812年嵯峨上皇の勅旨により、弘法大師空海が建立し、一尺八寸(約55cm)の
十一面観音像を彫り、その胎内に熊野権現と名乗る翁から託された一寸八分(約5.5cm)の
十一面観音像を納めて奉納したのが寺の興りとされている。
京都では、「いまくまの」と言えば、「新熊野神社」、「今熊野観音」のあるこの地域を指す。それは後に、熊野詣でに38回も出かけるほど熊野権現を篤く信仰していた後白河天皇がこの地に熊野権現を勧請し新熊野(いまくまの)神社を建立、その本地堂として観音堂に参拝するようになったことからそのように呼ばれているのである。
後白河天皇の頭痛を治したとして、古くから頭痛平癒、厄除け開運の信仰があり、知恵の観音さまとしても親しまれている。最近ではぼけ封じを祈願する人も増えている。
番外 元慶寺からマイカーで国道1号線を西へ、旧京都市街への入口 東大路通りを左折、伏見区との境へと進む。
京都市内の西国三十三ヶ所札所の密度は濃く、ここからの
五ヶ寺は歩いても一日で回ることができる距離にある。しかし、周辺の観光名所を散策しながらと言うことになると何日あっても足りないこともまた事実であるが、マイカーでの巡礼はここまでとし、次の
第十六番清水寺から第十九番革堂までは周辺の駐車場にマイカーを停めて巡礼することをお勧めする。
東大路通りの泉涌寺(
せんにゅうじ)交差点を左折、皇室とゆかりの深い泉涌寺を目指し、手前を斜め左に進むと周囲は濃い緑に包まれ、今までの賑わいが嘘のような静けさに包まれる。そして、赤い橋を渡るとそこはもう観音寺の境内である。