| 石筵〜母成峠 石筵本道・街道跡? (1) |
| 江戸時代末期、西軍(薩長土肥)が会津に攻め入ったルートは母成峠を経由する街道であった。当時、福島県中通りから会津に入る街道は、中山峠を通る二本松街道(二本松からみれば会津街道?)であった。しかし西軍は、メインの中山峠経由ルートではなく、母成峠経由のマイナー〜裏ルートを通り攻め入ってきた。 この裏ルートの街道名が・・・解らない。白虎隊関連の冊子では、“母成峠(石筵口)”とあるだけである。ネット検索していると、比較的しっかりした文献に元づいた、正確そうなブログ 風のシンさん&歴史街道さんに、“石筵本道”の記載があったので、当HPでも その名前を採用する。 (石筵本道とは、無論 中山峠ルートを含めた二本松街道の本道の意味ではない。石筵〜母成峠への間道を含めたルート群の中では、本道であると言う意味だろう。) 私は、“母成峠〜(旧)石筵登山口”間の 地図上の点線は 石筵本道の街道跡だろうと推測している。 |
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峠口、 1.3h、 6/08、雨曇 |
道型・踏跡はあるが、 ヤブで不明部もあり。 レンゲツツジが励ましてくれた。 |
道路地図(マピオン) 1/2.5万 地図:安達太良山、玉井、中ノ沢 山・高原地図:11 磐梯・吾妻 |
ルート 図 |
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笹ヤブを数m進むと、 良いじゃん、良いじゃん。しっかりした道じゃん。 |
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少し進むと、、 真っ直ぐにも涸沢が 続いているが、右に山腹を 巻いていく踏跡もあった。 その踏跡も比較的強い。 地形図の点線は、ここで 右へ曲がり、山腹を水平に 進むはずだ。 右の踏跡を進んだ。 |
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予想以上にしっかりした道だ。街道跡の雰囲気十分! |
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だが・・・少し進むと、 道型は、はっきり解るが、 笹等のヤブになりつつあった。 |
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藪なんですが、道型は解ります。道型は解りますが、藪なんです。 でも、若葉が すがすがしい! |
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踏跡は徐々に弱くなってくる。 小さな枝沢を横切る。(ルート図の“草原”の上の川) ルート(街道跡?)部には、半径50cm鉄のU字管(写真左下)があり、道が崩されるのを防いてあった。 右上流は水溜り様だった。 (=水流量は少ない。) |
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道型・踏跡がだんだん怪しくなってきた。 街道跡〜踏跡か? 沢源頭部の涸沢か? 喬木が土を保っている土塁か? 判断困難な状況になりつつあるが、もう少しは進んでみよう。 |