船窓夜話―第13話―瀬戸内海 最終編
2002/11/14 18:30
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投稿者: メッセージを送信 ilkuji_99

接岸後、中央洞にある会社に寄った。3航士は医薬担当なので救急薬品を
取りにいったのだ。我ら船員は船で苦労しているのに事務所では花のような
OLたちがたくさんいた。別に仕事もせずにのんびり雑誌とかを読んだり女同士で
喋ったりして楽しんでいた。男だけの船生活とは別の世界みたかった。事務所で
海務代理をやっている先輩に頼んでOL二人をデートに誘った。西面に連れて
いってスタンドバーで飲んだ。その一人が可愛かった。

商業高校を卒業して働いてるそうだ。二人が一緒に来てるのであの子だけを
誘うのも無理だし、その夜はあきらめた。というより先輩の紹介なので何か
下品なことをやられたと噂でも広がったら困ったのだというのが本音だろうか。
いや、それよりこれからの船の生活を考えたら、陸上の一般人のようにしょっ
ちゅう会えなく、いつも恋慕うのも辛そうだし、離れている間、他の男に
盗られるのも悔しいはずだ。

情をあげてもどうしても別れるなら、その傷口が大きくて耐えられないはず。
未練を残さないように前もって情をあげないほうがいいだろうと思った。
どちらかというとやはり船乗りには情熱を一晩で燃やして翌日は再会の約束なんか
なしで未練なしで別れるタイプの恋が似合うかもしれない。

瀬戸内海辺のある小さな町に上陸したときの出来事が思い出す。昼間は仕事で
上陸は考えられなく、夕食をしてからやっと外出許可を得て7時頃一人で
町に出たが、スナック一軒見当たらない田舎だ。そこから電車でちょっと走った
ところに都会があると聴いたのでとりあえず電車に乗った。15分くらい
走ったら、なるほど、かなり大きな町が現れた。スナックで一人酒をした。

ある程度酔ったと思って時計をみたら10時半過ぎていた。酒の後は必ず食事を
する癖があり、うどんを売ってる屋台に寄ってラーメンを注文した。かなりの
分量なのでゆっくり汁を飲んで麺を食ってたらバスが来た。あのバスが最後なら
乗らないといけない。あせてまだいっぱい残ってるラーメンをあきらめてバスに
乗った。その残したラーメン、いまでも惜しくて堪らないな。

バスに乗って奥のほうに進んだら一人で座ってる若い女の子がいた。OL風の
子で多分21才くらいで物凄く奇麗だった。日本には奇麗な女が少ないと
聴いたので少し驚いた。馬鹿のように隣に座って片言で言いかけはじめた。
なにを聞いても「はいはい」と優しく親切に答えてくれた。

母と二人暮しで高校卒業後、会社で勤めてるそうだ。今度は簡単な韓国語を
教えてくださいと向うがいうので挨拶の言葉とか紹介したり、船乗りだけど
寂しいとか馬鹿な話もした。終点まであっという間に着いた。

一緒に降りてから酔いを武器に誘ってみた。一緒に行かないかと。彼女は
「ちょっと待て」といって近所の公衆電話ボックスに入る。私は「そうだ。
今夜外泊だから家に待たないように言ってるんだ」と推測した。

電話を切ってボックスを出た彼女、意味深い微笑を浮かべる。そのときはまだ
その微笑の意味がわからなかった。私は近づいて「くちづけしましょう」と
いった。どう思っても大胆な提案だった。そんな勇気は以前も以降もなかった。
彼女は軽く避けた。

しばらくして黒い色のセダンが我らの前に止まった。そうしたら彼女は
「さようなら」といって早速あの車の中に姿を隠した。運転は彼女の母親らしい。
車はすぐ暗みの中へ消えた。一本頭を打たれたような気持ちだった。

彼女は多分、電話で「馬鹿な痴漢がしつこく付いてくるから早く車もって来い」と
母に頼んでたのに違いない。それも知らずに私との一晩を想像して楽しくて
笑ってるかと思ったのだ。マドロスならやっぱり酒場で死ぬまで飲むのが
ふさわしいのだ。

錯覚だったがその瞬間だけは幸せだった。瀬戸内海は今夜も静かに月を照らし
ながらそこに溜まっている。まるで私の傷を無言で慰めるように。(瀬戸内海編終了)

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