一般に印半天(しるしばんてん)とも言われている。古風を重んじる大工、鳶職などの職人が着ていたものだが最近は余り見かけない。
もともと法被は、武家の仲間(ちゅうげん)、駕籠かき、大店の下僕、職人などが着用した衣服。初めは武家の仲間が平常着としていたが
、のちに民間にも広まったもので、当初の丈は膝ぐらいまであった。江戸末期にはさらに長くなり、尻からげをした姿が当時の絵に見られ
る。
袖は広く、背に文所が染め抜かれ裾に横通しの模様が入っていた。法被を六尺看板ともいったが、これは六尺の杖を持つ駕籠かきが看板
の役目を果たす印付きの法被を着たことに由来する。会社名をつけて走る現在のマラソンや駅伝にどこか似ている。
半天が一般に普及する文化年間(1804〜1818)頃から法被との間に形態、染織の面で混用を生じてきた。
現在の法被は紺木綿の筒袖
で、襟は折り返さないで着る。職人はさらにドンブリといって胸に釘などを入れる衣服を着たこともある。今は余り見かけない。
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