新山梨文学講座 山口素堂
《山口素堂の漢詩文について》
素堂の漢詩文
山口素堂の漢詩文については俳諧の影に隠れてあまり知られていない。一部は『甲府市史』に掲載されているくらいである。素堂は漢学者の側面を持ち、生涯にわたって漢詩文を詠じていた。特に『蓑虫記』は詩文の先駆的趣があると絶賛している人も居られる。私にはその出来映えについては浅学のため論じられないが、できるだけ収録した。
1、貞享2年(1685)素堂、44才。
○『一楼賦』跋。
……垂虹堂風瀑英子与 予有交如之孚深耽風雅 以達其道心 腸蘊錦一言敷繍
此茲乙丑首夏待客 於楼上終日相倶合賦三篇 美馨澄心善出塵慮 起雲凝
霞函春秋 於筆端欲(合欠)之歙山籠天地 於尺素藻思彬々 殆可謂曲尽其妙
而又撰衆子満嚢之佳趣 以付其名曰一楼賦 鳴呼果致茲楼之勝概 則恐狭
泰山跨四海以逍遥乎 無窮之外者与
山逸人書す(素堂)
佐々木文山、写す
…垂虹堂風瀑英子に与ふ 予と交り有るは深く風雅に耽る孚の如し 其の道心に達するを以て腸を蘊む錦の一言を繍ひ敷く 此茲れ乙丑首夏客を楼上に待きて終日相ひ倶に賦三篇を合はす。美馨は心を澄ましめて善き塵慮を出し、雲を起して霞に凝めて春秋をつみ、筆の端々に於て欲(合欠)野歙山天地を籠め、尺素の藻に於て思ふ事は文質ともに備り、殆ど謂ふ可きは曲さに其妙を尽し、而て又衆子を撰びて嚢を満すは之れ佳き趣きなり。以て其名を付けて曰一楼賦と。鳴呼、致めを果せし茲の楼之れ概ね勝るが則さず狭きを恐る。泰山跨ぎ以て、四海を逍遥する乎。無窮の外の者に与ふるものなり。
…乙丑首夏−貞享2年4月
…塵慮−俗界の思い
…欲( )野歙山−野山をおさめ
…尺素藻−手紙の文章
…嚢−入れ物
2、四山瓢名(五言絶句)。貞享3年(1686)素堂、45才。
……一瓢重岱山。自笑称箕山。勿慣首陽山。這中飯顆山。
……一瓢は岱山より重く、自から笑ふて箕山と称し、首陽山に慣れること勿かれ、這
(こ)の中に米粒の山あり。
《解説》
…岱山−岱山(泰山)は中国山東省にある名山で五岳の一山。
…箕山−箕山は古代堯の代に許由が隠遁した故事で退隠の語を意味する。
…首陽山は周の武王が暴君殷の紂王を伐とうとしたおり、家臣の伯夷・叔斉の兄弟が君臣の道を説いて諫めたが聞き入れられず。( )が滅び周が興った時「周の粟を食むを恥じて」首陽山に隠れ。蕨を採って喰い遂に餓死した故事を云う。
…素堂の云おうとしているところは、「この一瓢は揺るぎない岱山よりも重いが、自ら
笑って退隠と称するなら、首陽山に隠れた伯夷の兄弟に習うことはない。肩肘張らずに気楽にしなさい。この瓢の中には米粒が山ほど入っているよ。
《参考》
素堂が芭蕉の死後書いた「芭蕉庵六物の記」の文中には、
……ある人芭蕉庵にひさこ(瓢)をおくれり。長さ三尺にあまり、めぐり四尺にみつ。
天然みがかずして光あり。うてばあやしきひびきをだす。これを鳴らして謳歌し、ある
は竹婦人にばぞらへて納涼のそなへとし、また米をいるゝ器となして、打ち虚しき時は朋友の許へ投ずれば持ち満ちて帰りぬ。予これに銘じていはく、
……一瓢重岱山 自笑称箕山 勿慣(莫習)首陽山 這中飯顆山
《参考》芭蕉『四山瓢』
……(前文略)中にも飯顆山は老荘のすめる地にして、李白がたはぶれの句あり。素翁白にかはりて我貧をきよせむとす。かつむなしきとこはちりの器となれ。得る時は一壺は千金を抱きて、岱山もかろしとせむことしかり。
……ものひとつ瓢はかろき我よかな 芭蕉庵桃青
3、貞享4年(1687)春。素堂、46才
…吉野、大和めぐり。 五言律詩。
……尋問南朝跡。行々遠市塵。前山紅世界。後嶺白雲浮。
……昔聴降天女。今尚有地仙。臥花南三日。可惜別苔莚。
4、貞享4年(1687)秋。素堂、46才
○蓑虫記。四言十二・十四・十六句。
◎素堂の芭蕉の句作や生活態度への提言。
《子光編、『素堂句集』》《俳句文学館蔵》 《天理大学図書館蔵》
蓑虫蓑虫。偶逢園中。 蓑虫々々。偶逢園中。 蓑虫々々。落入園中。
従容侵雨。瓢然乗風。 従要侵雨。瓢然乗風。 一糸欲絶。寸心共空。
白露甘口。青苔掩躬。 笑蟷斧怒 無蛛糸工。 似奇居状。無蜘蛛工。
天許作隠。我憐称翁。 白露甘口。青苔粧躬。 白露甘口。青苔粧躬。
諫啄野鳥。制払家童。 天許作隠。我憐称翁。 従容侵雨。瓢然乗風。
脱旧衣去。誰知其終。 栖鴉莫啄。家童禁叢。 栖鴉莫啄。家童禁叢。
脱簔衣去。誰知其終。 天許作隠。我憐称翁。
脱簔衣去。誰識其終。
《俳句文学館蔵》
蓑虫々々。偶たま園中に逢ふ。
従要として雨を侵し。瓢然として風に乗る。
斧の怒りを笑ひ。蛛糸の工み無し。
白露口に甘しとし。青苔にて身を粧ふ。
天許して隠と作し。我憐みて翁と称す。
栖鴉は啄む莫れ。家童に叢むることを禁ず。
簔衣を脱して去る。誰か其の終るを知らん。
《詩文》
蓑虫々々、声のおぼつかなきをあはれぶ。
ちゝよちゝよとなくは、孝に専らなるものか。
いかに伝へて鬼の子なるらむ。
清女の筆のさがなしや。
よし鬼なりとも瞽叟を父として舜あり。
汝は虫の舜ならんか。
蓑虫々々、声のおぼつかなくて且つ無能なるをあはれぶ。
松虫は声の美なるが為に籠中に花野をなき、
桑子は糸を吐くによりかろうじて賎の手に死す。
蓑虫々々、無能にして静かなるをあはれぶ。
胡蝶は花にいそがはしく、
蜂は蜜をいとなむにより、往来おだやかならず。
誰が為にこれおあまくするや。
蓑虫々々、形の少し奇なるを憐ぶ。
わづかに一滴を得ればその身うるほし、
一葉を得ればこれが住み家となれり。
竜蛇の勢ひあるも、多くは人の為に身をそこなふ。
しかじ、汝が少し奇なるには。
蓑虫々々、玉虫ゆゑに袖ぬらしけむ。
田簔の島の名にかれずや。
生けるもの誰かこのまどひなからむ。
鳥は見て高くあがり、魚は見て深く入。
遍照が簔をしぼりしも、ふづまを猶忘れざるなり。
蓑虫々々、春は柳につきそめしより、
桜が塵にすがりて、
定家の心を起こし秋は荻吹く風に音を添へて寂蓮に感をすゝむ。
木枯の後は空蝉に身をならふや。殻も躬も共にすつるや。
5、貞享4年(1687)10月。素堂、46才。
○詩句三絶(序と七言絶句三)
…芭蕉老人有故赴郷園。老人常謂他郷則吾郷。今猶莫作戯斯語。吾何不信斯語乎 因綴卑語三絶以頭陀。 初冬念五 素堂山子
…其一、君去蕉庵莫止郷。故人多処則成郷。風餐露宿豈老意。胸次素無何有郷。
…其二、弱笠痩杖寄一身。離莚回首脳吟味。河辺楊柳無由折。早動翠条迎老身。
…其三 陰月称陽又小春。小春又那似陽春。挙盃皮裏陽春在。為唱陽関一曲春。
6、元禄2年(1689)3月。素堂、48才。
○芭蕉送別…七言絶句(芭蕉、『奥の細道』の旅へ)
……夏初松島自清幽。雲外杜鵑声未同。眺望洗心都似水。可憐蒼翠対蒼眸。
7、元禄3年(1689)12月20日。素堂、48才。
○甲斐酒折宮奉納和漢(作は元禄二年)
……鶯寒声惜似 素堂。
8、元禄5年(1692)9月。素堂、素堂51才。
○俳林一字幽蘭集説序(水間沾徳編、『俳林一字幽蘭集』)
…沾徳水子嘗好俳優之句遂業之、而来撰一字幽蘭集需余説、夫幽蘭也者応取諸離騒而除艾長蘭之意、我聞楚客之三十□(田宛)、恂不為少焉、雖余芳於千歳未能無遣梅之怨矣、斯集也起筆於之一字、而掲情心忠孝仁礼義智終始本末等総百字之題、以花木芳草鳴禽吟虫四序、当幽賞風物併載而遣焉何有怨乎又原斯集之所従来、前岩城之城主風虎公所撰之「夜錦」「桜川」「信太浮嶋」此三部集愁不行於世也、仍抜萃自彼三部集若干之句、副之古風時世□(爿女)之中、其花可視而其実可食者尽拾之纂之、以其左引證倭歌漢文而為風雅之媒、是編者之微意也可以愛焉、従是夜錦不夜錦浮嶋定所桜川猶逢春矣雖然人心如面而不一或是自非他、謾為説誰知其責非真是、各不出是非之間耳、至若世人多費新古之弁、是何意耶、想夫天地之道変以為常、俳之風体亦是然、寒附熱離時之勢自不期然、而然者也強不可論焉、沾徳水子知斯趣之人也。為之素堂書。佐々木文山冩。
《読み下し》
沾徳水子は、かって優れたる俳の句を好みて、遂にこれを生業とする。ちかごろ「一字幽蘭集」を選びて余に意見を求める。それ幽蘭なるはまさにこれを離騒に取りて艾を除けば蘭は長ずるの井なるべし。我聞く「楚客の三十□(他宛)」まことに少なしとなさず、芳せを千歳に余すといえども、未だ梅をわするゝの怨み無き事あたわず。その集や筆を性の一字にに起こして情心・忠孝・仁礼・義智・終始・本末等総て百字の題を掲げ、以て花木・芳草・鳴禽吟虫四序、当さに幽賞すべき風物を併び載せてこれをわすれず、何ぞ怨あらんや。斯の集の従りて来る所をたづぬるに、前の岩城の城主風虎公の撰びたまう所の、夜の錦・桜川・信太の浮嶋、この三部の集世に於いて行なはれざるを愁いて也。仍ち彼の三部集より若干の句を抜萃して、之に副えるに古風・時世・すがたの中その花の視る可くしてその実食す可きはことごとくこれを拾い、これを纂めて、以て左に倭歌・漢文を引證して風雅の仲立ちと為す。これ編める者の微意なり。以て愛しつ可し。是により夜の錦、夜の錦ならずも浮嶋も所を定め、桜川も猶春に逢うがごとし。然といへども人の心は面の如くにしめ一ならず。或いは自ら是とし、他を非なりとして謾(そし)る説を為す。誰かその真非真是を知らん。各く是非の間を出でざるのみ。し
かのみならず世人の多くは新古の弁を費やす。是何の意ぞや。想ふにそれ天地の移り変わり以て常と為し、俳の風体もまた是然り。寒きに附き熱に離る時の勢ひ、自ずから然ることを期せずして然る者也。強いて論ず可からずをえん。沾徳水子、斯の趣きを知る
の人なり。これが為に素堂書す。
7、元禄6年(1693)元旦。素堂、52才。
…歳朝雪(七言絶句)
……晦地朔循環同不同。蛤之始意雀之終。乾坤湧出新年雪。寒暖未分嚢籥風。
……又、芭蕉老人、年々や猿に着せたる猿の面
《読み下し》
歳月は移り変わり何時も同じではない。蛤(はまぐり)の始まりは雀が海に入って、
姿をかえたものて伝えられている。今この天地に湧き出したように、新年の雪が真っ白に、季節の変わり目でもある新年に、天も寒暖いずれの風を吹き送ればよいのか決めかねているらしい。
《解説》
…蛤之始意雀之終…は『令記』による。「晩秋に雀が群れを為して海中に入り蛤になり蛤になり化す」という。
8、元禄8年(1695)元旦。素堂、54才。
…乙亥歳旦(元禄八年元旦)。五言律詩。
……積雲開一夜。百卉吐新芽。凍釈水中水。雪残花外花。
……偏歓風物改。更忘老年加。幸被韶光照。居然愛我家。
《読み下し》
積雲の一夜は開けて、百草は新芽を吐く、氷はとける水中の水、雪は残る花外の花、偏へに風物の改まるを歓び、更に老年の加わるを忘れる、幸いに麗かな春の光に照らされて、居然として話が家を愛する。
9、元禄8年(1695)8月〜9月。素堂、54才。
…『甲山記行』(素堂、甲斐へ)
○…猿橋。七言絶句
……暫止吟鞍往又帰。渓深苔滑水音微。雲埋老樹猿橋上。未聴三声沾客衣
《読み下し》
暫し吟ずるを止めて駅馬を往き又帰る。渓(たに)は深く苔滑らかにして水音は微かなり。雲は老樹を埋む猿橋の上、未だ三声を聴かざるに客衣を沾す。
《解説》杜甫の詩にならう。
○…十三夜沢、三寂興行。七言絶句。
……楓葉巻簾入興時、主賓相共促新詩、今宵玉斧休脩月、二八蛾眉猶是宣。
《読み下し》
楓葉簾を巻いて興に入る時、主賓相い共に新詩を促す、今宵玉斧休脩の月。二八の蛾眉是れ猶宣し。
《解説》
玉斧は「玉の飾りのある美しい斧」であるが、転じて「王の持ち物」の意味もある。
ここは謡曲羽衣の「月宮殿のありさま玉斧の修理とこしなへに」を採ったと思われ、
「蛾眉」は三日月の形から美女の眉をさし、転じて美人のことを云う。
○…尋問古府中。七言絶句。
……古城何処問栖鴉、秋草傷霜感慨多、力抜山兮時不利、惜仮名不唱大風歌。
《読み下し》
古城いずくんぞ栖鴉に問う、秋草は霜に傷み感慨多し、意気込みは山を抜き時利あらず、惜しきかな大風の歌を唱へざることを。
○…送山主人(夢の山)七言絶句。
……万古高眠老樹間、一朝為我落塵寰、石根応見白雲起、今猶不醒在夢山。
《読み下し》
万古高眠老樹の間だ、一朝我が為に塵寰に落つ、石根を見るに応じ白雲の起こるを、今猶醒めずに夢は山に在り。
○…舟放青柳村。七言絶句。
……竹輿破暁出城門、紅葉奪名青柳村、十里舟行奔石上、急流如矢射吟魂。
《読み下し》
竹輿を暁を破りて城門を出づ、紅葉名を奪ふ青柳村、十里舟行石上を奔り、急流矢の如く吟魂を射る。
○…宿、波木井之坊(身延山宿坊)
……一宿延山下、終宵聞妙音、清流通竹鳴、閑月落松陰。
……暁見烟嵐起、偏忘霜露侵、鐘鳴猶寂寞、好是洗塵心。
《読み下し》
一宿す身延の山の下と、終宵妙音を聞く、清流竹を通りて鳴く、閑月松陰に落つ。
暁に烟嵐の起るを見る、偏へに霜露の侵す忘れ、鐘鳴は猶寂寞如く、好く是れ塵心を洗ふ。
○…石氏三淑の望みに和して
……酒談茗話吟望、甲武相隣心地香、山染秋霖楓樹晩、又思閑月照幽堂。
《読み下し》
酒を談じ茗を話しうたゝ望まるゝ吟ず、甲武相隣し心地香ばし、山は秋霖に染むる楓樹に晩る、又思ふ月閑かに幽堂を照らすを。
《訳》
酒を酌み交わし茶を話いよいよ望まれるまゝに吟ず。甲斐武蔵が隣り合い事は心地の良いものだ。山を染める秋の眺めは楓の木に暮れる。また思ふ月はのんびりと静かな堂屋を照らしている。
《解説》
石氏三淑は名を玄和、字を一任と云い、甲斐府中の代々の医師である。素堂に詩を望んだのは、素堂が府中外舅野田氏(妻の父母)宅に滞在中の帰りに近い頃と思われる。
10、元禄11年(1698)素堂、57才。
…戊寅歳朝口号。六言六句。未見。
○…教学院山亭。七言絶句。
……主賓携手上飛楼、二八国光入寸眸、亭外白雲塵外地、悠々自在乗風遊。
《読み下し》
主賓手を携えて飛楼の上、十六の国の光寸眸に入る。亭外は白雲塵外の地、悠々自在風に乗り遊ぶ。
○…嵯峨。序ならびに七言絶句。
……季秋遊嵯峨之厭離庵、両三日行臨大井川、清流坐看小倉山閑雲、園中貯四時之花謂
之四時叢、我聞三閭太夫之九□(田宛)之蘭、五柳先生之三径之菊、風涼則風流也。□(金蜀)然啻愛一様之花而不周 四時主人之愛花可謂至矣、我隠愛花心之和也。愛水心情也。愛山心之静也、此境水辺而山不遠、花有四時叢心与境、夜道以為楽至、吟賞之余題一絶去。
……回序文略花作隣、一叢送古一叢新、文賓得客篇之閙、紫桂能還又向春。
《読み下し》
季節は秋、嵯峨の厭離庵に遊ぶ、両三日行きて大井川に臨み清流に坐して小倉山の閑雲を看る、園中に貯へる四季の花は謂わゆる之れ四季の叢。我聞く、三閭太夫の九□之蘭、五柳先生の三径の菊、風涼即ち風流なり、□(のぞく)は然り啻(あきらか)に一様の花を愛して周らず。四季主人の愛づるは花と謂ふ可くに至る。隠の我れが花を愛づるは心の和なり。水を愛づるは心の情けなり、山を愛づるは心の静なり。この水辺の境み而して山遠からず。花は四季の叢に有りて、心に境みを与へ、夜の道を以って楽に至りなす。賞むるの余題に一絶を吟じて去る。
回らす序(垣)は作る花を隣と分けてかすめとり、一つの叢は古きを送り一叢新なり
文賓の客を得てこのさわぎを篇む、紫桂能く還へりまた春に向ふ。
○…叩禅坊嵐山麓。五言絶句。
……朝送山雲出、夕看飛鳥帰、初知梁境婦、又約叩柴扉。
○…宮津主人水上氏へ。五言律詩。
……記得杜翁句 天柱再渡時 四海浮海水 孤月掛松枝
清話眼相対 吟行影亦随 人間萍水会 旅泊是生涯
10、元禄11年(1698)素堂、57才。
○…芭蕉庵六物
其一、文台二見。四言八句
……四友之外 窓前並面 写西行風 開芭蕉翁
……筆海作航 文山為桟 不欠不崩 寿応月硯
其二、大瓢四山。
……一瓢重岱山 自笑称箕山 莫習首陽山 這中飯顆山
《解説》貞享時の「勿慣首陽山」が「莫習首陽山」に改変しているのは、素堂が芭蕉の誤解をたしなめたかったと考えられる。つまり「首陽山の故事に見習う勿かれ」と云うことである。
其四、檜笠。五言絶句。
……一笑一天地。一身一葉心。江山皆旧友。仰月臥花陰。
11、元禄13年(1700)素堂、59才。
……風巻山雲落水涯。無辺烟浪雨猶詩。琵琶亦比美人面。正是昭君出漢時。
…風巻き山雲水涯に落つ。烟浪辺りに無く雨は猶ほ詩う。琵琶亦た比らぶれば美人の面
て。是れ正に昭君の出漢の時。
《解説》素堂は東波の承句と転句を念頭に置いて、越の美女西施(越翁勾践と呉王夫差 の故事)と皇帝後宮の美女王昭君の故、胡の国王に嫁ぐため居陽関を出る(出漢)折り昭君が流したとのを対比している。
12、元禄15年(1702)素堂、61才。
○洛陽仰春。三五七言。
……積隠啓、風色加、氷解水中水、雪残花外花、旅亭活計有何事、一曲春声一碗茶。
《読み下し》
…積隠啓らけ、風色を加う、氷解け水中の水とまじわり、雪残は花外の花、旅亭なりは ひ何事か有る、一曲の春声は一碗の茶にあり。
○詩仙台、石川丈山翁。六言六句。
……先尋日東李杜、静対中華仙顔、山鳥帝長松林、
野客入老梅関、詩興猶何処好、泉水前翠微間。
《読み下し》
…先ず日東の季者を尋ぬ、静かな中に対す仙顔華やかなり。山鳥の啼く松林は長る、 野客を老梅関を入さむ、詩興なお何処んぞ好ごとし、泉水の前は翠微かな間だなり。
○茶入号朝日山。四言八句。
……宇治川浪、朝日山光、一壺洗眼、三椀探傷、
是非和国、遙来盛唐、花南雪後、相親相望。
《読み下し》
…宇治の川浪、朝日山の光り、一壺眼を洗ひ、三椀の傷(なやみ)を探す。最も和国に非ず、遙か盛唐より来る、花は雪の後にはらむ、相い親しみ相い望むべし。
13、元禄年間の作。
○義仲寺奉納。七言絶句。素堂主人来雪書(素堂が来雪と号したのは延宝6年頃)
……枯木冷灰物不月、遊魂化螺舞者風、夢中説夢伝千□、真夢出醋詐誠終。
《読み下し》
…木枯らしの冷灰は月ならぬ物、遊魂は螺と化してこれ風に舞う、夢中に夢を説き千たび伝へて□し、真の夢は醋に出でて詐は誠に終る。
《解説》
…木枯らしに冷えて脱け殻となった灰は舞い上がるけれど月ならぬ物なり、肉体を離れ た魂は螺と化して風に舞う、夢路でおのれの夢を説いて何度でも訴えるその意は崇高である。偽りの無い夢は偽りと混じり合って出るものだが真実に終わるのである。
(小川建三氏訳)
○初夏即席。七言絶句。
……雨余風色自清幽、雲外杜鵑声未周、紅白散埋百花後、一庭新樹対青眸。
《読み下し》
…雨余風色自ら清幽ふ、雲外の杜鵑声未だ周りからせず、紅白散り埋む百花の後、一庭
の新樹青眸に対す。
○八月十四夜雨十五夜晴。七言絶句。(元禄3年?)
……月斯婁宿十分明、雲雁呼吾動客情、天似有心前夜雨、人間改観弄新晴。
《読み下し》
…月は斯れ婁宿にして十分明かに、雲雁吾を呼びて客情を動かす、天は有るに似たり前
夜の雨、人間改めて観て新晴を弄ぶ。
○三五夜口号。七言絶句。
……年々記得邵子吟、十度中秋九度陰、幸対月明誰用睡、良辰堪賞古来今。
《読み下し》
…としどし記すを得る邵子が吟に、十度の中秋のうち九度陰げる、幸い月明に対すれば
誰か睡れよう、良き時に堪く賞づる古来も今も。
○九月十三夜。七言絶句。(元禄二年か?)
……中秋吟賞等斯時、昔日菅家題一詩、狂雨経旬漸向霽、月明夜半背燈枝
《読み下し》
…中秋の吟賞はその時に等しい、昔日菅家の一詩を題す、狂雨は旬を経て漸く霽(晴) に向かう。月明の夜半燈枝に背く。
○歳末吟 七言律詩。
……避暑衝寒年既暮、誰鞭天運速駒陰、今逃世路風波殆、却恐隠家霜雪侵、
鑑水更知衰老貌、待春猶是嬰児心、微躯何覓一枝外、抱影鷦鴒臥故林。
《読み下し》
…暑さを避け寒さを衝いて年既に暮れる、誰か天運に鞭うちて駒陰は速やかなる、今世路風波の殆(あや)ふきを逃れて、却りて陰家を霜雪の侵すを恐る、水を鑑にして更に
知る衰老の貌げを、春を待つこと猶是嬰児のごとし、いやしき身は何んぞ一枝の外か覓 めん、抱影する鷦鴒の故林(故郷)に臥すを。
○愛宕山。七言二句。
……嘗聴暮寒山道骨、釈中陶潜不知誰。
○画像賛。六言絶句。《神宮文庫蔵》
……荒木田千町吟、滑稽風冠古今、後学為拾落穂、成稲雀入俳林。
《読み下し》
…荒木田千町を吟ず、滑稽風古今に冠し、後学の為落穂を拾い、稲実り雀は俳林に入る。
宝永元年(1704)素堂、63才。
○牡丹題北辰。七言絶句
……魏紫妖黄何競炎。天工楼雪作清粧。北辰傍若無衆白。見々花中南面王。
《読み下し》
…牡丹花葉何を競いあい咲く、自然のわざは楼雪を作り、濯ぎ、清める。
北極星の傍らに人なきがごとし、のぞみ見れば花中王者である。
宝永2年(1705)素堂、64才。
○庵再興
…旧臘池魚之災、他郷迎新歳、故有旅行之志、又三潭硯予旧物、而無恙、因詩中及茲
……家成帰故郷 好見此風向 辺地四隣隔 閑居三径荒
開窗移月影 傍水納秋涼 養素今猶足 乾坤一草堂
《読み下し》
…去る冬(12月)池魚の火災二かかり、他郷に新年を迎える。故に旅行の志市を得る。 また三潭の硯は私の旧物にしてつつが無し、因って詩中こゝに及ぶ。
家が成り故郷に帰り、好みて此風向を見る。辺地は四隣隔たり、閑居は三径荒れる。 窓を開けば月影は移り、傍らの水は秋涼を納め 養には素とより今猶足るがごとし。 天と地の中のこの一草堂は。
《解説》
…素堂は火災に何回か有ったようであるが、元禄16年(1703)11月の地震(元
禄地震)都火災は津波も伴い、低地の深川方面はひどく、余震は連日続き、火災葉鎮火と発生を繰り返し、12月に入っても治まらない有り様で、この時に阿武の素堂邸も被害にあったようである。
…素堂の一周忌追善『通天橋』に「たびたびの回録に、としごろ愛せし蓮池も水枯れて、むなしき旧地に一草を結び、すげもなき竹のみ四もと三もとして」と甥の雁山が記述している。
…この詩作を正徳4年とする説もあるが、『武蔵あぶみ』の吹塵録第三十九の「江戸火
災記」によると、「正徳3年、12月22日辰の刻、下谷池の端より出火し、長さ一里
18町幅13町を焼き丑の刻鎮火す。1300余家を焼亡す」とある。この時も隅田川
を越えて本所まで、延焼しているが、安宅までは及んでいない。
宝永4年(1704)
『東海道紀行』(紀行ではなく記行)
旅行のもよほし侍けるの初に
……番信入梅報早春 時鞭心地向芳辰 改端六気往来路 我亦乾坤一旅人
《読み下し》
…代わる代わる梅花の便り早春の報らせ、時に鞭打つ心地は春の時節に向かう。改めて
六つの気をたゞす往来の路、我また天地の中の一旅人。
…《六気》陰・陽・風・雨・晦・明・乾坤(方角)は北西と南西のこと。
製作年代未詳の詩
山中晴雨嵐画詩。七言絶句。
……漁樵交易道相通 声在煙嵐翠密中 人散暮山如太古 市橋不改入残虹
《読み下し》
…漁樵夫の交易の道相い通じ、声はもやの山の背の中に在り人は散って日暮れの山は太古の如し。町の橋は改まらず残虹に入る。