素堂消息 元禄7年(甲戌)1694(53歳)
◇素堂、『枯尾花』入集。其角編。
◇素堂、『蘆分舟』入集。不角編。
◇素堂、『炭俵』
◇素堂、『句兄弟』
◇素堂、『名月集』
◇素堂、『墨吉物語』
◇素堂、九月刊の戸田茂睡撰の『隠家百首』に入集
◆芭蕉、十月十二日大阪にて死去。
◇素堂、妻の死のため大阪(芭蕉の葬儀)へ行けず。
◇素堂、曾良宛書簡
◆素堂、『枯尾花』
◇素堂、曾良宛書簡
御無事ニ御務被成候哉、其後便も不承候、
野子儀妻ニ離申候而、当月ハ忌中ニ而引籠罷候。
一、
桃青大阪ニて死去の事、
定而御聞可被成候、
御同然ニ残念ニ存事ニ御座候、
嵐雪・桃隣二十五日 ニ上り申され候、
尤ニ奉存候。
一、元来冬至の前の年忘れ素堂より始まると名立ち候。
内々ノみのむしも忌明候ハゞ其日相したゝめ可申候、
其内も人の命ははかりがたく候へ共、云々
例ノ年忘れ、去年ハ嵐雪をかき、
今年は翁をかき申候、
明年又たそや。
曾良賀丈 素堂
《参考》
『連歌俳句研究』森川昭氏紹介
『俳諧ノ−ト』星野麦久人氏著
『芭蕉の手紙』村松友次氏著
◇素堂、『枯尾花』入集。其角編。
旅の旅つゐに宗祇の時雨哉 素堂
◇素堂、『蘆分舟』入集。不角編。
五月あめ晴過る比蘆分舟をさしよせて、
江の扉たゝく人有。この舟や難波の春
を始めて玉江のあしの夏狩りものせて
是をおもしとせず。尚しほれ戸のから
びたるも一ふしあるはそれすてめや。
しばしかたらひて手をわかつとき
鳩の巣や帰る目路成芦のひま 素堂
春もはや山吹しろく苣苦し 々
◇素堂、『炭俵』発句二入集。野波・孤屋・利牛編。
髭宗祇池に蓮ある心かな 素堂
◇素堂、『句兄弟』発句一入集。其角編。
洛陽の花終りける頃
亦これより若葉一見成にけり 素堂
◇素堂、『名月集』発句一入集。心桂編。
素堂、『芳里袋』発句一入集。友鴎編。素堂、序。
朝がほハ去年の垣に盛哉 素堂
◇素堂、『墨吉物語』入集。青流(祇空)編。
寄蕣賀
あさがほの星と一度にめでたけれ 素堂
◇素堂、九月刊の戸田茂睡撰の『隠家百首』に入集。
いろがある言葉の花の世にもれば身のかくれがのかひやなからむ
◆芭蕉、十月十二日大阪にて死去。
《筆者註》
前掲の素堂、曾良宛書簡により、素堂の妻の死が確認できる。これまでの素堂伝記諸本による、素堂の母の死(元禄三年説)や素堂は妻を娶らずなどは史実ではない。又、素堂の家業は酒造業であったとの伝記も根拠のないものと思われる。
◆素堂、『枯尾花』入集。其角編。芭蕉追善興行。
雲水の身はいづちをか死所 素堂
深草の翁、宗祇法師を讃していはずや
友風月家旅泊
と芭蕉翁の趣に似たり。
旅の旅ついに宗祇の時雨哉 々