八称宜山(420m)・京路山(414.8m)
五十鈴川の上流、高麗広を訪ねて

<2007年11月25日晴れ> 落王
 親戚のある三重県で用事があったため、三連休は山へ行けないと思っていた。凄い好天に恵まれたので我慢できず散策の許可を得る。最初は堀坂山周辺を漠然と予定したが、前々から行ってみたかった伊勢内宮より五十鈴川上流へ向かってみた。

 剣峠。椿峠とも呼ばれる。標高は約330m。県道12号が通るこの峠道は五ヶ所街道とも言う。伊勢市宇治今在家町と南勢町切原の境に位置し、伊勢神宮に参る信仰の道でもあり生活の道であった。昔は峠に茶屋もあったという。この峠道は明治23年に開通。それまでの南勢・伊勢間は遥か北に位置する竜ヶ峠(伊勢市宇治今在家町と矢持町との境)が主要道だった。宮本武蔵も内宮から竜ヶ峠を登り鷲嶺山(袴腰山)で修行したしたと伝えられる。ちなみに剣峠には佐々木小次郎が峠にある小さな池で剣を洗ったことから名が付いたとする説があるが史実でない。史実ではなくても人々に語られたと言うの歴史は真実。それが面白い。剣峠というのは若い荒神が天から舞いおりてきて剣を岩に突き立てて霧とともに消えさったからだと、作家で詩人でもある足立巻一は記している。峠には野口雨情の詩碑などもある。
 宮本武蔵が伊勢の山で修行している話を小説か何かで読んだ気がするが、それがこういう山並みの何処かだと思って眺めてみた。
 矢持町の方には平家伝説もあって、古くから使われていた道。剣峠は時代的に新しい方だ。


峠には野口雨情の碑と佐々木小次郎伝説の小さな池。

登山口という案内を見て登っていく。乾燥した地面の道だ。

あと350mの看板を過ぎ、暫くすると展望の良い場所に出た。



そして少し進めば早くも山頂。山名板もなく寂しい感じだ。

景色を少し眺めた後、今来た道を戻って再び剣峠へ。

峠から八祢宜山と反対側に京路山が。歩きやすい道を登る。すぐに展望できる岩場があった。

南勢町方面を再び見下ろす。

雌岩と雄岩。今度は伊勢方面を眺めるが高さで足がすくんでしまう(^^;)。

この谷が五十鈴川の源流。神々の山を意識しながら歩く。不思議!岩から木が生長していた。

 普通の登山で訪れる山とは違って道標が少ない。山頂を現すような山名板も無いので、どこか分からないまま単調な尾根歩きが続く。この京路山は何度かアップダウンを繰り返すので余計に山頂が分かりづらい。

 
ここが山頂?そう考えてもその先にまた峰がある。眩しい光が差し込むと・・・・。

彼が遠くの海を眺めていた。

振り返れば八祢宜山の美しい姿が見えている。

剣峠へ戻り、1台分の車幅しかない細い曲がりくねった坂道を下っていく。五十鈴川源流へ降り立った。

一気に身体中が浄化されそうな美しい世界。その輝きが貴方へも届きますように。

暫く車で下って高麗広の公民館へ駐車。その近くから川へ向かう道を見つけた。

下流方面(左)、飛び石の橋、上流方面(右)

美しい流れを眺めながら右岸を進んでいく。今日は誰も通らない(!?)秘密の道。

静かな流れ、小さな滝、蔓の芸術作品。

茶畑のような所を抜けて川を右岸に渡る。再び車道を歩いていく。

本当に素朴で美しい里だと言える。

鮮やかな紅葉に車を止めて撮影する人の姿も。

この紅葉を眺めながら川でお昼を食べることにした。





赤い星が重なって屋根となり、キラキラと輝く。

紅葉に負けないくらいの赤い顔でくつろぐスパイダーマン

 これだけの美しさを独り占めしても良いのだろうか?昼食していても紅葉を眺めてばかりでなかなかご飯が喉を通らない。美味しすぎる!



 観光地ではないけれど、ここは何か人を惹きつける空間であった。またいつか再訪したい。


帰り、湧き水を汲んで帰る。ペットボトル1本だけだったので順番を譲ってもらった。感謝!

帰り道、伊勢神宮は大いに賑わっていた。飯南高校前の大きな楓を眺め、飯高では香肌で「槍」のシルエット。

 何だか山歩きよりも五十鈴川上流の紅葉観賞の方が多かった気がする。自然の中に実を置ける時間が贅沢であった。


最初、登る予定にしていた松阪市の山並み