芭蕉発句集
◆
あ行(あ)
・ あかあかと日はつれたくも秋の風
・ 萩風に折れて悲しき桑の杖
・ 秋風や藪も畠も不破の関
・ 秋涼し手ごとにむけや瓜茄子
・ 秋近き心の寄りや四畳
・ 秋十年却つて江戸を指す古郷
・ 秋の日の雨江戸に指折らん大井川千里
・ 研秋の夜を打ち崩Lたる蝸かな
・ 秋深き隣は何をする人ぞ
・ あけぼのや白魚しろきこと一寸
・ 朝顔や昼は鎖おろす門の垣
・ 竃朝露によごれて涼し瓜の泥
・ 紫陽花や藪を小庭の別座敷
・ 洲足駄はく僧も見えたり花の雨万菊
・ 暑き目を海に入れたり最上川
・ あつみ山や吹浦かけて夕涼み
・ あの中に蒔絵書きたし宿の月
・ 海士の顔まづ見らるるや芥子の花
・ 海士の屋は小海老にまじるい士ど哉
・ 蟹の家や戸板を敷きて夕涼み低耳
・ 雨に寝て竹起きかへる月見かな(曾良)
・ あやめ草足に結ばん草軽の緒
・ 荒海や佐渡によこたふ天の河
・ 郷嵐山藪の茂りや風の筋
・ あらたふと青葉若葉の日の光
・ あら何とも次やきのふは過ぎてふくと汁
・ 籔聞くやこの身はもとの古柏
・ 有明けも三十目にちかし餅の音
・ ありがたや雪をかをらす南谷
(い)
・ 家はみな杖に白髪の墓参り
・ いざ子ども売りありかん玉霞
・ いざともに穂麦喰はん草枕
・ いざ行かん雪見にころぶところまで
・ 十六夜もまだ更科の郡かな
・ 石山の石より白あし秋の風
・ 市人よこの笠売らう雪の笠
・ 稲妻にさとらぬ人の貴さよ
・ 命たりわづかの笠の下涼み
・ 命二つの中に生きたる桜かな
・ 芋洗ふ女西行ならぱ歌よまん
・ いも植ゑて門は葎の若葉かな
・ 芋の葉や月待つ里の焼畑
・ 岩麟甥染むる涙やほととぎす
(う)
・ うかれける人や初瀬の山桜
・ 憂き筋や竹の子とたる人の果て
・ 憂き我をさびしがらせよ閑古鳥
・ 鶯や餅に糞する縁の先
・ 牛部屋に蚊の声くらき残暑かな
・
卯の花に兼房みゆる白髪かな
・
姥桜咲くや老後の思ひ出
・
馬に寝て残夢月遠し茶の煙
・
馬をさへながむる雪の朝かな
・
海暮れて鴨の声ほのかに白し
・
梅が香にのつと日の出る山路かな
・
梅恋ひて卯の花拝む涙かな
・
梅白し昨日や鶴を盗まれし
・
梅の木になほ宿り木や梅の花
・
梅柳さぞ若衆かな女かな
・
梅着菜まりこの宿のとろろ汁
(え)
・
艶なる奴今様花に弄斎す
(お)
・
笈も太刀も五月にかざれ紙幟
・
扇にて酒くむ陰や散る桜
・
起きあがる菊ほのかなり水のあと
・ 送られつ別れつ果ては木曾の秋
・ 御子良子の一もとゆかし梅の花
・ 衰ひや歯に食ひあてし海苔の砂
・ 悌や嬢ひとり粒く月の友
・ 面白うてやがて悲しき鵜舟かな
・ 阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍
◆
か行
・
杜若語るも旅のひとつ哉
・
杜若似たりや似たり水の影
・
懸橋やいのちをからむ蔦葛
・
懸橋やまづ思ひいづ駒迦へ
・
皇笠島はいづこ五月のぬかり道
・
樫の木の花にかまはぬ姿かな
・
数ならぬ身とな思ひそ魂祭り
・
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
・
歩行ならば杖突坂を落馬かな
・
かぴたんもつくばはせげり君が春
・
神垣や思ひもかげず渥薬像
・
辛崎の松は花より簾にて
・
から鮭も空也の痩も寒の内
・
刈りかけし田面の鶴や里の秋
・
刈りこみし麦の匂ひや宿
・
枯枝に烏のとまりたるや秋の暮
・
枯芝やややかげろふの一二寸
・
川風や薄柿着たる夕涼み
・
香を探る梅に蔵見る軒端かな
・
寒菊や粉糠のかかる臼の端
・
元日は田ごとの日こそ恋しげれ
・
観音の莞見やりつ花の雲
・
灌仏の日に生まれあふ鹿の子かな
・
壬菊の香や奈良には古き仏達
・
菊の香や奈良は幾代の男ぶり
・
畠象潟や雨に西施が合歓の花
・
木曾の橡浮世の人の土産かな
・
木啄も庵はやぶらず夏木立
・
きてもみよ甚兵が羽織花衣
・
砧打ちて我に聞かせよや坊が妻
・
木のもとに汁も鱠(なます)も桜かな
・
君火を焚けよき物見せん雪まるげ
・
狂句木枯しの身は竹斎に似たる哉
・
京にても京たつかしやほととぎす
・
けふばかり人も年よれ初時雨
・
京まではまだ半空や雪の雲
・
今日よりや書付消さん笠の露
・
溝滝や波に散り込む青松葉
・
溝滝や波に塵なき夏の月
・
霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き
・
桐の木に鶉鳴くなる塀の内
・
金解の松の古さよ冬籠り
・
草の戸も住み替る代ぞ雛の家
・
草枕犬も時雨るるか夜の声
・
草臥て宿借るころや藤の花
・
雲とへだつ友かや雁の生き別れ
・
雲の峰幾つ崩れて月の山
・
鞍壷に小坊主乗るや大根引き
・
実にや月問口千金の通り町
・
氷苦く堰鼠が喉をうるほせり
・
木枯らしに岩吹きとがる杉問かな
・
この秋は何で年よる雲に鳥
・
このあたり目に見ゆるものは皆涼し
・
この梅に牛も初音と鳴きつべし
・
この松の実生えせし代や神の秋
・
この道や行く人友しに秋の暮
・
この山のかなしさ告げよ野老掘
・
小萩散れますほの小貝小杯
・
御廟年経て忍は何を忍草
・
薦を着て護人います花の春
・
◆
さ行
・ 盛りぢや花にそぞろ浮法師ぬめり妻
・
桜狩り奇特や日々に五里六里
・
桜より松は二木を三月越し
・
酒のみに語らんかかる滝の花
・
酒飲めばいとど寝られぬ夜の雪
・
早苗とる手もとや昔Lのぶ摺
・ さまざまのこと思ひ出す桜かな
・ 寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋
・五月雨をあつめて早し最上川
・五月雨に鳩の浮巣を見にゆかん
・
さみだれの空吹き落とせ犬井川
・
五月雨の降り残してや光堂
・
五月雨も瀬ぶみ尋ねぬ見馴河
・
五月雨や色紙へぎたる壁の跡
・
寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
・
猿を聞く人捨子に秋の風いかに
・
汐越や鶴脛ぬれて海涼し
・
塩鯛の歯ぐきも寒し魚の店
・
しをらしき名や小松吹く萩すすき
・
鹿の角まづ一節のわかれかな
・
しぐるるや田のあらかぶの黒むほど
・
閑さや岩にしみ入る蝉の声
・
賎の子や稲摺りかげて月を見る
・
死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
・
しのぶさへ枯れて餅買ふ宿り哉
・
柴の戸に茶を木の葉掻く嵐かな
・ 暫時は滝に籠るや夏の初め
・
鎖あげて月さし入れよ浮御堂
・
丈六にかげろふ昔同し石の上
・
白菊の目にたてて見る塵もなし
・
白芥子に羽もぐ蝶の形見かな
・
白露もこぼさぬ萩のうねりかた
・
涼しさを我が宿にしてねまるなり
・
涼しさや直ぐに野松の枝の形
・
涼しさやほの三目月の羽黒山
・
煤掃きは己が棚つる大工かな
・
須磨寺や吹かぬ笛聞く木下闇
・
須磨の海士の矢先に鳴くか郭公
・
芹焼やすそわの田井の初氷
・
千貫のつるぎ埋めけり苔の露
・
狗背の塵に選らるる蕨かな
・
僧朝顔幾死にかへる法の松
◆
た行
・
田一枚植ゑて立ち去る柳かな
・
鷹ひとつ見付けてうれし伊良湖崎
・
高水に星も旅寝や岩の上
・
誰が舞ぞ歯架に餅負ふ丑の年
・
竹の子や稚き時の絵のすさみ
・
蛸壷やはかたき夢を夏の月
・
旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
・
旅寝して見しや浮世の煤払ひ
・
里旅人とわが名呼ばれん初しぐれ
・
ためつけて雪見にまかる紙子かな
・
父母のしきりに恋し雉の声
・
長嘯の墓もめぐるか鉢たたき
・
つかみあふ子供の長や麦畑
・
塚も動け我が泣く声は秋の風
・
月影や四門四宗もただ一つ
・
月清し遊行の持てる砂の上
・
月さびよ明智が妻の咄せん
・
月ぞしるべこなたへ入らせ旅の宿
・
月はあれど留守のやうたり須磨の夏
・
月速し梢は雨を持ちながら
・
月見ても物たらはずや須磨の夏
・
月見んと潮引きのぼる船とめて
・
月雪とのさばりけらし年の暮
・ 蔦植ゑて竹四五本のあらし哉
・
露とくとく試みに浮世すすがばや
・
手を打てぱ木魂に明くる夏の月
・
出替りや稚ごころに物哀れ
・
手にとらば消えん涙ぞあつき秋の霜
・
寺に寝てまこと顔なる月見かな
・
垂唐積や軒端の荻の取りちがへ
・
貴さや雪降らぬ目も蓑と笠
・
磨(と)ぎなほす鏡も清し雪の花
・
時は冬よし野をこめん旅のつと
・
年暮れぬ笠着て草軽はきながら
・
年々や猿に着世たる猿の面
・
ともかくもならでや雪の枯尾花
◆な行
・ なほ見たし花に明けゆく神の顔
・ 永き目も贈り足らぬ雲雀かな
・
夏草や兵どもが夢の跡
・
夏衣いまだ虱を取り尽くさず
・
夏の夜や崩れて明けし冷し物
・
夏山に足駄を拝む首途かな
・
七株の萩の千本や星の秋
・
何の木の花とはしらず匂ひ哉
・
波の間や小貝にまじる萩の塵
・
麺の下焚きたつる夜寒かな
・
庭掃いて出でばや寺に散る柳
・
庭掃きて雪を忘るる箒かな
・
猫の妻へつひの崩れより通ひけり
・
寝たる萩や容顔無礼花の顔
・
能なしの眠たし我を行々子
・
野を横に馬牽きむけよほととぎす
・
野ざらしを心に風のしむ身かな
・
蚤鼠馬の尿する枕もと
◆
は行
・
這ひ出でよ飼屋が下の蟇(ひきがえる)の声
・
萩原や一夜は宿せ山の犬
・
箱根越す人もあるらし今朝の雪
・
芭蕉植ゑてまづにくむ荻の二葉かな
・
芭蕉野分して盟に爾を聞く夜かな
・
裸にはまだ衣更着の嵐かな
・
八九間空で雨降る柳かな
・
初しぐれ猿も小蓑をほしげなり
・
初雪に兎の皮の髭作れ
・
初雪や幸ひ庵にまかりある
・
初雪や水仙の葉のたわむまで
・
花に遊ぶ虻な喰らひそ友雀
・
花にうき世わが酒白く飯黒し
・
花の雲鐘は上野か浅草か
・
破風口に日影やよわる夕涼み
・
蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ
・
原中や物にもつかず鳴く雲雀
・
春雨の木下につたふ清水かな
・
春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏り
・
春立ちてまだ九目の野山かな
・
春たれや名もなき山の薄霞
・
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
・
春もやや気色ととのふ月と梅
・
春や来し年や行きけん小晦目
・
びいと啼く尻声悲し夜の鹿
・
病雁の夜さむに落ちて旅寝哉
・
髭風ヲ吹いて暮秋嘆ズルハ誰ガ子ゾ
・
一つ脱いで後に負ひぬ衣更
・
一家に遊女もねたり萩と月
・
人に家を買はせて我は年忘
・
一日一日麦あからみて暗く雲雀
・
狐人も昆ぬ春や鏡の裏の梅
・
日は花に暮れてさぴしやあすならう
・
雲雀より空にやすらふ峠かな
・
ひやひやと壁をふまへて昼寝かな
・
ひよろひよろと汝ほ露けしや女郎花
・
風流の初めや奥の田檀うた
・
吹きとぱす石は浅問の野分かな
・
不精さやかき起こされし春の雨
・
二日にもぬかりはせじな花の春
・
文月や六日も常の夜には似ず
・
冬の日や馬上に氷る影法師
・
冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす
・
振売の雁あはれたり夷講
・
古池や蛙飛びこむ水の音
・
旧里や臍の緒に泣く年の暮
・
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り
・
星崎の闇を見よとや鳴く千鳥
・
牡丹蘂ふかく分け出づる蜂の名残かな
・
ほととぎす大竹藪を漏る月夜
・
ほととぎす消え行く方や島一つ
・
郭公声横たふや水の上
・
ほととぎす啼くや五尺の菖蒲草
・
ほととぎす宿借るころの藤の花
・
ほろほろと山吹ちるか滝の音
◆ま行
・ 升買うて分別かはる月見かな
・
まづ頼む椎の木もあり夏木立
・
またや来ん覆盆子あからめ嵯峨の山
・
松風や軒をめぐって秋暮れぬ
・
まゆはきを悌にして紅粉の花
・
三井寺の門たたかばやけふの月
・
見しやその七日は墓の三日の月
・
水取りや氷の僧の沓の音
・
みそか月なし千歳の杉を抱く嵐
・
道のべの木橦は馬に食はれけり
・
身にしみて大根からし秋の風
・
蓑虫の音を聞きに来よ草の庵
・
昔誰小鍋洗ひし董草
・
麦の穂を便りにつかむ別れかな
・
麦飯にやつるる恋か猫の妻
・
むざんやな甲の下のきりぎりす
・
名月に麓の霧や田の曇り
・
名月の花かと見えて棉畑
・
名月や北国日和定めなき
・
名月や池をめぐりて夜もすがら
・
名月や座に美しき顔もなし
・
名月や門にさしくる潮頭
・
女夫鹿や毛に毛がそろうて毛むつかし
・
めでたき人の数にも入らん老の暮
・
藻にすだく白魚や取らば消えぬべき
・
物いへぱ唇寒し秋の風
・
物書きて扇引きさくなごりかな
・
物の名をまづ問ふ芦のわか葉かな
・ ものひとつ瓢はかろきわが世か哉
・ 頓て死ぬけしきは見えず蝉の声
・ やすやすと出でていざよふ月の雲
・ 痩せながらわりたき菊のつぼみ哉
・ 山里は万歳おそし梅の花
・ 山路来て何やらゆかし董草
・ 山中や菊は手折らぬ湯の匂ひ
・ 夕顔に干瓢むいて遊びけり
・ 夕顔や酔うて顔出す窓の穴
・ 雪ちるや穂屋の薄の刈り残し
・ 雪の朝独り干鮭を噛ミ得タリ
・ 雪は申さずまづ紫の筑波かな
・ 行く駒の麦に慰む宿りかな
・ 行く春を近江の人と惜しみける
・ 行く春に穐歌の浦にて追ひ付きたり
・ 行く春や鳥蹄き魚の目は涙
・ 柚の花や昔しのぱん料理の間
・
世を旅に代掻く小田の行き戻り
・
よく見れは薺(なずな)葬花咲く垣根かな
・
義朝の心に似たり秋の風
・
吉野にて桜見せうぞ檜笠
・
世にふるもさらに宗祇の宿り哉
・
世の人の見付けぬ花や軒の粟
◆ら行
・
蘭の香や蝶の翅に薫物す
・
竜門の花や上戸の土産にせん
・
六月や峰に雲置く嵐山
・
櫓の声波ヲ打つて腸氷ル夜や涙
・
炉開きや左官老い行く髪の霜・…
◆わ行
・ 若楓茶色になるも一盛り
・ わが衣にふしみの桃の雫よ
・
若葉して御目の雫ぬぐはばや
・
綿弓や琵琶にたぐさむ竹の奥
・
佗びてすめ月佗斎が奈良茶歌