こぢんまりとした「本堂」
山門
住宅街の参道
本堂から参道を望む
テキスト ボックス: 待てといはば
いとも畏し 花山に
 しばしと啼かん
   鳥の音もがな

疎水の桜

平安神宮

天台宗 華頂山 元慶寺
周辺の見どころ
マイカーで行く 西国三十三ヶ所巡り
巡礼は滋賀県からいよいよ京都市内へと入る。第十四番三井寺から国道1号線を西に約30分、京都市の入り口、山科区の住宅街に元慶寺はある。
マイカーで行くには、三十三ヶ所中最大の難所である。周辺の道は細く、一方通行が多い。古いカーナビなら迷ってしまうほどのところである。また、参道の入口交差点は、参道から出てくる車との離合ができないので注意が必要。
駐車場から参道に出ると、右の住宅の奥に中国風の山門が見える。山門を潜ると、こじんまりとしているが整えられた境内がひらける。

この寺の開基は868年、遍昭(へんじょう)僧正。桓武天皇の孫にあたり「古今集」に歌が納められている六歌仙の一人で、「小倉百人一首」の「天つ風 雲の通い路吹きとじよ をとめの姿しばしとどめむ」という歌で有名な人物である。
薬師如来を本尊とするこの寺が番外札所に入っているのは、観音霊場を中興した花山法皇がここで出家得度し、2年の歳月を送ったためである。
遍昭が開基してから約1世紀後の985年花山天皇が即位後まもなく、寵愛していた弘徽殿(こきでん)女御が急死。翌年、自分の孫(後の一条天皇)を皇位に就かせたいと思っていた時の右大臣 藤原兼家の謀略にかかり、19歳で出家し、花山法皇が誕生したと伝えられている。
そして、元慶寺は重要な聖地として信仰を集めたが、中世以降その信仰も廃れ、江戸期には、わずかに礎石が残る水田に変じたと云われている。
1789年失われた京の社寺の復興事業を推し進めた妙法院宮真仁法親王によって現在の地に再興された。

春の元慶寺

観音菩薩
教習所より狭くて難しいので注意駐車スペースは2台
駐車場の入口
マイカーで行くには、三十三ヶ所中最大の難所。京都市山科区の住宅街の真ん中にあり、周辺の道は細く、一方通行が多い。古いカーナビなら迷ってしまうほどのところである。注意して走行してください。また、参道の入口交差点は、参道から出てくる車との離合ができないので、要注意。
第十四番三井寺からは、国道1号線を京都方面へ、山科区の外環東野を右折、さらに外環渋谷を左折して道なりに下図のAへ。
京都方面からは、国道1号線を大津方面へ、山科区の川田道交差点を左折、約200mのところをもう一度左折、すぐに右折して、下図の@へ出るのが最もわかり易いのではないかと思う。
京都市山科区北花山河原町13
番 外  元慶寺
【駐車場】
一般の駐車場に割り当てられているのは2台。先行者がいるとしばらく待機ということになる。
ただし、駐車料金は無料。
駐車場への入口は、民家と民家の間の狭い進入路を右折しなければならず、教習所のクランクを思い出させる。右側の縁石に注意。(駐車場から出るときは左側)
【駐車料金】    無料
【拝観料】     無料