サンシュユ(ミズキ科ミズキ属)山茱萸
サンシュユ(ミズキ科ミズキ属)山茱萸 別名 春黄金花(ハルコガネバナ)秋珊瑚(アキサンゴ)
サンシュユの名前は、中国の漢字をそのまま当てたもの。山茱萸は、宮崎県椎葉村の民謡ひえつき節に登場する
木として歌われていた。椎葉村は、熊本県との県境にあり、宮崎県東臼杵郡に属する。九州山地の千m級の険しい
山々に守られた山奥の秘境中の秘境で県道といっても舗装こそされてはいるが、山を切り開いた林道を走るような
ものである。昨年の夏、椎葉村を旅する機会が有り、この道を車で走ったが台風の後のことでもあり、通行止めが
各所にあり、対向車に出くわすこともあまりなく心細い思いをした事が有る。椎葉村は、かって源平の合戦に敗れた
平家一族の隠れ里として知られている。この里が広く社会に知られるようになったのは、民謡ひえつき節による。ひ
えつき節は、平の清盛の孫であった鶴富姫と追討に向かった源氏方の総大将、那須の与一の末弟であった大八郎
宗久の悲恋の物語を歌ったものである。壇ノ浦に敗れた平家の一族は、豊後国に上陸し、安住の地を求めて九州
山地を山深く分け入り、この山間の地にやっとの思いでたどり着いた。ここまで来れば追っ手も来るまいと荒地を開
墾し、鳥獣を捕り、雑穀を育て細々と生計を営んでいた。時折、塩を求め人里へ降りた事から里人に訝られ平家の
落人の噂となり、源氏方に知れることとなった。これを知った源頼朝は追っ手を弓の名手で名を馳せた那須与一に
命じたが、病の為この任を末弟である大八郎宗久に託した。大八郎を総大将とする追討軍は、豊後路を経て日向
の国に入り、険しい山々を分け入り椎葉村にたどり着いた。そこには、かって栄華を誇った平家の姿はなく美しい山
々に囲まれひっそりと暮らす人々の姿であった。戦意も無く膝を折り恭順を示す平家の一族に多感な武将大八郎は
、哀れみを覚え討伐を断念し、鎌倉へは、その任を果たしたと偽りの報告をさせた。さらに、追討の為、探索を重ね
ると報告をさせ、その後もこの地に留まり焼畑農業を指導するなど彼らを助け敵味方の区別なく苦楽を共にして歳
月を重ねることになる。今もって一部の地域で、この焼畑が行われているが、伝統農法を守る儀式の色合いが強い
。八月に入ると乾燥した日を選び、山に火を入れ薮を焼く。「このヤボに火を入れ申す ヘビ 、ワクドウ(蛙)、虫け
らども、早々に立ち退きたまえ、山の神様、火の神様、お地蔵さどうぞ火の余らぬよう、また焼き残りのないよう、お
守りやってたもうれ」代々引き継がれて来た火入れの唱え言葉である。そして焼け跡に蕎麦の種を蒔く。蕎麦は成
長が早く七十五日で収穫出来る。翌年には、粟か稗を蒔く。三年目が小豆、四年目が大豆と輪作し、その後は土地
を休ませ地力の回復を待つ。肥料も要らず耕す労力も要らない理屈にあった農法である。大八郎は、この焼畑農法
を平家の一族に教えた。陣屋を椎の葉で繕ったことから椎葉村と呼ばれるようになった。この時大八郎の身の回り
の世話をしていたのが鶴富姫であった。若干二十二歳の大八郎と平清盛の孫にあたる美しい鶴富姫、二人の間に
いつしか恋が芽生えたのは自然の成り行きでもあろう。やがて鶴富姫が身ごもったことを知る大八郎は鶴富姫と共
に椎葉に永住することを決意するが、この時皮肉にも鎌倉より帰還命令が出される。災いが鶴富姫に及ぶのを恐れ
た大八郎は、泣く泣く鎌倉へと旅立ち椎葉を後にする。ひえつき節はもともとこの地に伝わる農作業の合いの手とし
て「ヨイトマカショ」の掛け声の臼と杵で稗を搗く労働歌であった。臼と杵を男女に例えたなんともおおらかな民謡であ
ったが、昭和十五年頃に酒井繁一氏により歌詞が改められ「庭のサンシュの木、鳴る鈴かけて・・・」の歌詞となった
。この歌は、椎葉にダムが建設された際作業に従事した人たちによって全国に広まり、紹介されることになる。美空
ひばり、島倉千代子、東海林太郎など当時のスターの人達によって歌われ日本中で大流行した。「庭のさんしゅの
木鳴る鈴かけてヨーオーホイ 鈴の鳴るときゃでておじゃれよー 鈴の鳴るときゃ 何とゆうて出ましょヨーオーホイ
駒に水くりょというて出ましょヨー おまや平家の公達ながれヨーオーホイ おどま追討の那須の末ヨー 那須の大八
鶴富捨ててヨーオーホイ 椎葉たつときゃ 目に涙ヨー」さんしゅとは、春に黄色い花を咲かせる山茱萸のことと思わ
れていたが、椎葉村での元歌は、何故か山椒の木となっている。山茱萸が中国より日本に伝わったのは、江戸時代
のことであり、源平時代には、日本になかった木である。時代背景として合わない事から後の人達により、山椒の木
に書き換えられたのではと推測する。したがってこの歌に歌われる木としては、山茱萸、山椒どちらでも良いと考え
る。山茱萸は、別名、春黄金花と呼ばれ、この木に願い事をすると願いが叶うと言う言い伝えがある。この歌の木と
しては、なんとなく山茱萸の方が似合いそうに思う。但し、椎葉の元歌は、山椒の木である。
本館右斜面にて



