京都の貴族に生まれた性空上人は36歳で出家、九州で修行をつんだ後、970年、56歳のときにここ書寫山に訪れた。ある日、庵の側にあった桜の木に天人が舞い降り、木に礼拝し、「この生木の
如意輪観音様に礼拝します」と言って去っていったという。そこで、性空上人はこの木を切り、安鎮という者に命じて一尺五寸の
如意輪観音像を刻ませ、その上にこの摩尼殿を建てたとされている。当初の本尊は1492年に焼失し、現在は同じ桜の木に刻んだ観音様を安置しているそうである。
本尊は秘仏であるが、
毎年1月の鬼追い式では開帳される。
陰謀により退位した花山法皇が失意の最中訪れたのがこの書寫山であり、性空上人の教えを受け、法皇が観音霊場再興を発願するきっかけとなった、西国三十三ヶ所霊場とも非常にゆかりの深い寺である。
第二十六番一乗寺からマイカーで国道372号線を姫路市街地へ入り、市川を越えた辺りで山手の方へ、書写山を目指す。
西国三十三ヶ所の中では最西端。「西の比叡山」と呼ばれ、標高370mの山上にあり、かつては巡礼中の難所とされていたが、今ではロープウェイができ、参拝も用意になっている。
姫路市郊外の夢前川沿いの駐車場に車を停め、山麓駅からロープウェイで山上駅まで登る。途中、眼下に広がる瀬戸内の絶景を眺めているとまさに下界から遊離していくような気持ちにさせられ、心が和やかになる。
山上駅から仁王門までは、西国三十三ヶ所のご本尊に見守られながら坂を登り、仁王門を過ぎ、坂を下ると勇壮な舞台造りの観音堂(摩尼殿)が見えてくる。
巨大な舞台造りのお堂で、石段の下から見上げる舞台は厳然とそびえ、周囲の緑が美しい色合いを添えている。