精進落としの鯉と石灯籠の紋様
未来
観音菩薩
過去
夏の仁王門
大わらじと満願成就
第三十二番観音正寺の坂をマイカーで下り、名神「八日市IC」を経て一気に80kmほど北東に走ることになる。岐阜県に入り、「大垣IC」で高速道路を降りる。名神「大垣IC」から賑やかな大垣市の中心街を抜け、揖斐川沿いに郊外に出ると周辺は「富有柿」で有名な柿の産地で、周囲には柿畑が広がる。
西国三十三ヶ所最後の寺にふさわしい少し長い旅路がここまでの三十三ヶ所の寺々を思い起こさせてくれる。駐車場に車を停め参道に出ると、一直線の桜並木の参道が長い巡礼の旅を祝うように迎えてくれ、満願成就の喜びがこみ上げてくる。
駐車場から仁王門を過ぎ約800mほどの石段の奥に本堂が姿を現す。
テキスト ボックス: よろずよ
万世の
願いをここに 納めおく
水は苔より
出る谷汲
52年ぶりのご開帳で賑わう本堂
(石段の右の列は、朱印を待つ列)
ご開帳
(内陣からの拝観はできず、外陣からの拝観では
残念ながら十一面観音像のお顔を拝見することはできない)
現在
【駐車場】
「山門前」を右折すると、右にも民間の駐車場があるが、左の公営駐車場の方が広く、北の奥に駐車すると寺まで約800mほどの距離と、比較的近くなる。
数百台は停められるスペースがあり、まず満車の心配はない。
【駐車料金】  400円
【拝観料】   無料
【内陣拝観】  なし
第三十二番観音正寺または関西地区からは、名神高速「大垣IC」を経て、国道258号線を北上、国道21号線との交差点「楽田町」を右折、揖斐川を渡り、「穂積中原」の交差点を左折、そのまま道なりに北上し国道157号線に合流、さらに北上、本巣トンネルを過ぎ、「木知原」交差点を右折して再度揖斐川を渡り、華厳寺の「山門前」交差点を右折すると左に公営の駐車場がある。
第三十三番  華厳寺
岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23

春の参道

おみやげの「富有柿」
テキスト ボックス: 今までは
         おいづる
親と頼みし  笈摺を
脱て納むる
 美濃の谷汲
テキスト ボックス: 世を照らす
   しる   
仏の験し  ありければ
まだ灯火も
 消えぬなりけり
マイカーで行く 西国三十三ヶ所巡り

根尾の薄墨桜

798年奥州会津の大口大領という熱心な観音信者が京を訪れ仏師に観音像を彫ってもらい、その帰り道、像を背中にかついで東へ向かおうとすると、観音像は自ら歩き始め、美濃の国赤坂まで来たとき像はにわかに立ち止まり、「自分は奥州に行かず、ここから北へ5里の山中に良いところがあるから、そこで衆生を済度したい」と観音は北へと向きを変え歩き出し、この谷汲に差し掛かったとき歩みをとめ、動かなくなった。そこで大領が堂を建て、観音像を祀ったのが寺の興りとされている。それ以後、谷間から油が湧き出るようになり、仏前の灯明の油には不自由しなかったという。このように油を汲んだことから「谷汲山」、観音像に華厳経が写経されていたことから「華厳寺」と917年醍醐天皇が名を授けられた。
その後944年朱雀天皇の勅願寺となり、西国巡礼を再興した花山院が巡錫(じゅんしゃく)、花山院の足跡を慕って後白川院もここを訪れて栄えた。
本尊は、十一面観音菩薩像で、今回のご開帳は前回の昭和30年(1955年)のご開帳から52年ぶりのご開帳となるが、内陣からの拝観はできず、残念ながら観音様のお顔を拝見することは叶わなかった。
お前立ち
十一面観音像
満願堂
金華山と岐阜城
周辺の柿畑
道の駅「富有柿の里」
谷汲踊り
周辺の見どころ
天台宗 谷汲山 華厳寺
秋の参道
笈摺堂
満願堂を祝ってくれるタヌキ