
投稿者: ilkuji_99 地球に日付変更線が何個あるかと講師が聞いたところ、学生たちが両側に
分けられて、一方では1個だといい、他方は2個だと頭が爆発するほど
論争したとの実話がある。それも海技士国家試験を向けて講義をしていた
ある熟で現職船長、航海士たちが集まった所で起こったことである。正解が
わかる方は書いてほしい。
船舶が東西方向へ航海するときは同じ経線を過ぎる地域の地方時刻に合わせ
なければならないので頻繁に船内時刻を早めるか遅らせるべきである。
初級航海士のとき、自分の当直時間に時間を調節するのに,茫々大海でも
時刻をちゃんと調整して目的港に入港したとき、時刻差で困らないように
しないといけない。一日8時間当直を午前、午後で分けて4時間づつ働くが、
主に夜間当直のちき、時刻を調節し、船内放送を通じて全船員に知らせる。
マイクをつけて平凡に時刻変更を知らせるのはドライなので少しユーモア
感覚を発揮して一言した。「親愛なる船員の皆様!退屈な航海にご苦労様です。
皆様の血と汗で稼いだ一銭、二銭が故国で皆様を待ってるご家族に貴重な
財産になるとのことを銘記して、今日も安楽な休憩になれるよう、今から
一時間を上げたいと思います。現在時刻午後9時を8時へ変更して頂きますので、
何卒楽しい夜になるようにお願いします」
翌日一等航海士が、当直交代しに上がって来た筆者をみて不満そうに叱る。
「船長、一等航海士を何だと思ってて悪戯するのか?いい加減にしろ!」
自分なりに生活の余裕を持とうと努力したけど分かってくれないので前面だけ
見つめて黙っていたら、すると通信長が来て「大丈夫よ。船長さんが面白いと
おっしゃるから続けて」という。そしたら今度は一等航海士が不満そうな
表情で行ってします。甲板長と会ったら「昨夜はカボチャお婆さんが
来たかと船員たちが驚きました」と伝える。
カボチャお婆さんは1960―70年代に韓国船員たちによく知られてた
アメリカのお婆さんだ。筆者が憶えている限り、アメリカのピルラデルピアに
住んでるお婆さんだけど、アメリカを訪問する韓国船員たちに親切にして
くれるし、クリスチャン信仰で船員たちを息子のように慰めてくれるから
韓国船員たちの代母のような存在だった。船員たちがあのお婆さんの家に
招待されて行ったら、いつも美味しいカボチャのパイを作ってくれるので
カボチャお婆さんと呼ばれたそうだ。
韓国の海技士協会が発酵する雑誌に毎月、お婆さんが船員たちに送るメッセージを
載せてたので世界どこに行ってもその寄港地でその雑誌をもらうとお婆さんの
手紙が読めた。いつかは 海技士協会の招請で韓国を訪ねたこともあるという。
筆者が海を離れてもはや20年以上。カボチャお婆さんの消息はもう聴けたい
けど、人種の壁を超えたお婆さんの無条件的な愛がつい懐かしくなる。
聴いた話では、カボチャお婆さんはもう故人になったそうだ。会ったことも
ないお婆さんの死去に目蓋が熱くなってくるのは何故だろうか。
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