平安中期以降の末法思想の流行により、救済思想である浄土教が急速に普及した。この浄土教の民間における先駆者が空也。951年京に疫病が広がり、村上天皇の勅命を受けた空也上人が自ら
十一面観音菩薩立像を彫り、病人に「皇服茶」(オウプクチャ、梅干と昆布の入った茶)を飲ませて回ったと伝えられている。
「六波羅蜜」とは、大乗仏教において、悟りを開くための重要な6つの修行、布施(フセ、与える)、持戒(ジカイ、戒律を守る)、忍辱(ニンニク、耐え忍ぶ)、精進(ショウジン、ひたむきに努力する)、禅定(ゼンジョウ、心を安定させる)、智慧(チエ、本質をとらえる)を完成させる意味である。「波羅蜜多」はサンスクリット語「パーラミター」の「完成した、到達した」という意味で、単に「波羅蜜」ともいう。
本尊の
十一面観音菩薩立像(国宝)は秘仏で、12年に一度、辰年に開帳されており、普段はほぼ同じ形の黄金に輝くお前立ちを見ることができる。
口から六体の阿弥陀仏を出している有名な空也上人立像(重要文化財)は、運慶の四男康勝の作とされ、、空也上人がひたすら庶民のために仏の道を説き、常に念仏を唱えているさまを表したものとも云われている。
第十六番清水寺からは参道の雰囲気を楽しみながら六波羅蜜寺へとを坂を下る。六波羅蜜寺へは西へ歩いて20分ほど。大和大路の五条通りと松原通りの間、住宅地の中にある。清水寺から東大路を渡り、松原通りを西へ歩いていると右手に「みなとや幽霊子育飴本舗」がある。そこを左に曲がると右手に朱色の柱が鮮やかな本堂(重要文化財)が見えてくる。山門もなく、道路から本堂が見える市街地の中の寺である。
街中を行脚し、民衆の中で念仏を唱え続けた「空也」が963年に開いた寺で、この辺りは当時の葬送の地、「鳥野辺」の入口にあたる。