ピカチュウの人生  保管 兼 まとめ

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制作開始 2006年 11月12日
制作 2ch小説リレー

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第一章                 
第二章                 
第三章                 
第四章                 
第五章                 
第六章                 
第七章                 
第八章                 
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第18章                 
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第20章                 
第21章                 
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第29章                 
第30章                 
第31章                 
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第33章                 
第34章                 
第35章                 
第36章                 
第37章                 
第38章                 
第39章                 
第40章                 
第41章                 
第42章                 
第43章                 
第44章                 
第45章                 
第46章                 
第47章                 
第48章                 
第49章                 
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ピカチュウ
  ミミロップ
  ロゼリア
  ムウマージ
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>>ポケソ


第37章




 身の丈の二倍はありそうな岩の前に構え、ルカリオは呼吸を整える。
ミミロップとチャーレムは静かにそれを見守っていた。
ゆるやかに流れるような小さく素早い動きでルカリオは両の掌を突き出し、岩へと叩きつける。
瞬間、軽く突き飛ばしただけのように見えた動作からは似付かわしくない重々しい打撃音が響く。
岩はあっという間に表面を網目状のヒビに覆われ、後は小突かれただけで簡単に崩れてしまった。
 同じように岩を砕いてみせろとルカリオはミミロップに促す。
ミミロップは快く返事をして、同じくらいの大きさをした岩の前へ進み出た。
厳しい肉体と精神の鍛練を続け、もはや大岩を砕くくらいならば造作ない
――とまではいかないものの、やろうと思えば何とかできる自信はあった。
 拳を握り締め、深く目を閉じてミミロップは集中力をじっくりと高めていく。
そして限界近くまで達した集中を爆発させるように、拳に力を込めて大きく振りかぶり、裂帛の気合いと共に岩を殴り付けた。
たちまち岩には鉄球が衝突したような亀裂が入り、砕けた。
岩を殴った方の手に痛そうにフーフーと息を吹き掛けた後、ミミロップは誇らしげにルカリオの顔を見る。



 しかし、ルカリオは落胆したように鼻でため息をついた。
「ちゃんと砕いてみせましたけれど、何かお気に召しませんか?」
 当然、褒められるものだと思っていたミミロップはムッとして言う。
「“同じように”砕いてみせろ、と言ったはずだ」
 そう言うとルカリオは自分の砕いた岩を見せる。拳の当たった部分から大きく雑に砕けたミミロップの岩とは違い、
ルカリオの岩はまるで内部で爆発でも起きたかのように中心辺りまでより細かく砕かれていた。
「お前の拳の威力は認めよう。しかし、ただ岩を砕くだけならばサイホーンにもできる。
それも更に巨大な岩石であろうと容易くな。だが奴の単調で鈍重な突進は実戦ではそうそう当たるまい。
お前が今みせた拳もそうだ。誰がお前が集中している間の隙を見逃し、
それも大振りで見切りやすい拳をむざむざ食らってくれようか」
 ルカリオの言い分に返す言葉もなく、ミミロップは黙り込む。
「無駄に込めた力は気の流れを殺す。最小の動き、且つ素早く、体の中で練った勁力を衝撃として相手に打ち込む。
これが出来ねば波導の奥義の習得など不可能だ。お前のやってきた拳に炎を纏わせる拳などは初歩の初歩と知れ」
「うう……」




 悔しさにミミロップは思わず小さくうなる。
「すみません、ちょっと休憩をお願いします」
 感情を押し隠した調子で出し抜けにそう告げると、
ミミロップはひょいと岩場を飛び降りて湧き水のある方へと駆けていってしまった。
何を言わずルカリオは黙ってその背を見送る。
「よいのか?」
と尋ねるチャーレムに、
「ああ、構わんよ。私も少々、大人げなかったやもしれん」
そうルカリオは答えた。そしてそっと口元に苦笑を浮かべる。
「私とて波導の奥義を極められてなどいないというのにな」
 独り言のようにルカリオは呟く。
「愚弟子が戻るまで少し話でもしようか。先代に比べ、我が波導の力はまだずっと弱い。何が欠けているのかは未熟故、未だ見いだせん。
 自惚れるわけではないが、私は共に先代の下で学んだ兄弟弟子達の中でも最も才があった」
 じっとチャーレムはルカリオの話に耳を傾け、聞き役に撤していた。
 ルカリオは何気なく足元の小石を右の手で拾い上げる。
そして右手から青白いオーラがほとばしった瞬間、小石は凍てつき氷の粒となった。
「炎や電気に比べ冷気は発現が難しいといわれていた。
ゴーストや氷の体でもなければ誰しもが持つ熱は最も思い描くのは容易い。
電気ポケモンで無くとも、電気は微弱ながら大抵の生物の体内に流れている。
だが、冷気を生み出すというのは中々に想像しにくいものだ。
その冷気を兄弟の中で誰よりも早く、それも氷ポケモンではないというのに
一番初めに冷気をやってのけたのだから自他共に私の才能は認められていたよ。
 その私が習得に難儀し、正直に言えば今でもあまり得意ではないものがある。それは――」




 ルカリオの右手が赤いオーラを纏う。しかしそれは燃えきれなかった炭火のようにルカリオの黒い手の中に消えてしまった。
「最も容易いはずの炎。確かにイメージは簡単に出来る。
十分に熱のエネルギーも体内に生み出せているはずだ……。
チャーレム殿、少し火をいただけないだろうか? 我が身に向かって炎のパンチを繰り出してほしい」
 チャーレムは怪訝に思った。最初にミミロップとルカリオの二匹が手合せした時、
ルカリオは巧みにブレイズキックを繰り出していたはず。それに、自分が炎のパンチを繰り出してどうなるというのか。
「相分かった。ルカリオ殿の手並みならば心配は無用であろうが、万が一のために急所は外そう」
 真意を確かめるため、チャーレムは構えるルカリオに燃える拳を振り下ろす。
火球のごとき拳が叩きつけられようとした刹那、ルカリオは素早く見切ってチャーレムの懐へ潜り込み、
そのまま掌底を腹部へ押し当てた。
掌底を受けた途端、チャーレムは自分の気を吸われて取られたような感覚に襲われる。
直後の大きな音で我に返った時には、すぐ脇の岩がルカリオの燃え上がる脚に熱されて赤々と鈍く輝いていた。
じりじりとした熱気の中でチャーレムの背をヒヤリとしたものが伝う。
「先取り――のちょっとした応用だ。火種となるものさえあれば何とか気の発火は出来る。だが自力では無理だ」
 言いながらルカリオは足を下ろし、熱を振り払った。チャーレムも額に浮き出た汗を無言で拭う。
「一体、私に何が欠けているというのか――。しかし、さすがチャーレム殿の炎のパンチだ。
我が愚弟子のものとは桁違いの力を引き出せた。流派は違えど、いや、違うからこそ素直に敬意を表する。」
「光栄だ」
「今は愚弟子の面倒に付きっきりだが、暇を見付けまた手合せ願いたいものだ。奴は本当に手間が掛かる。
だが、愚……ミミロップの力は評価しているつもりだ。
我が教えの下で奴は私が最も苦手としている炎を発現させてみせた。
奴は何か私に足りないものを持っているようだ。正直な所、その点に関してだけは嫉みに近いものすら感じている。
だから奴には余計に厳しく当たってしまうのかもしれん。未熟だ、私は」




 高ぶる感情を振り切るようにミミロップは水場へと走った。
弱音は存分に吐きながらも、芯の方は折れることなくルカリオの教えに食い下がってきたミミロップだったが、
少しずつ蓄積された心身の疲れ、特に精神の疲れによって小さな軋みが生じていたのだった。
 澄んだ冷たい水を両手ですくい上げると、熱を冷ますように顔をばしゃばしゃと洗う。
水を滴らせながら、ふう、とミミロップは一息をついた。
そして、昔にルカリオの下から逃げ出した際も修業がこれくらいの段階だったかなとぼんやりと思い出す。
直情型の彼女にとって、教えのように心を清流のように澄まし静めさせているというのは、ひどくやり辛いものであった。
沸き起こる感情を無理矢理押し殺している内に、自分自身というものも少しずつ削れていっているような気がしてきて嫌だった。
 昔の自分はそれに耐え切れずに逃げ出してしまったが、今の自分はどうだろうか。
進化し、ミミロルだった時とは違う顔を水面に写し、悶々と思いに耽る。
 ――この姿になったのはピカチュウ達と初めてキッサキに行った時だっけ。
ほとんど勝手に洋館を出て来ちゃったけれど、みんなどうしているかなあ。そしてピカチュウは……。



 修業の妨げにならぬよう、なるべく仲間達のことは思い出さないようにしていたが、
一度考えてしまうと寂しさが溢れ返ってくる。
もう帰ってしまおうか。心細さが最高潮に達し、顔から伝い落ちた一滴の水が水面に波紋を作る。
日の光を反射し、波紋は幾つもの銀色の輪となって揺らめいた。じっとその様子を眺めていると、
ミミロップには一瞬それがざわめく九本の銀色の尾になって見えた。
『所詮、足手纏いの限界などその程度』
脳裏に涼しげな目で嘲笑う顔が浮かぶ。
 ミミロップは波紋を掻き消すように水面に両手を突っ込み、水をすくい上げてもう一度ばしゃばしゃと顔を洗い流した。
 ――きっとみんなも、あんな酷いこと言われたまま何もしないで過ごしているわけがない。
 ルカリオの所へ戻ろう。ミミロップは奮い立つ。修業に邪魔な感情は胸の奥へと強引に押し込んだ。
 戻る前に濡れた毛並みを乾かさないと。そう思い立ち、ミミロップは炎を灯そうといつものように手に気を集中させる。
しかし一向に炎は点かなかった。ミミロップは首を傾げる。
手が濡れているのがいけないんだろうかとも思ったが、
今まで多少手が濡れていても意識するまでもなく問題なく使えていたし、そんなことはまずありえない。
念のため一応、と手の水気を払ってからミミロップは何度も挑戦してみる。それでもやはり炎は出せなかった。
「なんで……?」
 愕然とし、思わず声が漏れた。当たり前にできていたことが突然できなくなってしまっていた。




 休憩から戻ってからというもの、ミミロップはより真剣に修業に取り組むようになっていた。
弱音も吐かず、手を抜く事もなく、課せられた鍛練を黙々とこなしていく。
突然の態度の変化をルカリオは妙に思いながらも、それを深く追究することはしなかった。
 絶え間ない努力の甲斐もあり、数週間の内にミミロップは目覚ましい進歩を遂げていた。
体の動きや技の切れは、並の格闘ポケモンと遜色ない程に成長し、
相手の放つ気を奪って逆に利用する術等も身につけた。
しかし、いくら努力しても炎はいまだ取り戻せないままだった。この事をミミロップはルカリオにも打ち明けていない。
初歩の初歩が出来なくなったなどと言えば、とうとう呆れ果てられて破門を宣告されるのではないかと恐れていた。

 ある日の昼下がり、ルカリオ達のもとに二匹の見知らぬポケモンが訪れる。
「ルカリオ様でいらっしゃいますか?」
 小柄で細身の宇宙人のような姿をしたそのポケモンの一匹が、指導に励むルカリオに恐る恐る声をかけた。
「いかにもそうだ。お前達は?」
 指導を中断し、ルカリオは二匹の方へと歩み寄る。
「ああ、失礼いたしました。私達はヤミラミ。鋼鉄島の地下で、
屑鉱石や宝石の粕を食みながらひっそりとそれは質素に暮らしております」
 濃紫色をした顔にどこか卑屈な笑顔を浮かべ、ポケモンはそう名乗った。



「それで、地下に住むお前達がこんな山頂付近にまで何用かな?」
「はい。ルカリオ様の武勇は我らが潜む暗い地下深くにまで轟いております。
そんな高名なあなた様に折り入ってお願いしたいことがあって参りました。
邪魔な、乱暴な地下のぬしを討っていただきたいのです」
 岩や鋼の表皮をもつ一部のポケモンにとって土や石、鉱石は自分の体を作るために必要な栄養となる。
一見、鋼や岩の体には見えないヤミラミ達も、宝石のような両目と胸の結晶を保たせるために石が必要なのだと言う。
鉱石は貴重な栄養源だが上質なものは数が少なく、草木のように簡単には生えてこないため、それを巡る争いは絶えない。
離島である鋼鉄島に住むポケモン達は争いで共倒れしてしまわぬよう、
昔から続く暗黙の了解でもって鉱石を分け合って暮らしていた。
 しかし、最近になって突如として、ぬしであるハガネールの態度が豹変したのだとヤミラミは話す。
皆の分の鉱石まで貪り食い、ヤミラミ達にまるで暴君のように振る舞っているというのだ。

「どうかお願いします。仲間達は飢えております」
 大きな頭を地に擦り付け、ヤミラミ達は切願した。
「理不尽な暴力に苦しむ者達を救うのも我が務めだ。行こう。どうか頭を上げてくれ」
「おお……ありがとうございます!」
 ルカリオの返答にヤミラミ達は飛び上がりそうなほど喜ぶ。
ミミロップとチャーレムに話そうと背を向けたルカリオの影で、ヤミラミ達はそっと顔を見合わせる。
口から覗く鋭い歯と、宝石の目が卑しくぎらついた。



 元は鉱山であった鋼鉄島の洞窟は、廃坑となった今でも修業に訪れるポケモントレーナーのために開放されている。
そのため、坑道内は事故が起こらないよう整備され、所々に控えめながら明かりが灯されていた。
ヤミラミ達は人目を避け、打ち捨てられてから人の手が入っていない脇道へとルカリオとチャーレムを案内した。
内部は暗く、地面も荒れているため人間が来る事はまずない。
 輝く目で暗闇を照らしながら進むヤミラミの後に続いて歩いている途中、一行は何匹かの現住ポケモンと出くわす。
イシツブテや、イワークなどその種類は様々であったが、一行を見ると皆一様に顔をひそめ、
遠巻きにひそひそと話したり、逃げるように避けていった。

「あまり歓迎されていないようだな」
 誰にと言うわけでもなくルカリオは呟いた。
「ここの連中は外の者には閉鎖的なんですよ。最近は、ぬしの件でより一層、排他的になりまして」
 ヤミラミの言葉に納得しきれなかったように、ふうん、とルカリオは小さく鼻を鳴らした。
そして不意にちらりと後ろを見やった後、また黙々とヤミラミについていく。

 その四匹を十メートル程後方からこっそりとつけるポケモンの姿があった。
お前では足手纏いになるとルカリオに言われ、外で待つように言い付けられていたはずのミミロップだ。
暗い坑道の先にぼんやりと見えるヤミラミの目の光と、一行の足音と、拙いながらも波導を頼りに、
時には地面の出っ張りにつまづきそうになりながらもミミロップは一行を追っていく。
 足手纏い。今のミミロップにとって、最も被りたくない、返上したい汚名だった。




「ぬしはこの先です」
 壁に掘られた巨大な穴を指し、ヤミラミは言う。
岩に何か特殊な鉱石が含まれているのか、穴の内壁は所々がうっすらと発光していた。
奥に行くほど含まれている量がより多いらしく、先の方は一段と明るくなっている。
「あの輝きは?」
 光を放つ箇所から強い波導を感じ、ルカリオは尋ねる。
「光の石と呼ばれる不思議な力を持つ石によるもので、害はありません。むしろ、食べるととても美味しい」
 ヤミラミの一匹は鋭い爪で光る壁の一部を削り採ると、まるで飴玉を齧るようにばりばりと食べてみせた。
お一つどうです、と差し出された一塊をルカリオは結構だと断る。
ヤミラミは残念そうな素振りを見せ、自ら石をたいらげた。
「深くに有るものほど純度が高く良質です。ぬしは奥で最上の鉱脈を独り占めしているんですよ。ひどい話でしょう」

 純度の高い石に近づいていくにつれ、他が発する波動を読み取るルカリオの鋭い感覚は
強い反応に包まれ、強烈な匂いが漂うと別の匂いを嗅ぎ分けるのが困難なように、
あるいは眩しい光の中では周囲が見づらくなるように、生物を探知し判別する力を鈍らせた。

 最奥部は、ほぼ全体が純粋な光の石の結晶で覆われていた。
その中央に、白く美しい石の輝きに包まれた空間には似付かわしくない、
くすんだ銀色をした大きな鉄の塊が山のように積まれている。
それを見るやいなや、ヤミラミ達はルカリオとチャーレムの背後に逃げ隠れた。
「あれが、そうです。私達は後ろの方にいますので、後はよろしくお願いします」
 ぎちぎちと擦れ合いながら、ひとりでに鉄の塊達が列をなして動く。
ただの鉄塊の山に見えたそれは、とぐろを巻いた鉄の蛇だった。
 鉄の蛇はシャベルのようにしゃくれた頑強そうな顎を開き、
地鳴りのような豪快なあくびを一つして、ゆっくりととぐろを解いた。



 小さな建物ならば、ぐるりと巻き付き簡単に締め上げて押し潰してしまいそうな圧倒的な鋼鉄の巨体の前に、
臆する事なくルカリオは進み出た。
「私はルカリオ。鋼鉄島のぬしであらせられるハガネール様とお見受けする」
 ルカリオは敬意を払って、ハガネールに接する。年を経た老蛇の顔と体はひどくごつごつとして厳つく、
いかにも恐ろしげだったが、その眼は確かな気高い光を湛えている。
ヤミラミ達が言っていたような、独り善がりな暴君にはとても見えなかった。

「おお、そなたが噂に名高い波導の使い手か。よくぞ参られた。
いかにも、儂がハガネール。鋼鉄島の地下の長だ」
 ぎいぎいと金属の軋む音と共に重々しく響く威厳のある声でハガネールは答えた。
 辺りを覆う石のせいで波導をはっきりと感じ取れない今、
悪意を抱いていたとしても読み取ることはできないが、
それでもルカリオはハガネールが他を暴力で虐げるような輩には思えない。

 やはり何かおかしい。ルカリオはヤミラミへの不信感を強めていく。
上でヤミラミ達に感じた悪意は、ハガネールへの憎悪によるものだと思っていたが、どうも違うのかもしれない。



「して、どのような用件でそなた達は参られたのだ?」
 ハガネールが問い掛ける。
「この者達への待遇についてお聞きしたい」
 背後を手で示し、ルカリオは言った。

 ハガネールは首を傾げる。
「この者達、と言われても、そなた達二匹の他に誰もおらんではないか」
 ルカリオとチャーレムが振り返ってみると、背後に居るはずのヤミラミ達は姿を消していた。

「先程までは確かに――」
 ルカリオが、訝るハガネールの方に目を戻したその瞬間、
天井からヤミラミ達が降り立ってハガネールの顔面へ取り付く。
「――!」
 不意打ちに驚愕し見開いたハガネールの目を狙い、ヤミラミ達は爪を振り下ろした。
寸での所でハガネールは首を大きく揺らして逸らし、頬と額に少し傷を負っただけに済ませる。
そしてヤミラミ達をそのまま振り払って地に叩きつけ、尾で薙払って跳ね飛ばした。

「貴様ら、ヤミラミ共と手を組んでいたか! 自分達に気を向けさせての不意打ちとはなんと卑劣な!」
 猛る怒りに洞窟がびりびりと揺らぐ。
「違う! これは――」
 問答無用とばかりにハガネールは咆哮を上げ、牙を剥いた。



巨大な口に並ぶ、岩石を木の実のように磨り潰す平たい牙の合間からは、
怒気に熱せられた蒸気が噴火寸前の火口のごとくもうもうと立ち上っていた。
漏れ出る蒸気が、不意にハガネールの喉の奥へゆっくりと大きく吸い込まれていく。
 何か仕掛けてくる。ルカリオは直感した。
「チャーレム殿、私が食い止めている隙にヤミラミ達をひとまず安全な場所へ」
「承知した」
 地に横たわるヤミラミ達にチャーレムは走りよっていく。
ハガネールは逃すまいとして、その背に目がけて凄まじい勢いの高熱の吐息を噴き出した。
ルカリオは間に割って入り、激流のごとき息吹を一身に受ける。
 厳しい鍛練と波導の力により鋼の硬度を誇るルカリオの肉体は、
吹き飛ばされることなくその強烈な流れを塞き止めてみせた。
ぐったりとしたヤミラミ達を掴み上げ、チャーレムは出口へと駆けていく。
 防がれたことでハガネールはより一層激昂し、息吹の勢いを強める。
ルカリオの体は、突き出した手先から徐々に焼け付いていった。
 ハガネールを恐れ、後ろに逃げ隠れていたはずのヤミラミが、
なぜ突然不意打ちなどという思い切った行動に出たのか。
腕が痺れるような感覚に蝕まれていく中で、ルカリオは考えを巡らせる。
恐慌にかられた上での行動だとしても目を狙った攻撃は的確で、
真相をハガネールに確かめることを阻むようなタイミングだったのは偶然にしてはあまりに出来すぎている。
 だが、当のヤミラミは倒れ、ハガネールは言葉が届かぬ程に怒りに支配されてしまっている今、
真意を確かめて穏便に事を解決する術はない。
 ――已む無し、か。
 麻痺が体まで到達しかけた寸前で息吹を振り払い、ルカリオは迎撃する覚悟を決める。



 背後からルカリオとハガネールが激しく争う音が響く中、
ヤミラミ二匹を両脇に抱え、チャーレムは光の石の地帯を駆け抜けた。
早くルカリオの援護に戻らなければ。チャーレムの気は逸る。
 薄暗い坑道まで戻り、ここならばとりあえず安全だろうと判断し、チャーレムはヤミラミ達を降ろした。
「まったく。我等に任せておけばいいものを、余計な手出しをして事を荒立ておってからに」
 ヤミラミの一匹を壁に寄り掛からせながら、煩わしげにチャーレムは呟いた。
朦朧としているのか、ヤミラミは力無く壁にもたれ、苦しそうに呻いている。
 ふう、とチャーレムは仕方なさそうにため息をつく。
連なった鉄球のような尾を豪快に叩きつけられたのだ、相当な痛手を負ってしまったはず。
置いたらすぐにルカリオの助太刀に戻るつもりだったが、
ヤミラミの姿に情けを感じ、少し手当てをしてやろうとチャーレムはヤミラミの負傷個所を調べた。
しかし、いくら診てもヤミラミの体には、かすり傷一つありはしない。
 確かに跳ね飛ばされていたはずなのに――不審に思うと同時に、背後からの殺気。
反応しきる前に、鈍い衝撃がチャーレムの後頭部に走った。
「ぐ、貴様――」
 チャーレムは襲撃者に応戦しようとするも、ぐらりと頭が揺れ、そのまま崩れるように地に伏した。

 壁にもたれていたヤミラミは顔を上げ、ちらりとチャーレムを見やった。
倒れたまま動かないことを確認すると、ひょいと軽く起き上がり、
襲撃者――もう一匹のヤミラミに駆け寄る。
「ギヒヒ、一時はどうなることかと思ったけど、何とかうまくいったね」
「ああ、兄弟。後はハガネールとルカリオが潰し合って疲弊しきるのをゆっくり待つだけだな」
 にやりと笑いあい、ヤミラミ達はハイタッチした。

「待ちなさいッ!」
 坑道に突如響き渡る声。
「誰だッ!?」
 驚いてヤミラミ達が振り替えった先には、拳を構えるミミロップの姿があった。



「これは、ルカリオ様のお弟子さんではありませんか。
留守を言い付けられていたはずのあなたが、どうしてここに?」
 少々予想外の出来事に焦りつつも、ヤミラミは言った。
どこから見られていたかわからないが、チャーレムへの攻撃は暗い中での一瞬だったし、交わした会話は小さく、
まだ誤魔化して言い包める事ができるかもしれないと可能性を模索する。
「チャーレム様が大変なのです。自身もハガネールめに深い傷を負わされながらも、我々をここまで逃がし――」
「すっとぼけるんじゃあないわ。あんた達のやった事は全部見ていた。
一体どういうつもり? どうせろくでもない事に決まっているんでしょうけど」
 数分前、ルカリオ達が入っていった光の石で煌めく大穴の外から、中を窺っていたミミロップだったが、
奥からヤミラミを抱えてチャーレムが戻ってくることに気付き、慌てて身を潜めて、その様子を見ていたのだ。
闇の中でもヤミラミの動きと漏れだす悪意ある波導は、ミミロップにも感じ取れた。
その卑劣さ、姑息さに沸き立つ怒りを抑え、戦闘態勢を崩さぬままミミロップはゆっくりと詰め寄っていく。
「全部話してもらいましょうか。そして師匠とハガネールの戦いを止めに行かなきゃね」
 チッと毒づき、ヤミラミはもう一匹へと目配せする。こくり、ともう一匹は小さく頷いた。
見たところ、ミミロップの姿はそれほど強そうには見えない。
完全な不意打ちで無くとも、簡単に始末できるだろうとヤミラミは踏んだ。
 ヤミラミ達は音もなく同時に鋭い爪を振り上げてミミロップへと飛び掛かる。
 ――それ来た。
 慌てふためく事なく、ミミロップは冷静に二匹の攻撃をかわす。
そしてすれ違いざまに一匹の腹部に拳で鋭い一撃を叩き込んだ。だが、その感触にミミロップは違和感を覚える。
まるで宙に浮かぶ大きな埃の塊を殴り付けたような妙な手応えだった。



 殴り飛ばされヤミラミは地を転げ倒れる。しかし、何事もなかったかのようにすぐにヤミラミは起き上がった。
「ヘヘ、びっくりしたけど全然痛くないや。やっぱりこいつ大したことないよ、アニキ」
 殴られたヤミラミはけろりとして兄貴分らしいもう一匹に言う。
「ああ。だがもうヘマはするなよな、兄弟」
「わかってるよ。まぐれでかわされたりなんて、もうしないさ」
 そう言葉を交わすと、二匹はそっと闇に紛れて再び攻撃する機会を窺う。

 拳は確実に奴の体を捉えられたはずなのに何故。手応えをミミロップは頭の中で何度も反芻しながら考えた。
奴らの体はそれ程までに耐久力が高いのか、はたまた寸前でうまく防がれて威力を削がれたのか。
それでも、全くの無傷というのはおかしい。打撃が全く意味を為さない相手――
ずっと前にもこんな輩と戦ったことがあったのではないかと、ミミロップの脳裏を微かな記憶が掠めた。

 答えが出切る前に、ヤミラミ達が再度の同時攻撃を仕掛けてくるのを、
ミミロップはヤミラミ達の一瞬の目の輝きと波導の流れで察知する。
上から飛び掛かる一匹をいなし、半歩遅れて駆けてきたもう一匹の足を蹴りつけて体勢を崩させた。
すかさずミミロップは隙だらけのヤミラミの後頭部の付け根辺りへと拳を振り下ろす。
もはや、かわすことも、防ぐことも出来ないであろう強烈な一撃。
ところが、またしてもミミロップに返ってきた手応えはどこか不明瞭なものだった。
ヤミラミは、やはり打撃をものともせずに起き上がり、追撃を逃れようと爪を振り回して暴れだしたため、
仕方なくミミロップは間合いを離す。



 だが、これでミミロップは以前にも戦った似た相手の記憶をはっきりと思い出し、確信した。
 ――こいつら、ゴーストなんだ!
 ああ、どうしてこんな簡単なことをすぐに気付かなかったのか。
もっとゲンガー達や、マージちゃんのように、ふわふわとぼんやり浮かんでいたりしていればすぐに分かったのに!
 他のゴーストに比べて密度が濃いのか、それとも鉱石を食べている影響なのか、
少しばかり実体からの干渉を受けやすいようだが、それでも霧が水面に変わった程度の差でしかない。
手で無闇に掻き混ぜたところで、あまり意味はない。
最も効果的な霊や悪の力を使えないミミロップが対抗するには、
以前に洋館でゴーストと戦った時のように拳に炎を纏わせて殴り付けるのが一番手っ取り早いのだが――。



 ――ダメね、やっぱり点かない。
 何度試しても、依然として拳は燃え上がらない。それでもミミロップは、
焦りや動揺を悟られぬ様に心を静めて毅然と構え、他の手立てがないかを考えた。

「大丈夫かい、アニキ!」
 弟分のヤミラミは体の結晶から煌めく光弾を放ってミミロップを牽制し、
兄貴分へと素早く駆け寄って肩を貸す。
「ああ、転んだだけだ。どうということはないさ、兄弟」
「それにしても、アニキまでしくじるなんて……。なんて運がいい奴なんだろう」
「いいか、兄弟。二度だ。二匹がかりで仕掛けて二度もしくじった。
これは奴の運が良くて外れたんじゃあない。実力で外されたんだと認めざるを得ない。とんだ計算ミスだ」

「うう、じゃあどうするんだい。アニキ」
 まごついた様子で、弟分は言う。
兄貴分は、じっと隙を見せることなく身構えているミミロップを見やった。
そして、宥めるように兄貴分はそっと弟分に言い聞かせる。
「よおく奴を見ろ。冷静沈着を装ってはいるが、師匠の言い付けを破ってまでこっそりとついてくる辺り、
反骨精神に溢れた、本当は気の強い感情をあらわにするタイプと見た……!
 こちらから攻めてはいつまでも冷静に捌かれる。ならば、あちらから来させればいい。
言葉でなじってやれば、巣をつつかれ怒ったスピアーのごとく、
隙だらけで愚直に向かってくるだろうさ。そこを仕留めるんだ。後出しで冷静、確実に」
「う、うん……アニキを信じるよ。でも、そんなにいい悪口があるのかい?」
 任せろ。兄貴分のヤミラミは厭わしい笑みを浮かべた。



 光弾による攻撃以降、ヤミラミ達はミミロップから距離を離してひそひそと話すばかりで、
一向に次の手を仕掛けてこようとはしない。
 坑道の奥からは、まるで巨大な削岩機が目茶苦茶に暴れ回っているような荒々しい音が、軽い振動と共に時折轟く。
 早くこいつらを倒して、止めに行かなきゃいけないのに。ミミロップは気ばかりが焦る。
「どうした、弟子のお嬢ちゃん。師匠に習ったのは守り方だけで、攻め方は知らないのか」
 そんな中、ヤミラミの一匹が出し抜けにミミロップへ声を掛けてくる。
「それとも、お嬢ちゃんの弱々しい力じゃあタフな俺達に攻撃が通用しないと知って、怯え竦んでしまったのかな」
 それは今までの卑屈めいた丁寧な物言いからは一変した、高圧的で他を小馬鹿にしたものだった。
 ミミロップの心の中に、あの憎たらしい輝きがちらつく。冷静さは少しずつ欠け、ヒビが入り始めていた。
「なめないでよね。タネはとっくに割れてんの。あんたら、ゴーストなんでしょ。
なーにがタフよ。ロゼリアちゃん並に貧弱な体しちゃってさ」
 飛び出したい衝動を堪え、代わりにミミロップはそう言い返す。
 返ってきた手応えに、闇に光る目がより一層卑しくぎらつく。大きく裂けた口元が弧を描いた。
「ほほう。では、何故それに気付いていながら、かかってこれないのかな。
……分かったぞ。気付いたところで、幽体への対抗策が何も無いんだろう」
 何気ない言葉のつもりが、対抗する手段が無いことを悟られてしまった。
つい動揺し、ミミロップは言葉を詰まらせる。
「図星か。自分にだって何かできると勇んで付いて来たんだろう。だが、結局足手纏いだったな!」
 そう言い放ち、ヤミラミは嘲笑した。
 ――足手纏い……!
 ミミロップの心の中に再び、今度ははっきりと白銀の尾が騒めいた。
ぴしり、と音を立て、何かに大きなヒビが入った気がした。