クサイチゴは柿本人麻呂が生きていた時代には、イチビコあるいはイチヒコと呼ばれていた。
イチゴと呼ばれるようになったのは、平安中期の頃のようである。和名抄(931年〜
938年)に「伊知古・覆盆子(イチゴ)」とある。このクサイチゴを「いちし」と推
定するとイチゴの花が壱師の花となる。だがイチゴでは、赤い実が連想され、際立つ白
を表現出来ない。イチゴから白い花を想起させるには、呼び名をそれなりに変える必要
がある。イチゴの古名、イチビコ、あるいはイチヒコ。少なくとも万葉の時代にはそう
呼ばれていた。イチヒコの「ヒコ」は成人男性を表す「彦」であり、擬人化した名前の
説がある。成熟したイチゴは、赤の色を連想させることから白い花を想像起させる為ヒ
コ「彦」を赤い実から種を表すシ(子)に置き換えクサイチゴの白い花を強調したので
はないかと推測する。又、ヒは「緋」であり赤い色を表す説もある。同様に白を強調す
る為、ヒを隠し「いちしろく」に掛ける言葉として遊び心から「コ」を「シ」と置き換
えた。そして柿本人麻呂は、イチヒコをイチシとした。
シ「子」は又、コ「子」であり、それが基となり、鎌倉前期に至る迄の二百年余りの間
に徐々に浸透し、伊知古、覆盆子(イチゴ)へと名前の転訛が起きたのではないかと推
測する。
この頃には、すでにギシギシの呼び名「壱師」は失われ、曖昧となっていたようである
。
ギシギシ(タデ科ギシギシ属)羊蹄 古名 之(し)壱師(いちし)伊知旨 之布岐 羊蹄(し
のね)志乃禰 之乃禰 渋草(しぶくさ) 志夫久佐 之布久佐 之不久佐 須須弥奈(すすみな)
別名 牛草(うしぐさ)牛舌(うしのした)牛額(うしのひたい) 和大黄(わだいおう) 大黄(だい
おう)羊蹄根大根(しのねだいこん)羊蹄大根 蚤の船 らいおん らいおんぐさ いぬすいば し
い しのは しのべ しんざい すいじ
日本全国に分布するタデ科の多年草。茎の上部に淡緑色で柄のある小さな花を輪生する。花弁
はなく雄しべは6個。茎は、高さ60cmから100cmで上部で枝分かれする。根生葉は、長い柄が
あり、長楕円形。茎に付く葉は、細長くそれぞれ縁が波打つ。
ギシギシは京都で使われていた呼び名で擦れ合う音を擬音化したものとされる。
万葉集にある柿本人麻呂の歌
道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は 巻十一・二四八四
この歌にあるいちしの花、この花の正体について古くから意見が分かれている。いちしは、壱師
と漢字表記され、タデ科の植物ギシギシの古名の一つである。この事から、ギシギシも有力な候
補とされているが、花の色は淡緑色であり、「いちしの花いちしろく」と白い花を詠んだこの歌には
そぐわない。その為、この歌にある壱師が何であるか推論され、歌から受ける白い花の印象から
クサイチゴ、エゴノキ、山法師、イタドリ説など多岐に分かれた。灼然と漢字表記されるいちしろく
を燃え上がる赤い色と解釈した彼岸花説もある。ただこの彼岸花には、謎が多く万葉の時代、普
通に山野に存在していたのか疑問が残る。(2014年9月20日彼岸花の項参照)
この「いちし」については、鎌倉時代も現在と同様それが何であるか曖昧となっていた様である。
「いたづらに逢うよしをなみ陸奥のいちしの何は聞けども」藤原家良 1243年 新撰六帖
葦の穂波に映像を重ね、いちしが何であるか聞いた事があると穂波からギシギシの穂を推
定している。この頃すでに曖昧な表現が見られる。
鎌倉前期、順徳天皇の著した「八雲抄」には、「羊蹄 いちしのはなみちしばといえり」
とあり、いちしがギシギシである事を示している。
これらの事から壱師と呼ばれた植物は、羊蹄と表記されたギシギシであったことがわかる
。
ところが、壱師がギシギシであるとすると「いちしのはないちしろく」と詠まれた白い花
を強調した万葉集の「いちし」は、別の植物を表わしていると考えざるを得ない。
「いちしろく」は、著しいとか際立つとかの意であるが、万葉集の中では白を強調する用
い方がされている歌が多くある。
青山を横切る雲のいちしろくわれと笑まして人に知らゆな 六八九
窺狙ふ跡見山雪の灼然(いちしろく)恋ひば妹が名人知らむかも
天霧らし雪も降らぬか灼然(いちしろく)このいつ柴に降らまくを見む 一五〇二 若桜部君足
隠沼の下ゆ恋ひ余り白波の伊知之路(いちしろ)く出でぬ人の知るべく 三〇二三
雲、雪、白波といずれも白をいちしろくと強調している。
こいまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出じ朝顔の花
朝顔はムクゲの古名で白いムクゲの花を強調している。
ここからは、多少強引ではあるが、白い花を推理して見る。
初夏の山あいの道を歩くと大振りで赤い実のクサイチゴが良く目立つ。口に入れると甘い。野鳥
も好物と見えヒヨドリ、メジロなどが啄ばむ姿を良く見かける。まだ寒い季節、この場所には、大
きく際立って白いクサイチゴの花が咲いていた。思わず足を止めた記憶がある。万葉集にある柿
本人麻呂の「道の辺のいちしのはないちしろく」の歌に出くわす以前の事である。