芭蕉書簡素堂のこと伝える

元禄六年四月二十九日付、芭蕉、荊口宛書簡

 (前文略)

ほとゝぎす声や横たふ水の声

と申し候に又同じ心にて

一声の江に横たふほとゝぎす

水間沾徳といふもの訪ひ来たれるに、

かれ物定めの博士なれと両句評を乞ふ、

沾曰く、

横江の句文に対して之を考ふる時は句量尤もいみじかるべければ、

江の字抜きて水の上とくつろげたる句のにほひよろしき方におもひ付くべきの条申し出候。

兎角する内、山口素堂・原安適など詩歌のすきもの共入り来たりて、

水の上の究めよろしきに定まりて事やみぬ。(後略)

荊口雅老人                    はせを

 

《参考》

『藤の実』不卜一周忌、琴風興行        (元禄七年)

郭公聲横たふや水の上                   

『陸奥鵆』深川        (元禄十年)

聲や横とふ水の上                   

『翁草』(元禄八年)

ほとゝぎす横たふ聲や水の上  

 

〔素堂消息〕

杉風、岸本八郎兵衛宛、杉風書簡

宗匠にて無之者にも名高き者ハ、素堂と申者ニて御座候。云々

 

〔俳壇〕

       西鶴没

寛永十九年(1642)生、〜元禄六年(1693)没。

 西鶴と素堂の接触は延宝九年(1681)に興行された『西鶴大矢数』に参加したことでもわかる。

ただしこの句集には「来雪」・「信章」の名が見える。また脇座には山口清勝の名も見える。(清勝については不詳)

 

〔芭蕉書簡〕

芭蕉書簡

 五月四日付、許六宛書簡(抜粋)

一、

繪色紙素堂へいまだ今ニ得遺し不申候間、

明日一所ニ可進之候。

はさミ箱へ御入れ可被成候。

桃隣方は遣はされ候は

拙者先日参り其角方へ人やらせ吟味させ申し候へ共、

其角留守にてしえ申さず候。

明日参り候様に申し遣はすべく候。

 

◇素堂

内藤露沾亭で「六吟歌仙」。素堂・芭蕉・露沾・沾荷・沾圃・虚谷。

五月晦日会

その富士や五月晦日二里の旅   素堂

茄子小角豆も己が色知る       露沾

鷹の子や雲雀に爪のかたまりて       芭蕉