
投稿者: ilkuji_99 海洋手記を船窓夜話に変えてみたニダ。
海軍士官学校および海軍中領(中座)出身のあの船長は一言ではったり
船長の標本だった。海軍艦艇に乗り艦砲射ったりしてたが、追い出されて
貨物を運ぶ商船に乗っては艦艇経歴も経歴だと貨物のカ字も知らないくせに
あまりにも部下たちをいじめてた。それに自分はたくさん給料をもらってるのに
下級船員たちの作業手当さえ手を出し、遂に給食手当まで着服するのだ。
そのくせに口癖のように自分は国内の会社とは関係なく、香港船主が直接
派遣したと自慢するビンシンセキだった。
筆者もその船舶の航海士勤務のとき、半年経った時点で運悪くその者が
後任船長で赴任してきた。天性的に前に出るのが好きじゃないないので
自分のやることだけ黙ってやりながら下船する日だけを待ってたが、
仕事も知らない者が一々干渉して無視するような喋り方に不埒に思っていた。
しかしこの者は静々といたら馬鹿取扱いする癖があるようで俺に
「無能だと会社に報告する」などつまらないことを口にしはじめた。
乗船契約末期に静かに降りてボーナスをもらおうと思ってた俺は範を示そうと
おもって、大洋航海の途中、sextant(六分儀、船舶位置測定・計算のために、
太陽、星の高度測定機)で空の星、五匹を取って海図上に正確な位置を出した。
あの船長が、やっとはじめて「Very
Good」といいながら肩を叩くのだ。
その後からは筆者の当直に上がってきて「1、2等航海士より3等航海士の
君が当直に立つときが一番安心できる」といいながら航海士たちの仲を
離間するのだ。1等航海士は歯ぎしりをしながら悔しがった。
日本に入港し、一緒に乗船した同僚たちは一年期間を満たして後任者が
きてみんな下りるのに筆者は新任3等航海士が未だ決まらなくて、もう一航次
しなければならないと聴いて非常に落胆した。やっと一ヶ月も経って後任者が
きたのであの船を下りた日、空を飛ぶような気持ちだった。二度と
ゴミみたいな奴を相手にしなくていいなんていかに気分がよかったか知らない。
引き続きさせるとき、後任者に一言いった。「船長が苛めたら打ち返せ」と。
数年の年月が流れ、筆者は航海士を辞めてオーストラリアに来た。そして
タスマニアに住みながらそこの港に停泊した船が韓国籍ときいて行ってみたら、
その船長が乗船した当時、3等機関士としていっしょに乗ってた人に
出会ってうれしく話をした。
既に1等機関士になっていた彼があの船長の
船の後日談を伝えてくれた。
筆者が下りた後、しばらくして1等航海士が交代して来たが、木浦商船学校
出身で正義派として不義に耐えられない性格で、船長の不正に耐えられなく、
ある日、全船員が集まってる所であの船長の不正行為を暴露し、非難しては
その船長を柔道で投げてしまったそうだ。全船員の前で対面が徹底に潰された
あのビンシン船長。想像するだけでもさっぱりする気持ちだった。
そしてその1等航海士の主導の下、その船は当時、停泊中のある外国港で
船内ストライキで不動の状態だった。貨物の積揚作業が終った貨物船が
埠頭で滞船したら一日滞船料が冗談じゃない。一週間を続けたら、あの船長が
船員たちに土下座して謝りながら出港しようと哀願したそうだ。あの悪いくせを
最適な相手に出会って恥をさらして直したかな。
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