたが、資料が不十分でよく分からなかった。とりあえず環境面については不問とし、計画を認める。あとは適当に配慮しなさい。 

とでは、えらい違いですが…。

少なくとも環境省においては、

自然保護という視点での重要性では 

南アルプス≫伊那谷を含む周辺地域 

という判断を下したわけで、

南アルプス≒伊那谷

とした中央新幹線小委員会とは異なる見解です。


リニア計画にともなう10年にも及ぶ大工事や巨大構造物の出現というのは、生物多様性保全あるいは国立公園という場の性格とは、全くそぐわないものです。このギャップは、単に縦割り行政の弊害とはいえないレベルだと思います。


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