第二十一番穴太寺は京都市の北西、亀岡市の農村地域にある。
第二十番善峯寺からマイカーで約30分、国道9号線を西へ、京都縦貫道亀岡ICからわずか5分ほどのところにある。
駐車場に車を停め、約1分ほどで山門前に出る。つい最近まで古びた土塀に囲まれていたが、白塗りの真新しい土塀に生まれ変わり、すっきりとした風情となった。口丹波亀岡の農村地帯にたたずむこじんまりとした寺である。
建立は705年。文武(もんむ)天皇の勅願により大伴旅人の甥、大伴古麿が薬師如来を本尊として寺を開いたと伝えられている。稲の豊作への信仰が根付いているのか、穴穂寺とも言われている。札所としての本尊は
聖観世音菩薩。丹波の郡司・宇治宮成の妻妙智が評判の悪い夫を改心させようと962年、京都の仏師感世に仏像を彫らせた。宮成はその礼として感世に白馬を与えたが、惜しくなり感世を弓で射ってしまった。家へ戻ると観音像の胸に矢が刺さり血が流れていたという。身代わりとなった観音像のお陰で感世は無事だったと言う。
この説話により、穴太寺の観音は「身代わり観音」として深く信仰された。