素堂消息元禄九年には甲斐に来ていない。従って濁川工事関与は有得ない

元禄 9年 丙子  1696  55才

 世相    …… 老中格、柳沢吉保。四月に萩原重秀が勘定奉行となり、貨幣政策を推進しょ  うとしたが、思うように捗らなかった。
 俳壇    …… 三月、桃隣芭蕉を偲び奥羽行脚に出立。支考、京都双林寺で芭蕉三回忌法会  を開催。

 素堂…… 甲斐の濁川改修工事に手代として活躍と『甲斐国志』に記述あるが、『甲斐  国志』以前の書には見えない。一考を要する。 

 素堂…… 十月、『俳諧翁草』入集。里圃編。占圃序。
   「芭蕉一周忌追善集」
  室生氏の家に、浦の浜ゆふをうつして植てもゝえの
  縁を愛せられける。紫や伊勢の海、清きなぎさより
  出てみくまのうつしさらぬ所々にもはひ広こりぬ。
  これをゆふと名を呼ぶことは、花のいさぎよきをも
  て神に捧げければなり。葉のもえ出るころは、おも
  とのいきほひに似て、後これをはせを(芭蕉)とい
  はんも過ぎたりとせず。ねぬる夜の夢に、戀しき人
  に逢なと、人しれぬ事にいひ傳へはへれと、あるし、
  此心を用ゐす、もとより舞曲に名ある家ならず。
はまゆふや風に
其よかゝる露の
夕へこれを
さゆふにとり  さゆふ−左右
これをかさす
扇にうつし
たまへと 素 堂 書

 頭巾着て世のうさ知らぬ翁哉  素堂
 魂やどし凩に咲梨の花   々
 照る日にハ蝸牛もきする柳哉   々
 其不二や五月晦日二里の旅   々
 日照年二百十日の風を待ツ   々
 漆せぬ琴や作らぬ菊の友   々
  檜垣
 白河や若きもかゞむ初月夜   々
 人待や木葉かた寄ル風の道   々
 古足袋や身程の宿の衣配リ   々
 『俳諧翁草』…… 上巻には里圃・沾圃の両吟、里圃・沾圃・素堂・沾徳ら七吟の追善歌仙。素  堂・其角・杉風・桃隣らの追善発句。沾圃・素堂の「浜ゆふの記」を収め、下  巻には芭蕉以下嵐雪・丈草・曾良・去来ら蕉門の他、露沾・才麿・沾徳らの発  句を四季別に収める。   
 占圃…… 服部氏。鴨栄九郎、宝生流、室生左太夫重世。八世古将監重友三男。初め越  前毛利家に仕え、のち岩城城主内藤露沾に仕える。素堂の手引きで芭蕉に入門。  (『俳文学大辞典』)
   
 

 素堂…… 『三畫一軸の跋』琴風編。序文。
  我住むかつしかの同じ郷人琴風、家に立圃が盲人の情けをうつせると、其角   が乞食を畫けると、ならへ愛しけるを、はせをつくぐと見て、人として眼
  くらきは、天地に日月なきに同じ。また食にともしきも、人にして非人なり。  われたけひきしといへとも、まなこ明らかなり。身にそふたからなしといへ    とも、食にともしからず、三界を笠にいたゞきて、風月をともなひ、吟行せ  し圖を、此しりへにそなへんと、淡き墨もて書ちらし、濃州大垣の畫工に、    丹青をくはへさせて、所々の狂句をも書ぬべきあらましにて、行脚のいそぎ  にやとりまぎれけん、また立帰りての事ともやおもひけん、反故にまきこめ、   風雲流水の身となりて、その年の時雨ふる頃、なにはの浦にてみまかりぬれ   ば、藻にうつもるゝ玉かしはとなりぬべきを、事風漸くたづね出して、ほい   の如く三畫一軸とはなし侍れど、句を書のせざること賤心とやいはん、また   十分ならざる處、かへつて風流とせんや、名印もあらざれば、炎天の梅花、   雪中の芭蕉のたぐひにや沙汰せん。されどもかの翁の友に、生きのこりてた   らんもの我ならずして又たそや。
 しもつさの國かつしかの散人 素 堂

 素堂…… 『韻塞』発句一入集。許六・李由編。(九年十二月序・跋)
 素堂の母七十七才の喜寿の宴を掲載する(前掲)

 〔俳諧余話〕 … 『韻塞』(いんふたぎ)掲載の句
  甲斐の道すじを教へて
 手の跡をわすれな甲斐の覆盆子時  門氏陳曲

… 許六、『甲路記行』
 (前略)明朝趣むとする道は、甲斐の猿橋を渡て上の諏訪にかゝり、云々