長谷寺への参道が門前町の中間辺りで直角に折れ曲がるところにある駐車場に車を停めると、参道のざわめきの奥に初瀬川のせせらぎの音が聞こえる。そこから50mほど手前に法起院がある。
狭い参道にひっそりとたたずむ寺なので、石碑を見落とさないように注意しよう。
山門正面の本堂には開祖
徳道上人自らが彫ったとされる徳道上人像が本尊として安置されている。当寺が番外に組み込まれているのは、この徳道上人こそが西国三十三ヶ所霊場巡拝の開祖であると言われているからである。
徳道上人は656年播磨国揖保郡に生まれ、11歳で父を、19歳で母を亡くし、その菩提を弔うため21歳で大和国初瀬の弘福寺の道明について出家。その後、732年に楠の霊木から三丈三尺六寸の十一面観音を刻み、これを本尊として長谷寺を開創した。
718年春、病で生死の境をさまよっていた時に、夢の中で閻魔大王から「苦しむ人々を救うために三十三観音霊場を創り、広めよ」と告げられ、33の宝印を託されたのが、西国三十三ヶ所巡礼の始まりとされている。
晩年、この法起院に隠棲し、80歳で松の木の上から法起菩薩と化して去ったと云われている。
境内には、触れると願いが叶うといわれている「上人沓脱ぎの石(くつぬぎのいし)」や、葉に爪などで願い事を刻むと樹液で変色して跡が残る「葉書の木」(正式名 タラヨウ)がある。この植物が「葉書」の文字の由来となっている。