石筵〜母成峠 石筵本道・街道跡? (1)

H25.06.08(曇)
先々週、新・石筵登山口から船明神山へ登った際、(国土地理院の地図で)
母成峠〜(旧)石筵登山口に続く点線が気になったが、確認できなかった。

今年は平年より7〜10日早く梅雨入りした。ここ1週間ずっと梅雨空だ。
高い所に行く気にはならない。気になっていた所を確認しに行こう!

江戸時代末期、西軍(薩長土肥)が会津に攻め入ったルートは母成峠を経由する街道であった。当時、福島県中通りから会津に入る街道は、中山峠を通る二本松街道(二本松からみれば会津街道?)であった。しかし西軍は、メインの中山峠経由ルートではなく、母成峠経由のマイナー〜裏ルートを通り攻め入ってきた。

この裏ルートの街道名が・・・解らない。白虎隊関連の冊子では、“母成峠(石筵口)”とあるだけである。ネット検索していると、比較的しっかりした文献に元づいた、正確そうなブログ 風のシンさん&歴史街道さんに、“石筵本道”の記載があったので、当HPでも その名前を採用する。

(石筵本道とは、無論 中山峠ルートを含めた二本松街道の本道の意味ではない。石筵〜母成峠への間道を含めたルート群の中では、本道であると言う意味だろう。)

私は、“母成峠〜(旧)石筵登山口”間の 地図上の点線は 石筵本道の街道跡だろうと推測している。


▲△
峠口、
 1.3h、
6/08、
道型・踏跡はあるが、
ヤブで不明部もあり。
レンゲツツジが励ましてくれた。
道路地図(マピオン)
1/2.5万 地図:安達太良山、玉井、中ノ沢
山・高原地図:11 磐梯・吾妻
ルート


 母成峠のすぐ下の右カーブに
 推定石筵本道入口がある。

 駐車スペースは4〜5台だ。

 (駐車スペースから見ると)
 立派な遊歩道がありそうに見えた。

 朝まで雨だった。枝の雨露で足が濡れそうだ。スパッツ、合羽のズボンを履いた。合羽の上も着ると、暑くなりそうなので、上着は着なかった。

 a.m.11:37 歩行開始


だが、入口から たった5m程の所に、
 進入禁止の道標があった。

 その8m程先は笹薮で、
 幅30cm程の踏跡となった。

笹ヤブを数m進むと、
 良いじゃん、良いじゃん。
 しっかりした道じゃん。


 少し進むと、

 真っ直ぐにも涸沢が
 続いているが、右に山腹を
 巻いていく踏跡もあった。

 その踏跡も比較的強い。

 地形図の点線は、ここで
 右へ曲がり、山腹を水平に
 進むはずだ。

 右の踏跡を進んだ。

予想以上にしっかりした道だ。

街道跡の雰囲気十分!

だが・・・
少し進むと、

道型は、はっきり解るが、
笹等のヤブになりつつあった。


藪なんですが、道型は解ります。
道型は解りますが、藪なんです。

でも、若葉が すがすがしい!

踏跡は徐々に弱くなってくる。

小さな枝沢を横切る。
(ルート図の“草原”の上の川)
ルート(街道跡?)部には、半径50cm鉄のU字管(写真左下)があり、道が崩されるのを防いてあった。

右上流は水溜り様だった。
(=水流量は少ない。)

道型・踏跡がだんだん怪しくなってきた。
街道跡〜踏跡か? 沢源頭部の涸沢か? 喬木が土を保っている土塁か?
判断困難な状況になりつつあるが、もう少しは進んでみよう。



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