2004年:ニッカ他

 週末に時間があったので、出来るだけ安い宿をインターネットで探したら、洞爺湖温泉街に宿が取れた。あわただしく準備をしてまずは小樽へ向かう。小樽では久しぶりに小樽運河を見て、小樽運河食堂でラーメンを食べた後、余市へ向かった。余市は宇宙飛行士毛利衛さんの出身地で、道の駅はそれにちなんで[スペースアップル余市]と名付けられている。なぜアップルが付くかと言えば、その付近には果樹園がたくさんあってリンゴが特産物だからだろう。
 今回の目的はそのどれでもなく、日本のウィスキーの父とも言える竹鶴政孝が作ったニッカの北海道工場である。夏にソロツーリングで来たときには残念ながら飲む事が出来なかった。今回はカミさんに運転を任せられるので、試飲も楽しみだ(^^
☆ニッカウヰスキー北海道工場
 道の駅に車を置き、工場入り口へ向かう。歴史があるだけあって、どの建物にも趣がある。入り口の守衛所に寄って見学者の待合所へ。見学者は工場敷地内を自由に見学しても良いが、女性ガイドによる見学案内も無料でしてもらえるので、今回もそれにくっついて行く事にした。
ポットスチル  左の写真は蒸留工程。ポットスチルと呼ばれる銅製の釜に発酵液を入れ、下から石炭で加熱。蒸発したアルコール分を冷却した後に、樽詰めする。この時はたまたまウィスキー作りのイベントがあったようで、職人さんではない人達が作業をしていた。
 工場内にはウィスキーの貯蔵庫がたくさんあったが、他には工場設立当時の事務所があったり、研究開発棟(現在はリタハウスといって、ティールームになっている)、竹鶴政孝の自宅(移築したもの。一部公開)、製樽棟、貯蔵庫を改造したウィスキー博物館、そして近代的なゲストハウスなどがあった。
 ウィスキー博物館では製作工程の紹介や試飲、創業者の紹介、ウィスキーに関する本等が置いてあった。
 その向かいにはここでしか買えないウィスキーを売ってる直売所があって、昔来たときにシングルカスクを1本買ったが、今回は予算不足のため断念。
 ゲストハウスには試飲所とお土産販売スペースがあり、いろんなお土産が置いてある。なぜかワインも置いてあったが、試飲に専念し、ほろ酔い気分で工場を後にした。
・社名[ニッカ]の由来
 創業者竹鶴政孝は日本の中でウィスキー作りの理想郷を求め、この余市に工場を建てた。しかし、ウィスキーは作ってすぐに市場へ出せる物ではなく、しばらくは特産のリンゴをジュースにして売っていたのである。この時に考えた社名が[大日本果汁]で、それを縮めて現在の社名になったのだ。
・天使の分け前(エンジェルシェア)
 ウィスキーはモルトを樽詰めして長時間寝かせるのだが、樽は息をしているので年に数パーセント減って行く。これを[天使の分け前]と言うが、貯蔵している場所によって減る量は違うようだ。北海道工場では年5%だと言うから、10年経つと半分になってしまうらしい。
☆京極町吹き出し公園
 羊蹄山の麓には有名な湧き水が何カ所かある。そのうちの一つが吹き出し公園だ。1日約8万トンもの湧き水が豪快に吹き出している。ちゃんとした公園なので、エキノコックスの心配もなく水を汲めるのが嬉しい。たくさんの人がここに水を汲みに来ていて、ポリタンク、焼酎が入っていた4リットルのペットボトル、ジュースやお茶が入っていた2リットルのペットボトル等いろいろな容器がつかわれている。商売でこの水を使う人も多いようで業者っぽい人がたくさんだ。そこで水をペットボトルに汲んで口にする。冷たくて気持ちいい。天然水が豊富にある環境があるのはうらやましいものだ。
☆真狩村歌う細川たかし像
羊蹄山をバックに歌う細川たかし像  羊蹄山の麓にある真狩村は歌手細川たかしの出身地である。この銅像の台座の中にはプレイヤーが仕込んであって、曲名の書いてある手形に手をかざすと自動的に曲が流れるようになっている♪
 ある年、ここに来てみると公園の入り口に張り紙がしてあった。[ただいま細川たかしの像は風邪をひいていて声が出ません](笑)要は故障中だったのだが、ユーモアのある張り紙であった。
☆洞爺湖温泉
 今日の宿は洞爺湖温泉のちょっとくたびれかけた中くらいのホテルだ。安い時を狙って行ったわけだから客が少ないのは当然だと思うが、それにしても客が少ない。5時近くにチェックインしたのに、部屋は3階のエレベータ正面!宿泊費が思いっきり安いのでこの食事なら頑張っていると思う。火山噴火の時に起きた地震のためか風呂の壁には目立つひび割れがあり、経営は苦しそうだった。ロビーでは誰も居ないのにテレビが着けっぱなしになっていてとっても寂しかった。

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