素堂『廿会集』入集。季吟編。《季吟信章歓迎百韻》(抜粋掲載)
延宝2年(甲寅)1674(33才)
霜月三日江戸より信章のぼりて興行(付句十一)《抜粋》
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いや見せじ富士を見た目にひえの月 世上ハ霜枯こや都草 冬牡丹はなハだおしゝはやらせて 下戸ならぬこそ友にはよけれ 打わすれむはこえても法ハこえじ 駄賃に高る此札の辻 月より申しに夕月の雨 舟待のあくびやちとのふるらん 買得たるこそハ宝の市ならめ うつりかは於る和歌の風俗 人形はとくたみのきすつくろハれ 吟味はさぞな上留りのふく をのが自姿うなづきよれる伴部やに やゝともすれば例の手ぐさミ 七日迄るやむ心のうら嶋に 涙の海しやわつれなき陰 売覚て枕の下やさがすらん、 刀があらばやらじまおとこ 貧なりと我をみすつるうらめしさ 春の夜の月に干金かたじけな 敷物ぞな身円座がたつき 風流は誰わらふぞの東山 沖とろりとつゆでたれに 汲はこぶ塩らしけなるなりかたち いたゝく桶のそこ忘んぞ思ふ たつときは高きあしだの羽黒山 花に雨はつ神鳴もやミぬとや 梢はさけて残る梅が香 春風にかすミの衣ばらりさん ふる綿なれや去年の白雪 山頂連世になし物のつほの内 のむ酒もかなうれへわすれん まじまじとねられぬ肌のさむしろに ひとりといきを月の夜すがら 四方山のいろいろの事問ひかし 来ぬはつハりかもし見捨たか 玉津さも是度のわむハかよハさず うらミられたらいかに思ん気や 見ていにしもミのきはづき恥かしさ 墨江もはなも一かどわらまほし 新宅にての節のふるまひ 生壁に正月小柚用捨して うでまくりたやてん見をうをカく 心中のうは気しらるゝいれほくろ おもふときくも末とぎふやら 本意はありでのうへのくどき事 出来ん殿の御代継をまつ |
季吟 信竈 湖春 季 信 湖 信 季 信 信 季 湖 信 友部 季 信 湖 可全 正立 季 湖 正立 家英 信 季 可全 正立 湖 宗英 信 湖 季 友部 宗英 可全 湖 信 正立 季 可全 信 尚光 友部 湖 宗英 季 正立 |
《筆註》
素堂を北村季吟の系とする書が多いが、この集により門人ではなく、友人もしくは先輩、後輩の関係であることが分かる。この書以後素堂と季吟の直接交流は資料からは見えない。芭蕉にしても素堂も、元禄二年には江戸に出てきている季吟との交流は俳書からは過少しか見えない。