〔素堂消息、芭蕉句「年々や猿に着せたる猿の面」について元禄6年(五十二才)

俳壇

 四月、雲鼓、初めて烏帽子付(笠付)を試みるという。

 

素堂「歳朝雪」            

晦朔循環同不同  蛤之始意雀之終

乾坤湧出新年雪  寒暖未分嚢籥風   素堂

又芭蕉老人

年々や猿に着せたる猿の面            芭蕉

 

芭蕉書簡

日はやぐと御慶に御出被下候。

我につれ御座候てせた馬風方へ同道にて参り候故不懸御目残念に存候。

さては歳旦之句御たづね置候。御書中拜見申候如此に候。

年々や猿に着せたる猿の面

をかしき句にて御座候、又々永日懸御目萬々可承候以上

五日             はせを

松風丈

(『芭蕉真蹟拾遺』による)

 

〔俳諧余話〕

「年々や猿に着せたる猿の面」の句について

・と云句、全く仕損じの句也。與風歳旦よかるべしとおもふ心、一にして取合たれば、仕損じの句なり。云々

(『芭蕉一葉集』「遺語之部」)

、師の云く、(略)上手の上には必ず仕損じ多し、愚老が當歳旦

年々や猿に着せたる猿の面

はまったくの仕損じの句なりと、

我問ふ、師の上にも仕損じありや、

答へて云ふ、毎句あり、仕損じたるに何のくるしみかあらん、下手は仕損じを得せず、云々。

(『直指傳』許六著)

・人同じ所に留りて、同じ所に年々陥ることを悔ひて

年々や猿に着せたる猿の面

 

《句評解》

猿回しが、年々歳々春を祝ひに連れて来る猿は、年々歳々の同じ面を冠って冠って踊る。其猿の如くに人も亦、年々歳々愚の上に愚を重ねて平凡に暮らす。其の老い行く姿の感慨であろう。

芭蕉はこの句をかしき句にて御座候と誇っていたが、許六に対しては、仕損じの句だと語ったが、『直指傳』に見えて居た、仕損じといふのは、豫期以上に良く出来たことを言ったので、「猿の面」の五文字が仕損じの所であらう。

(『芭蕉全傳』山崎藤吉氏著)

又詞に季なしといへども、一句に季と見る所ありて、或は歳旦とも定るあり

年々や猿に着せたる猿の面

如レ斯の類なり。            

(『花實集』去来序。偽書と伝わる)

 

《筆註》……『類柑子』

元旦や狙にきせたる狙の面