今井登志喜著『歴史学研究法』東大出版より
内的批判

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史料をどの程度信じるべきか、どの程度の証拠力があるかを検討する。同一事実に対して直接証人の証言が矛盾していることは少なくない。証人は真実を述べることができたのか、真実を述べる意志があったのか、この二点においての評価が必要である。 史料の信頼性が損ねられる例は多々ある。その原因には、大きく分けて「錯誤」と「虚偽」がある。

〔錯誤の例〕
         1.感覚的な錯誤

         2.総合判断の際の先入観や感情による錯誤

         3.記憶を再現する際に感情的要素が働いて誇大美化が起きるような例

         4.言語表現が不適切で証言がそのまま他人に理解されない例

 直接の観察者でも、錯誤が入ることはよくある。ましてや証言者がその事件を伝聞した人である場合、誤解・補足・独自の解釈等によって、さらに錯誤が入る機会は多い。ことに噂話のように非常に多数の人を経由する証言は、その間にさらに群集心理が働いて、感情的になり、錯誤はますます増える。

〔虚偽の例〕
        1.自分あるいは自分の団体の利害に基づく虚偽

      2、.憎悪心・嫉妬心・虚栄心・好奇心から出る虚偽

      3.公然あるいは暗黙の強制に屈服したための虚偽

        4.倫理的・美的感情から、事実を教訓的にまたは芸術的に述べる虚偽

      5.病的変態的な虚偽

        6.沈黙が一種の虚偽であることもある

このように、言語史料には錯誤・虚偽が入る機会が多い。

事件の当事者の報告はその事件を最もよく把握している人の証言だという意味では最も価値がある。しかし一方、当事者はそのことに最も大きな関心を持っているために、時として利害関係虚栄心などから、真実を隠す傾向がある。この点においては、第三者の証言の方が信頼性が高くなる。錯誤はなくても虚偽が入るのだ。

すべての証言において、その作者の人物を考慮することは、その史料の信頼性を考える上で、重要な標準となる。

言語史料を「音声」と「文字」に大別して考える。

「音声」史料の場合、時間的人間的に、間接の度が増して、広がるほど遠くなるほど、信頼性が落ちる。伝説はその典型である。一般に、長く伝わる間に、1誇大・美化・理想化、2集中、3混合、などが起きる傾向がある。現在文献化している音声史料でも、かつて相当の期間口伝的だったものは、こういう性質を持つ。

「文字」史料の場合、公私の往復文書、宣言書、演説、新聞雑誌の記事、日記、覚書、回想録、系図、歴史書、年代記、伝記その他、種々の種類に分類して、大体その性質を考察した上で、さらにその史料の一つ一つを吟味する。特に、利害関係を持つ内容、宣伝的性質を持つ内容、道徳的・芸術的効果を目的とする内容等については、事実の歪曲を予想するべきである。

最後に、歴史認識に達するための総合作業がある。

**なお後半は、日本史中世の、武田信玄が小笠原長時を信州塩尻峠に撃破した戦を実例に、古文書・日記・寺院記録・家記・物語・歴史書とされていたものなど、8種類の文献を使っての、実践的解説となっている。