
家の中で暮らすことを覚えて益々「人間?」と思い始めていたナナは娘達の部屋に入って一緒に過ごすことを覚えました。
二人の部屋のドアが閉まっていると、「クーン、クーン」と鳴き、ドアに爪をかけてなんとか開けようとカリカリしたりしました。
入れてもらえるとそれは嬉しそうに伏せをして二人の行動を見守っておりました。
娘達が私に叱られた時など、積極的に部屋を尋ね、慰め役をかってくれたものです。

だんだん歳をとってきたナナはウトウトすることが多くなりました。
「あなたは眠くなる眠くなる…」などと手をかざされたりすると、すぐ暗示にかかり、そのままスースー眠ったものです。
最近私は夜の9時を回るともう眠気が襲って、「あの頃のナナみたいだなぁ…」としばしば思います。

小さい石油ストーブの前でビーとナナは仲良く暖をとっていました。
お互い無くてはならない存在でもなさそうで、でもいつもこの家にいる同士みたいには思っていたのかな?けんかはしなかったみたいです。

長男は4歳半で二人の妹のお兄ちゃんになりましたが、非常に活発で友達との遊びに忙しくて外を飛び回っておりました。
妹二人は歳が近いせいもあって、晴れても降ってもよ〜く仲良く一緒に遊んでいました。
そんな訳で長男は家の中では相棒としてそれはそれはナナを可愛がりました。
明日が大学の入学式という日、坂を登ってくるお隣のお姉さんの車と自分の乗ったバイクとの衝突を避けるため、自ら転倒して額に怪我をしたことがありました。
私が帰宅した時は白い包帯で頭をぐるぐる巻きにされた長男が自分の部屋で休んでいました。
びっくりして状況の説明を求める私にまず長男が口にしたことは、「ナナは?ナナを連れてきて…」でした。
私はやっとこさっとこナナを抱いて2階の長男の部屋を訪れました。
ぐるぐる巻きの包帯の下からかすかに見える目でナナを見ながら「ナナ、ナナ」とナナに呼びかけました。
ナナはどうしたものかと、長男と私の顔をかわるがわるみておりました。
ナナの無言のお見舞いが効いたのか、翌日、おばあちゃんからのお祝いのスーツを着て、ぐるぐる巻きの包帯を取って前髪で傷を隠し、長男は無事入学式に臨んだのでした。

高校時代、校内のピアノの個人レッスンでついたK先生の紹介で大学受験の時に見て頂いたS教授にどうしても教えて戴きたくて、背水の陣で受験に臨んだ次女は合格発表の日、たった数名の合格者の中に自分の名前を見つけて「受かったよ〜」の半泣きの電話の日からS教授の元で勉強することになりました。
そしてオケではバイオリンを弾いていました。
T管弦楽団にも所属してお休みの日もヴァイオリンを携えて出かけておりました。
ナナのお見送りで出かけるところです。

こってりしたグラタンを作ってご満悦の次女、おこぼれを頂戴いたしたく離れないナナ。

フランスに旅立つ次女としばしのお別れ。
動物に囲まれた生活に慣れた次女はステイ先に猫がいてとっても嬉しかった…と後で聞きました。

これは’94年犬年の年賀状でご挨拶した時のナナです。
「ナナちゃん、いいお顔してね」というと判ったのか、こんなにおすまししていいお顔をしてくれました。
ナナは女の子だから…といつもピンクとか紅い首輪やリードをつけていました。

晩年はもう一日中「内ワンコ」になっていました。
陽がさんさんと降り注ぐベランダで思いきり深呼吸?するナナ。

歩くことを日課にしていた長女は毎日ナナを連れて遠くまでお散歩に出かけていました。
その長女が’97年5月に結婚して家を出てからナナはめっきり元気がなくなりました。
秋が来て、目もあまり見えなくなり、後ろ足が弱くなってお散歩も止まり止まりでした。
ある美しい月の夜、弱ったナナを抱いてお散歩をした時に、「ナナちゃん、お姉ちゃんはもうお家には帰ってこないのねぇ…」と母親の私にこの上なく優しかった嫁いだ長女を想い、ナナに語り掛けた時、ナナはジーっと私を見ていました。
日々の忙しさに終われて長女のいなくなった寂しさに浸る間も無かった私は、この時ナナを抱きしめて想いのたけ泣きました。
12月に入って歩けなくなったナナを抱いて陽のあたるところにバスタオルを敷いてそこに寝ませ、一日中トロトロするナナを見て「もう長くないなぁ」と思いました。
15日の夜、家族がそれぞれの部屋に引き取った後も私はナナを抱いてホットカーペットの上に座っていました。
ナナはうつらうつらしていましたが明け方、「ウォ〜ン」と遠吠えを3回繰り返しました。
そのあと昏睡状態に陥り、朝の7時45分私の腕の中でカクン、カクンと首を下ろし息をひきとりました。
やっと会社についた頃の飼い主に連絡しますと「そうか…」と一言申しました。
’95年に結婚した長男に電話すると、「エッ!?・・・ナナが・・・会社の帰りに寄るよ」と言いました。
長女は「昨日お別れ言ったから私・・・いいわ・・・」と言いました。前日、ナナの様子を見に来てくれた長女はナナの最期を悟って帰ったのでした。毎朝元気に一緒にお散歩したナナの姿をいつまでも心に残しておきたかったのでしょう、きっと電話を置いて泣いている長女を思い、涙が止まりませんでした。
次女は仕事の交代を頼み、家にいてくれることになりました。
私はバスタオルに横たわったナナの周りに沢山花を飾りました。悲しむ私を、次女は「これ以上生きていてもナナは可哀想だったわよ…」となぐさめながら「そうよね」とナナに語りかけながらきれいにナナを拭いてくれました。優しい優しい次女でした。
ペット霊園の方にお願いして川越の火葬場でナナ一人で火葬してもらうことにしました。
自分を人間と思っていたかもしれない?ナナでしたから、まとめて他の犬と一緒に火葬するのは忍びなかったのです。
霊園の方がいらして「可愛がってもらって幸せなわんちゃんですね、判るんですよ、お顔を見て…」とおっしゃいました。
人間と違って四角いお棺に花と一緒に納まり、ご近所で可愛がってくださったUさんとHさんと迷い犬のシロ太郎に送られて霊園の白いベンツに乗ったナナと次女と私は川越に向かいました。
次女と私はそこで最後のお別れをしました。
「ナナちゃん、ナナと私達はいつも一緒よ」と最後のお別れに思いきり頭から尻尾の先までなでてあげました。
「さようならナナちゃん」・・・小一時間待って次女とお骨を拾い、私に抱かれて次女と一緒にナナは家に帰ってきました。
夜、長男が来ました。お骨になって待っていたナナにお線香をあげた長男は「お前とはいつも一緒だったもんね…」と言って泣きました。
優しいお兄ちゃんに来てもらったのにナナはもう尻尾を振っておむかえすることも出来ません。
嬉しい時も悲しい時も苦しい時もナナはいつもいつも優しいまなざしで家族を癒してくれました。
「ナナちゃんありがとう。あちらへ行ってもいつもいつも一緒だからね…」棺にそっと入れた一枚の写真は皆揃って妙義山に行った時のこの写真でした。