ー富士山・富士講ー

 三芳地区内には「せんげんさま」と呼ばれ、富士の神様を祀る石宮が多くある。また、現在では少なくなったが「富士 講」の行事が残っているところもある。
 富士登山は古く修験の行者によって行われていた。室町時代以降、一般の人も富士参り登山をするようになった。江戸時代後半から明治 時代にかけて富士講が大流行し、先達に従い富士登山した。
 安房から富士参りをする人は、吉田口(山梨県富士吉田市)にある小猿屋が定宿で、江戸時代の安房の人の記録も数多く残されている。そ の中に当時の三芳村の住人の富士講の記録もある。
 安房の大先達には108回の登山をした長狭郡磯村(現鴨川市)の栄行真山(えいぎょうしんざん)がいた。この行者は浅間様のお告げにより、 「安房国浅間宮百八番」という観音札所のような番号と拝み歌を作って各所に掲げた。三芳地区には11カ所ある。その一つは、『105番下 堀村「日の本の その国々を安かれと 6十六度登る富士山」』
 安房から海を越えて約100キロ、霊峰富士の姿は美しく、信仰と娯楽を兼ねた富士登山の旅は、庶民のあこがれであった。

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